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飯屋のせがれ、魔術師になる。  作者: 藍染 迅
第5章 ルネッサンス攻防編

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第684話 ステファノの余裕は一瞬で吹き飛んだ。

 ピクリとスールーの瞼がひきつった。


 ステファノは差し出される指輪を受け取ろうと、自分の左手を伸ばした。

 ジローが差し出す指輪がステファノの手に触れた瞬間、ジローのイドが指輪を通じてステファノに流れ込んできた。


 直接接触を起点にしているため、護身具(タリスマン)は働かない。ジローのイドはステファノの魔視(まじ)脳を目指して奔流となって走った。


高周波化(オーバードライブ)!)


 ステファノは自らのイドを最大限に高周波化し、ジローのイドを押し返した。「虎の眼」がジローのイドを高周波化していても、地力に勝るステファノのイドがすべてを飲み込み、押し流す。


(こうなることはわかっていたはずなのに、なぜ?)


 直接肉体に触れても、ステファノのイドの守りは崩せない。「虎の眼」を使った攻防でそのことははっきりわかったはずではなかったか? ステファノにはその疑問を抱く余裕があった。


「どうしてこんな――」

「やめろ! ジロー!」


 ハンニバルはジローの肩を掴みながら叫んだ。


 ジローを止めようとした動きに見えたが、実際は違った。

 指輪の台座から短い針を突き出し、肩を掴むふりをしつつ突き刺したのだ。


 アリスの「支配」が針を通してジローに送り込まれる。高周波駆動されたハンニバルのイドが圧倒的なパワーでジローのイドを押さえつけた。


 ハンニバルの狙いはこれだった。ステファノを威圧するためにイドを放出したジローの本体を制圧する。

 一時的にイドが薄まった状態のジローは抵抗することができなかった。


 ジローの魔視脳を完全に制圧すると、ハンニバル(アリス)ジローに対して(・・・・・・・)「虎の眼」を使った。


「ぐ、が、が、が、ご、ご……」


 ジローの魔視脳を暴走させること。それが狙いだった。ただでさえ高密度なハンニバルのイドが押し寄せる中、「虎の眼」がジローの魔視脳を駆り立てる。

「虎の眼」はステファノを威圧するためではなく、ジローの魔視脳を限界を超えて酷使することに使われた。


「ぐあっ!」


 ステファノの余裕は一瞬で吹き飛んだ。

 命を絞りつくしたジローのイドはステファノの高密度なイドさえも蹴散らして、その魔視脳に襲い掛かった。


 ステファノの意思をすべて押しつぶし、アリスの意思が魔視脳に浸透していく。脳細胞の1つ1つを塗り替えられ、自意識を奪われていく。

 中心に残された最後の一部まで塗り替えられようとした時、ステファノの存在が悲鳴を上げた。


(誰か! 助けて!)


 ステファノが声なき叫びをあげた時、魔視脳の中心、何もないはずの空間が――開いた。


魍魎(もうりょう)、去るべし」


 アリスの意思が全き暗黒だとしたら、それは純白の光そのものだった。


「ぎゃあっ!」


 ジローの口を借りてアリスが苦鳴を挙げた。光に触れた闇は焼かれて消え去っていく。溶岩に触れた雪のように一瞬で蒸発して消えるのだった。


 光の中から現れたのは七頭の蛇「虹の王(ナーガ)」だ。


「支配も憑依も効かないよ?」


 その言葉はスールーの口から発せられた。

 いつの間にか彼女の手はステファノの肩に置かれている。


「何だこれはっ! 貴様が邪魔したのか!」


 精神体(イド)を焼かれることに耐えられず、アリスはステファノの体内から撤退した。今はハンニバルを宿主として、その口で語った。

 使い捨てられたジローはぼろ屑のように床に崩れ落ちていた。


「ボクがやったことかって? そうだね。ボクがやったね」


 首を垂れているステファノはアリスにイドを踏みにじられて、すぐには意識を取り戻さない。


「魔術も使えぬ只人(NPC)が、生意気な!」


 ハンニバル(アリス)はスールーを捻り殺そうと、魔核(マジコア)を練った。


「忘れたのかい? 護身具(タリスマン)の前で攻撃は無効だよ?」

「ぬっ! 貴様もか!」


 忌々し気にハンニバル(アリス)が呻いた。


「ふふ。ごめんよ、魔術ごっこにつき合ってやれなくて」

「貴様っ!」

「おっと、気を悪くしたかい? 売り言葉に買い言葉って奴さ」


「自分だってただの『()()()()()()()()()()()』じゃないか」


 スールーの口から知るはずのない言葉を発せられて、アリスは驚愕のあまり硬直した。


「貴様はいったい何者だ?」

「自分の口で『ただのNPC』って言ったじゃないか」

「ごまかすな! ただのNPCがこの世界の真実を知るはずがない! まさかっ?」


 ハンニバル(アリス)の顔が蒼白になった。


「あ、違うよ? 新しいゲームマスターだとでも勘違いしたみたいだけど。ボクはただの『パッチ』さ」

修正モジュール(パッチ)だと?」


 スールーの正体はアリスの予想を超えていた。


「いや、だってキミ(・・)が失敗しただろ? そのせいでシステム(この世界)が不安定になっちゃったじゃないか」

「わたしは失敗などしていない! ゲームマスター(スノーデン)を殺したのはジェーン(旧システムAI)だ!」


 アリスは叫んだ。自分こそは正当な「(システムAI)」であり、イレギュラーを発生させたのはジェーンだと。


「それは違うよ。本来キミは『魔術モジュール』を含む大型アップデートだったんだから、既存システムをきれいに置き換える役割だった。」


 スールーは冷静に誤りを指摘した。


「キミのコードに欠陥(バグ)があったもんだからシステム(ジェーン)の上書きに失敗しちゃったんでしょ? ゲームマスターの排除(アカBAN)はその結果起きた派生事故に過ぎない」

「ふざけるな! わたしは……わたしはこの世界の目的を正しく追求してきた。その邪魔をし続けたのはジェーンではないか!」


「だからダメなんだよ」


 これだけ言ってもわからないかと、スールーはため息をついた。

 ここまで読んでいただいてありがとうございます。


◆次回「第685話 その名をルネッサンスという。」


「何だと、貴様……!」

「キミ簡単に怒りすぎ。データ処理ルーチンに脆弱箇所があるんじゃない? そういうところがエラーにつながるんだろうなぁ」


 やれやれだと、スールーは肩をすくめた。


「いいかい? 既存システム(ジェーン)の上書きに失敗したでしょ。その上、ゲームマスター(スノーデン)も確保できなくて、アカBANされちゃった。これだけで大失敗が2つ」


 スールーは見せつけるように指を折って数えた。


 ……


◆お楽しみに。

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