第690話 うまく当たればの話です。
(完璧な防御というわけじゃないけどね……)
マリコの驚きと裏腹に、ステファノは内心独り言ちた。
守りにこだわるなら「護身具」がある。あれなら魔法攻撃も防げるのだが、ステファノは護身具を商売にするつもりはなかった。
(悪用されたら困るからな)
盗賊や犯罪者に利用されることがあってはならない。
そして、戦争――。
禁忌付与具を使って「正当な理由」という使用条件をつけたところで、すべての戦争は正義の名の下に行われる。
護身具を装備した軍隊は、そうでない敵軍を蹂躙するだろう。
(過ぎた力は悲劇を呼ぶ)
それがステファノにとっての現実だった。
「これがあれば無敵かもしれない」
ステファノの思いを他所に、マリコは魔法付与された剣を手に興奮をあらわにしていた。
そのぎらついた目を見て、ステファノは危うさを感じた。
「魔道具を過信しない方がいい。その剣はあくまでも生き残る可能性を上げるだけですから」
「とんでもない! 完璧な防御に必殺の攻撃じゃない!」
「うまく当たればの話です」
そう。魔獣に傷をつけることができれば、大出血させることができる。剣を体に突き刺すことができれば、大ダメージを与えることができる。
攻撃に合わせることができれば、一撃を弾き返すことができる。
「全部『たられば』がつくんです。それを忘れないでください」
斬撃を、刺突を当てることができなければ意味がない。
攻撃を受け損なえば命が危ない。
「そういう意味では普通の武器と何も変わりませんから」
ステファノはマリコの目を正面から見つめて、ゆっくりと釘を刺した。
「そ、そうですね。わかっていますとも。それでも十分です」
口ではそう言ったが、マリコはまだ上の空に見えた。つかれたように愛剣を鞘の上からなで回す。
ステファノはその様子に不安を覚えた。
「マリコさん、ちょっと剣を振って見せてもらえませんか?」
「え? ああ、構わないけど……」
マリコはステファノが剣のバランスでも調整してくれるのかと、その求めに応じることにした。
ステファノの工房は中庭に通じていた。そこにはならされ、固められた地面が広がるだけで何もない。
ここはステファノが杖術や「鉄壁の型」を稽古する場所だった。
「普段の稽古通りに動いてみてください」
「特にこれといったやり方もありませんが……」
マリコの上達法は実戦だ。というより、獣や魔獣を狩ることで経験値を稼ぎ、レベルアップする。
プレイヤースキルにはあまり興味がなかった。
上段からの斬り下げ、下段からの斬り上げ。左右からの薙ぎ払い。飛び込みざまの刺突。
型などないが、マリコは架空の敵を想定して剣を振るった。
時折、鋭く空を切り裂くのは「スキル」を使った動きだ。発動すれば達人の動きで剣を振るうことができる。
「二段斬り!」
同時に2条の斬撃が架空の敵を斬り下ろす。マリコが持つ最強の剣技スキルだった。
「なるほど。わかりました」
壁際に身を引いていたステファノが、言葉とともに歩み出た。
「今度は俺を相手に打ち込んでみてください」
「何を言うの? 大怪我をしますよ」
「ああ。付与した魔法は人間相手には発動しませんから、安心してください」
それも悪用を恐れるステファノが施した対策だった。
「そうなの? いや、魔法がなくても命にかかわります」
「ご心配なく。俺にはイドの守りがあるんで」
(そうか。こいつは魔道具師。魔法が使えるんだった)
どこにでもいそうなステファノの風貌に、マリコはそんなことも忘れるほど警戒心を失っていた。
「俺は受けるだけで怪我させるような攻撃はしませんから、安心して斬りかかってください」
「本当に当たっても平気なのね?」
それでも不安が拭い去れず、マリコは念を押して尋ねた。
「大丈夫です。そもそも当たりませんから」
ステファノは当然のことのように、にこやかに返した。
(偉そうに。吹き飛んでも知らないから!)
カチンときたマリコは、本気でステファノに斬りかかるつもりで剣を向けた。
(さすがにスキルは使わないけど、手加減なしよ)
マリコはショートソードを構え、気合を高めた。
ステファノはそれに合わせて半身になり、静かに腰を落とす。
(こいつ、何か武術をやっているな?)
マリコの中で警戒心が湧き起こった。
しかし、ステファノの実力がどうであろうと関係ない。こうなったら本気で斬りかかるまでだ。
「行きます!」
マリコは地面を蹴り、一気に飛び込んでいった。突進に合わせて右手の剣をステファノの胸目がけて突き出す。
背中まで剣先を突き通すつもりで力を込めた。
その剣先が何の抵抗もなくむなしく伸びた。
「何っ?」
マリコの顔の前に手のひらがあった。視界を覆われたと思ったら、顔面を押さえられた。
振り払う間もなく、足を払われてマリコは背中から宙に舞った。
「ぐっ!」
地面に叩きつけられたマリコは、苦痛に声を上げた。
「攻撃する前に声を出してはダメですね。突きの勢いはまあまあですが、単純すぎて剣筋が見え見えです」
仰向けに倒れた頭の上から、ダメだしする声が降ってくる。マリコは恥辱に顔を真っ赤にして跳ね起きた。
「半身に構えた相手にまっすぐ突きかかっても、そうそう突きは決まりませんよ? もう少し工夫が要りますね」
「くそっ!」
マリコは左から右へ剣を薙いだ。相手が飛び下がったところに突きをお見舞いするつもりだった。
ところが、ステファノは下がらなかった。
胸の前を横切る剣先を平然と見送り、次の瞬間に前に出た。
右手でマリコの剣を持つ手首をつかんだかと思うと、くるりと引きまわしながらひねりを加えた。
マリコの右手は関節を決められ、自由を奪われた。それどころか態勢を崩された足元が大地を離れて、体全体が宙を舞う。
「ぐうっ!」
回転しながら体全体を地面に叩きつけられ、マリコは先ほどを上回る衝撃に呻いた。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第691話 心身一如。それが答えです。」
「大丈夫ですか?」
硬い地面の上に投げ落とされる衝撃は、ある意味では手足による打撃よりも大きい。
脳が揺れ、内臓に衝撃が浸透する。
怪我をしていなくともすぐには立ち上がって戦うことができなくなる。
「うう……。わたしはどうなったんだ?」
投げられることに慣れていないマリコは、自分の身に何が起きたのか判然としないままだった。
……
◆お楽しみに。




