第687話 お嬢さん、ちょっとお話していい?
「あのう……。この短杖はどういうものですか?」
「あ、ちょっと待ってね」
店の奥を片付けていたプリシラは、短杖を手にした女性客の元に向かった。
「魔法が付与されていることはわかるんですけど、何の魔法かが読み取れなくて」
客はまだ10代後半の若い女性だった。
最近流行の動きやすい服を身に着け、膝下までの長靴、革鎧、革手袋に身を固めていた。その上にマントをまとっているのは、野営を伴う旅をするためだろう。
この客ばかりでなく、近頃はこういういで立ちの旅人が増えた。プリシラは旅などしたことがないので、多少うらやましい思いで彼らを見ていた。
「この短杖には基本生活魔法が籠められているんですよ」
「ええ? 生活魔法ですか?」
女性客は残念そうな顔で短杖を棚に戻した。
どうやら生活魔法がお気に召さなかったらしい。
心の中で小さくため息をつきながら、プリシラは客が手放した短杖を手に取り清潔な布で磨き始めた。
「わたし『剣士』なんで、攻撃魔法が籠められた道具を探しているんです」
「攻撃魔法をお探しですか? ウチでは扱っていませんね。ほかの店でも難しいんじゃないかしら」
「ここにもないんですか……。どうしよう」
既に何軒かの魔道具屋を回ってきたらしい。少女は眉を曇らせてうつむいた。これも最近の客によくあることだ。
魔法師以外の旅人はやたらと攻撃魔法を籠めた魔道具を手に入れたがる。
「お嬢さん、ちょっとお話していい?」
「えっ? あの、別に構いませんが……」
「それなら奥に来て座ってちょうだい。お茶を出すから」
プリシラは短杖を磨きながら少女を奥へと導いた。
「水魔法、せせらぎ」
「湯沸かし」
少女を椅子に座らせると、手にした短杖を使って手早く水を出し、湯を沸かした。慣れた手つきで2人分の紅茶を入れる。
「どうぞ。それを飲みながら話を聞いてくれる?」
「はい。頂きます」
少女は膝をそろえて端正に座り、カップの持ち手をつまんで上品に紅茶を飲んだ。
旅人でありながら礼儀正しく上品なしぐさと、腰から外して立てかけたショートソードの取り合わせがちぐはぐに見える。
「お嬢さんは『冒険者』なんでしょう?」
「ええ。そうです」
「山に入って魔獣を狩るつもりなんですね?」
冒険者と呼ばれる職業があるらしい。危険を冒すことが職業になるのだろうかとプリシラは不思議に思うが、それが最近の流行らしい。自分たちの若い頃とは常識が変わったようだ。
まあ、それは良いのだが。
冒険者という人種はやたらと攻撃力にこだわる。魔法師は攻撃魔法を習いたがり、剣士や武闘家は攻撃魔法具を求めたがる。
そこまでして危険な場所に出かけたいものだろうか?
子を持つ親の立場になれば心配で仕方がないだろう。
「お金を稼ぐには、それが一番手っ取り早いので」
「魔石ですね」
魔鉱石を産出する奥地「魔境」に生まれ育つ魔獣は、成長するにつれ体内に魔石を持つようになる。魔石は食物連鎖を通じて体内に取り込まれた魔鉱石成分が蓄積して形成されるものだ。
魔石には魔核と同じ特性がある。すなわち魔核を持たない非魔術師でも魔石に籠められた魔法を使うことができる。
火を吐く火炎竜の魔石には、「火炎噴射」の魔法が籠められている。水辺の魔獣は水魔法の魔石を持つ。
冒険者はそれを我がものとするために魔境に踏み込み、余った魔石を高額で売買するのだ。
わざわざ魔石を取りに行かなくとも魔法を授かれば良いと思うのだが、「剣士」や「武闘家」は魔法を学べないという制限があるのだそうだ。
プリシラの若い頃にそんなことはなかった。魔法を使える杖術使いが普通にいたのだが……。
「魔法を使うには魔石が必要で、魔石を集めるために魔法を使いたい、と」
「そうなんですよね。こんなゲーム設定、詰んでるだろうって! あ、えと、厄介な話だなって」
剣士は剣で戦えと言うのは易しいが、誰もが達人になれるわけではない。一定のレベルを超えるには、やはり才能が物を言う。
どうやら少女には剣の達人となる才能がないようだ。
弱い魔獣からは屑魔石しか取れない。大きな稼ぎを狙うなら、それなりに力のある魔獣を倒さなければならなかった。
「魔境の入り口あたりで弱い魔獣を倒しまくってポイントを稼ぐのがセオリーなんだろうけど……」
女性客は剣士設定のプレイヤーだった。彼女が発するゲーム用語は一般的な語彙に変換されてプリシラに届く。
「今時はそんなやり方で腕を磨くんですってねぇ。昔は剣術道場で師匠に教えてもらうのが普通だったそうですけど」
「道場で訓練すればプレイヤースキルはつくんだけど、|経験値的においしくない《上達が遅い》のよねぇ」
「そういうもんですか。それでより強い魔獣と戦えるように攻撃用魔道具の力を借りたいというわけですね」
「どこかにそういう魔道具を売っている店はないかしら?」
困り果てた様子の客を見て、プリシラは親身になって考えた。
プリシラもすでに40歳。若い女性客は自分の子供であってもおかしくはない年齢に見えた。
「ウチでは魔石を使った攻撃魔道具は扱っていないんです。ただ、ああいうものは出るとすぐに売れてしまうので、どこも在庫は抱えていないと思いますよ」
いくら同情しようとも、その事実は変わらない。攻撃魔道具は危険な商品なので「冒険者ギルド」が指定した業者でしか扱っていない。
もちろん女性客はそれらの店を回った後にプリシラの店に来たのだった。
「やっぱりそうなんですか。諦めるしかないか……」
肩を落とす女性客を見かねて、プリシラはお節介を焼く気持ちになっていた。
「ウチの旦那に相談してみましょうか? 魔道具のことであの人より詳しい人間はいないんで」
「お願いします! 何かヒントでも掴めれば助かります!」
「それじゃあご案内しますね。この時間は工房に籠っているはずなんで」
そう言って奥に向かおうとしたプリシラは足を止めて振り返った。
「ウチの人ちょっと変わってる所があるんだけど、気にしないでくださいね。」
気になる言葉を残してプリシラはドアの向こうに足を進めた。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第688話 その剣をちょっとお借りしていいですか?」
「ちょっといい?」
工房の入り口からプリシラが声をかけると、ステファノはノートを取る手を止めて顔を上げた。
「ああ。どうかしたかい?」
ペンを置きながら、ステファノはプリシラの後ろに立つ女性客に目を留めた。
「その人は?」
「相談があるっていうお客さんなの。名前は……何でしたっけ?」
……
◆お楽しみに。




