第683話 何とも気味の悪い感触だな。
「む? いきなり攻撃して構わんのか?」
「準備が必要なようでは護身具の役が果たせませんから。あっ、攻撃の威力はお試し程度でお願いします。室内なので」
「その辺は心得ている」
あまりにもあっさりとステファノが攻撃を促すので、ハンニバルは少々戸惑った。しかし、そこは百戦錬磨の上級魔術師である。ソファーから立ち上がると、ジローから借りた剣を予備動作もなくステファノめがけて突き出した。
本気の一撃ではないが、無防備に受ければ大怪我をするくらいの力が込められている。
「うっ?」
剣先は勢いを殺され、ステファノからそれた所で止まった。硬い物を打った感触ではなく、同極の磁石同士を押しつけた時のような不思議な感覚で剣は抵抗に合い、向きを変えられた。
「何とも気味の悪い感触だな。ぬかるみに手を突っ込んだような」
「打ち込む力の強さがそのまま押し返す力に変わります」
「いくら強く撃ち込んでも無駄だということだな」
その性能に上限がなければ、どのような達人が武器を持って攻めかかってもこれを防ぐことができることになる。聖遺物クラスの防具の中でも破格の防御力と言えた。
「魔術を試したいが室内だしな。術の効果範囲を絞るか」
そう言うと、ハンニバルは無造作に右の掌底を繰り出した。ステファノの上体を前後から万力のような力が挟みつけた。
手加減をしているが、ろっ骨をへし折る強さで土魔術を使っていた。
しかし、結果は同じだった。ウナギを握りつぶそうとしたように、力がそらされつつ陰気によって術が消し去られてしまった。
もちろんステファノには何の異変もない。座った姿勢から髪の毛一筋も動かすことができなかった。
「なるほど。よくできている」
腕を下ろしたハンニバルが言った。
「これなら王家の防具にふさわしい効果と言えるな」
「ありがとうございます。なにとぞご内聞に」
ハンニバルの称賛に礼を返しながら、ステファノは秘密にしてくれるように釘を刺す。護身具は知られていないことが有利に働く性格の道具であった。
「物理攻撃、魔術攻撃に耐えられることはわかった。精神系の攻撃はどうかな?」
「それなりにというところでしょうか」
精神系攻撃にはイドの接触を伴うことがわかっている。改良型の護身具には接触してくる他人のイドを排除して隔離する機能を持たせた。
喉に入り込んだほこりや菌を「痰」にして吐き出すようなものだ。
(それでもプリシラを「憑依」から守れなかった)
ステファノは知らないが、ジェーンに操られたシュルツ騎士団長はプリシラの肌に直接触れてイドのマーカーを打ち込んだ。単なる接触を「攻撃」と判定できなかったため、プリシラが持つ護身具は防御行動を取らなかったのだ。
(「内側」に入り込まれたら護身具での防御は効かない)
これについてはさすがのステファノにも打つ手が考えられなかった。
「ジローが持っている『虎の眼』を使ってみてもいいか?」
「それは……」
護身具の性能を暴かれるのは好ましくない。一方で、「虎の目」が持つ能力を知っておくことは「禁忌」の条件を設定する上で役に立つ。
ステファノは損得を素早く考え、ハンニバルの提案を受け入れることにした。
「わかりました。攻撃してみてください」
「そうか。ジロー、頼む。手加減を忘れるなよ?」
「いいんだな? では行くぞ」
ステファノが頷くのを見て、ジローは右手の指輪をステファノに向けた。
「威圧!」
ハンニバルの魔術とは異なる精神的な「力」がステファノのイドを全方向から絞めつけた。物理でも魔力でもない、純粋なる意志の力。
ステファノを包み込むジローのイドがむき出しの「意子」を放出し、ステファノのイドに浴びせかける。
(これが「虎の眼」の威圧か)
ギフトにもこれに似た精神攻撃があった。しかし、魔道具としての「虎の眼」は使用者のイドを増幅する効果があった。
(高周波化か!)
ステファノを守る護身具は威圧攻撃に対して自動的にステファノからイドを引き出した。「敵」に合わせてステファノのイドも高周波化されている。
ステファノは訓練によってイドを自在に高周波振動させることができる。「虎の眼」の威圧を寄せつけず、襲いかかる端から無効化していった。
「やめよ」
ハンニバルは手を挙げてジローを制止した。声を聴いて、ジローは右手の指輪を左手で隠した。
「『虎の目』に対しても守りが有効だったな」
「はい……」
今の試しでは護身具の守りは完璧だった。
しかし、ステファノ以外が身に着けたものに同じ攻撃が加えられていたら――。
(高周波化した意子には耐えられないかもしれない)
護身具が引き出せるイドの総量や密度は持ち主の力量による。イドの訓練を行っていない非魔力保持者が持ち主だった場合、この攻撃には耐えられないだろう。ステファノはそう実感していた。
(工房に帰ったら護身具の術式を更新しなくちゃ)
既に配ってある護身具すべて、その術式を書き換える。離れていながらにしてそれを行おうとステファノは決断していた。
「いや、良い勉強になった。こちらの興味につき合わせて済まなかったな。この埋め合わせはいずれする」
破顔一笑、ハンニバルが言った。
(研究熱心なだけで、意外といい人なのかも?)
ステファノが内心で思う傍ら、ハンニバルはジローに「虎の眼」を差し出すように促した。
「では、ジロー。『虎の眼』をステファノに預かってもらえ」
「はい」
ジローは右手から指輪を外して、ステファノに差し出した。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第684話 ステファノの余裕は一瞬で吹き飛んだ。」
ピクリとスールーの瞼がひきつった。
ステファノは差し出される指輪を受け取ろうと、自分の左手を伸ばした。
ジローが差し出す指輪がステファノの手に触れた瞬間、ジローのイドが指輪を通じてステファノに流れ込んできた。
直接接触を起点にしているため、護身具は働かない。ジローのイドはステファノの魔視脳を目指して奔流となって走った。
(高周波化!)
……
◆お楽しみに。




