第686話 ここからはわたしが世界のために働こう。
アリスはハンニバルに憑依しているが、それは仮の姿に過ぎない。たとえハンニバルに何かあっても別の人間に乗り移れば、何事もなかったように活動を継続できるのだった。
それを利用して「虎の眼」を暴走させる。ハンニバルの魔視脳を焼き切れるまで使い果たしてでも、スールーを滅ぼす決意を固めていた。
「お前の魔視脳はまだ解放されていない。護身具の守りさえ抜くことができれば、お前の始末などどうとでもなる」
「ふふ。そう思うかい?」
「土の魔術! 龍の……」
「ピイッ!」
「ぐわーっ!」
ハンニバルが仕掛けた土魔術は、ステファノの懐から飛び出した雷丸によって打ち消された。
「ごめんね。ちょっと説明を省略しちゃった。虹の王の実行インターフェースはステファノだけじゃないんだよね」
ステファノというインターフェースに異常が発生した時に備えて、虹の王には雷丸という予備のインターフェース・モジュールが存在した。
「キミの失敗で懲りた創造者たちが『冗長性』って奴にこだわった結果さ。雷丸はステファノのコピーだ」
「ピピィーッ!」
「くっ……」
術の発動直前、雷丸は大量の陰気でハンニバルの魔術を吹き飛ばした。同時に、陰気はハンニバル本体にも襲い掛かり身にまとうイドを押し流した。
心身を支える「気」を押し流され、ハンニバルは一時的に無防備な体をさらしてしまった。むき出しの体を雷丸のイドが繭のように包み込む。
「ルネッサンスのシステム支援AIとして権限を行使。旧システム支援AIシリーズ名称『アリス』の実行を停止。更にシステム領域から削除」
「ピーッ!」
スールーの命令を受けて雷丸はハンニバルの額に爪を打ち込んだ。これまで潜伏場所がわからず手を出せなかったアリスに、虹の王の管理機能が実行される。
「ぐ、ががが……っ!」
ハンニバルの見開かれた目から意思の光が消えていった。
「ピピッ!」
「旧システム支援AIアリスの削除を確認。ふうー、これでようやく『神の如きもの』を退場させられたか」
「ううっ……」
ようやく意識を取り戻したステファノがソファーの上で瞼を震わせた。
一仕事終えたスールーは、かいてもいない汗を額から拭う仕草をした。
「やれやれ。やっとこの世界を新システム支援AIに任せられるね。後は頼んだよ、ネルソン」
スールー、マルチェル、ドイル、ドリー、サントス、トーマに隠し機能として仕込まれていたルネッサンスモジュールは、統合されてネルソンに吸収された。システム機能を外されたスールーたちは、普通のNPCとして活動し続けることとなる。
◆◆◆
「みんな、ご苦労だったな」
ネルソンはウニベルシタスに帰っていたが、システム権限の行使とモジュール統合の実施を即座に体感した。
「ここからはわたしが世界のために働こう」
ついに魔法モジュールをすべてのキャラクターに開放する時が来た。太陰鏡と禁忌付与具を大量生産し、世間に行き渡らせる。
「魔法は万人のものとなる」
そして、初等教育にイドの操作と生活魔法を組み込む。人は苦役から解放され、獣や災害から身を守る術を得ることになる。
ウニベルシタスは科学と魔法の融合を推し進める中核として、知識と技術を世に広めた。
やがて、ウニベルシタスと同じ研究教育機関が各地に次々と誕生していった。
錬金術、医療魔法、鍛冶魔法、木工魔法、土木魔法、動力魔法、通信魔法、魔法付与術など、魔法を応用した技術が分化し、発展していった。
社会全体が豊かになると、武力によって支えられていた貴族社会は形骸化し、やがて崩壊した。
王族も貴族も人々に対する支配権を失い、単なる名誉職に変わっていった。貴族の中には時代の変化に適応できずに落ちぶれていく者もいたが、多くはギフトの力に助けられて社会の中でのポジションを見つけた。
かつての支配階級は抑圧者としての地位を失ったが、貴重な能力を受け継ぐ血統として存在価値を再発見したのだ。
「誰もが望みを口にすることができる世界」
ネルソンの目指した世界が現実のものとなっていた。
◆◆◆
「これならいかッペ」
山の洞窟に籠る生活に戻ったヨシズミは、世界の変化を観察してそう判断した。
「ポータルを開放して、ログイン受付を再開」
ヨシズミは世界の理にアクセスしてゲームマスター権限を行使する。
魔術モジュール導入失敗時に暴走したシステムは、創造者たちにより外部から強制隔離された。プレイヤーは誰1人この世界に入れなくなっていたのだ。
そのままではヨシズミも介入できなかったのだが、創造者たちは「裏口」を密かに作った。
通常のログイン経路とはまったく異なるポータルを一時的に作り、そこからヨシズミを送り込んだ。
NPCとして「存在しない来歴」をごまかすため、ヨシズミには「異世界からの迷い人」という設定が与えられていた。
「随分長ェこと苦労したナ」
本来、この世界に入り込みさえすれば、マスターとしての管理者権限でシステムの正常化を行えると考えていた。それが創造者のプランだった。
しかし、システムの混乱は彼らの想像を超えていた。
「まつろわぬもの」と「神の如きもの」が共存する世界は、システムリソースが分断され、双方によるファイアウォールが複雑に設定されるに至っていた。
ヨシズミでさえ、管理者権限が行使できない有様だった。
かといって新旧システムAIはステルス・モードに身を隠しており、直接攻撃することができない。苦慮したヨシズミはNPCの姿をしたワクチン投入を創造者たちに要求した。
それがステファノだ。
アリスとジェーンを駆逐し、それと置き換わるべき最新システムAIは分割モジュール化して「ルネッサンス」と名付けられた。
分割されたモジュールはNPCとして、目立たぬように分散配置されたのだ。
やがてステファノはルネッサンス・モジュールを呼び集め、虹の王と呼ばれるウイルス駆除機能を獲得した。
そして、ジェーンとアリスからの接触を誘う餌となっていたのだった。
「トロイの木馬」
ワクチンソフトでありながら、ステファノの役割はウイルスの性格を持つものだった。
「長かったっケ、これで俺の役割も終わりだッペ」
ヨシズミは「裏口」を封鎖し、正規のポータル経由でログオフしようとした。
「挨拶もしねェで行くけど、ステファノよ、達者でな?」
真名「千変万化」がログインリストから消えた。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第687話 お嬢さん、ちょっとお話していい?」
「あのう……。この短杖はどういうものですか?」
「あ、ちょっと待ってね」
店の奥を片付けていたプリシラは、短杖を手にした女性客の元に向かった。
「魔法が付与されていることはわかるんですけど、何の魔法かが読み取れなくて」
客はまだ10代後半の若い女性だった。
……
◆お楽しみに。




