第681話 キミという魔道具師の出現が世の中を変える。
「キミは魔道具師としての自己評価が低すぎる」
小さい子供に言い聞かせるようにスールーは言った。
「それじゃあ技術に対して不誠実だし、後に続く人たちが安心して魔道具師を目指せないじゃないか」
ステファノには自分の後に続く魔道具師たちという存在がイメージできなかった。
それも無理はない。魔術師以上に数が少ないのが魔道具師だ。道具に術式を付与するには魔法・魔術が行使できるだけでは足りない。高度なイド制御をマスターしていることが条件であった。
それほど魔道具師は貴重な存在であり、見つかればすぐに貴族のお抱えとなる。その最高峰が宮廷魔道具師だ。
王室や貴族に使える魔道具師たちの作品が世の中に出回ることなどめったにない。つまり、市場価値がつけられないのだ。
たまに出現する遺跡からの発掘品や没落貴族の遺品などはオークションにかけられれば、途方もない価格で落札される。
庶民には縁のない話であった。
「キミという魔道具師の出現が世の中を変える」
スールーは背筋を伸ばし、胸を張った。聴衆に語りかけるように両手を広げる。
ステファノは「太陰鏡」を使って魔力保持者を短時間で創り出せる。
更に、ウニベルシタスには魔法師を育成する教授法が確立されており、卒業生は新たな魔法師の育成に当たることができる。
既に魔法師人口は指数関数的な増加曲線に沿って増え始めていた。今後の数年で爆発的に数を増やすだろう。
生まれた魔法師の一定数が魔道具師を目指すことになる。ウニベルシタスの教授体系が「魔核錬成」の方法論を含んでいるため、魔法師から魔道具師への成長確率はかつてないほどに高まっている。
ステファノはそれら新興魔道具師たちの先頭に立つ存在だ。融通無碍なイド制御を武器に前例ない魔法術式を構築し、魔道具に付与することができる。
ステファノの「発明」により前例が生まれるのだ。
前例があれば「模倣」ができる。術式構造を学べば、後続者たちも同じ術式を構築できるようになっていくはずだ。
「キミがなすべきは術式の体系化と記録方法の確立だと思うよ」
「体系化はわかりますけど、記録方法ですか?」
魔法術式を記録するという概念が、ステファノにはなかった。彼だけではなく、そもそもこの世界にそのような方法論は存在しない。
「そうしないと、すべての発明は天才の独りよがりになってしまうからね」
スールーの遠慮ない言葉はステファノの胸に刺さった。そんなつもりはなかったが、自分の術は人に見せびらかすだけのものになってはいないか? ステファノは心に生じた疑いを否定しきれなかった。
「音楽に楽譜というものがあるように、魔法術式にも『魔法譜』と呼ぶべきものが存在すべきじゃないか?」
「それは……面白い発想ですね。うーん、術式を書き記すとしたら普通の言葉じゃなく、視覚的にわかりやすい方がいいだろうなぁ」
ステファノに音楽の素養はないが、楽譜くらいは見たことがある。音の高さと音が続く長さを主に表していると聞いた。
楽譜のルールを理解すれば、そこに記録された楽曲を演奏者は再現することができる。
「魔法円で励起すべき属性を示して、果たすべき機能を記号化して記述――。機能はパターン化して再利用できるか? ブロックにして名前をつけ、必要な時に呼び出せばいい。術式のタイトルを魔法名にして――。術の目的を前文に書いておくか」
発想の赴くまま、ステファノは魔法譜の記述法を頭の中で編み出し始めた。スールーの存在を忘れ、周りの音も耳に入らなくなる。
「やれやれこうなるとしばらくは帰ってこないね。ふう、お茶でも飲もうか」
「今入れてる」
「サントス、気が利くじゃないか」
「ステファノがこうなるのは想定の範囲内」
紅茶を入れるサントスの手元を見ながらトーマがしゃべりだした。
「しかしよ? 今の今ってのが気にならないか?」
「何か引っかかるのかい?」
「プリシラとシュルツ騎士団長の精神が乗っ取られて、ステファノが狙われた」
それはつい最近のショッキングな出来事だった。スールーの目に緊張の色が宿る。
「そこへ来てご無沙汰していたジローから『精神操作系魔道具』の改良依頼が来た」
「偶然……ではないと?」
事実を順番に並べられると、隠された意味があるように見えた。スールーにもトーマが懸念する内容がおぼろげに理解できた。
「ジローが敵に利用されていると言うのかい?」
「さてね。そこまではっきりした疑いじゃない。だが、用心が必要なのは確かだ」
「お茶が入った……」
トーマの言葉で緊張が高まったところに、サントスが紅茶を配った。
「しかしね、仮にジローが敵だとすると『虎の眼』を表に出して近づいてくるのはおかしくないかい?」
紅茶をすすったスールーが話の方向を変えた。
「そこなんだ。不意打ちを狙うなら『虎の眼』を見せずにいきなりステファノに精神支配を仕掛ければいい。わざわざ見せることに何か意味があるのかねぇ」
「単なる口実かもしれません」
「ステファノ……」
思考の海から浮かび上がったステファノが、考えを口にした。
「精神支配系魔術への対抗手段は王国魔術競技会の時に立ててあります。ジローもそれは知っているでしょう」
「お前に同じ手は効かないか」
貴重な魔道具を捨て石にして、別の方法でわなを仕掛ける。そこまで策を施されては、わなの正体を読み取ることは難しかった。
「結局、『何かあるかもしれない』って用心しておくしかないか」
「怪しいとわかっただけ収穫」
「キミも怪しいと思うんだね、サントス?」
「ジローは怪しい」
サントスは前髪の奥で目を動かし、スールーをじろりと見た。
スールーに言わせれば、そんなサントスも十分怪しい男であった。
怪しげな状況だったが、ステファノなら問題なく対処できる。この時は皆そう信じて疑わなかった。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第682話 勉強させていただきました。」
「返事が早くて助かる。引き受けてくれるんだな?」
「その前に。なぜ、この方が?」
席に着くや否や注文の話を詰めようとするジローを、スールーが押しとどめた。今日はジローにも同席者がいる。
それも到底無視できない人物だった。
「ハンニバルだ。よろしく頼む」
「上級魔術師である師に話したところ聖遺物級の魔道具を改変するという話に興味を持たれてな」
「うむ。ジロー殿に願って同席させてもらった。邪魔はしないつもりだ」
……
◆お楽しみに。




