第680話 ふん。器が小さすぎる。
ジローが強気なのには理由がある。アリスに精神を支配されてから性格が変わっていた。
細かくは「自信」が行動を支えているのだった。
実際は自分の力を信じているのではなく、支配者であるアリスの力に支えられているにすぎないのだが、「支配」の影響下にあるジローにはその区別がつかない。酒に酔ったような全能感と高揚感が常に脳裏を占めていた。
その状態で他者を見れば、上級魔術師ハンニバルでさえも脅威には見えない。ましてやステファノなど、ただの小物に見えていた。
そんなジローをハンニバルは醒めた目で見ていた。
(ふん。器が小さすぎる)
言動の1つ1つに優越感をひけらかさずにはいられない。もともと自意識過剰な性格を誤った自信が際立たせていた。
(所詮は雑魚だ。使い捨てられるのがふさわしい)
同じように「支配」の影響下にあっても、ハンニバルは客観性を失っていなかった。アリスの支えがなくとも、もともと圧倒的な力を身に備えている。かりそめの高揚感に酔いしれることはなかった。
アリスを主として肯定しつつ、「支配」の存在を含めて己を客観視する視野の広さがハンニバルには備わっていた。
(精神支配の魔道具に加えて、主による「支配」か……。つくづく他人の力に踊らされる男だな)
滑稽で哀れ。それがジローを見るハンニバルの気持ちだったが、それを態度には出さない。
小物には小物の使い道がある。ハンニバルは道具を見る目でジローを見ていた。
「向こうは2人で来るというのだな?」
ジローからの遠話にハンニバルは問い返した。ステファノ以外の人間が立ち会うのは邪魔だが、障害にはならない。適当に行方をくらましたことにすればよいだろう。
「同じ工房の女が同行するそうです」
「女?」
「スールーという商人です。ステファノのアカデミー時代からの仲間です」
ジローはハンニバルの疑問に答えた。
スールーはステファノの先輩であるが、卒業年次で言えば後輩に当たる。「仲間」という表現が適当だろう。
「商人か。値段の交渉でもするつもりか」
「そんなところでしょう。この前も道路舗装車などというガラクタを喧伝していた女です」
道路舗装車は引く手あまたの発明品だったが、ジローには関心がない。貴族階級の彼は騎馬か馬車での移動に慣れていた。今更少々のデコボコ道で尻が痛くなるようなことはないのだった。
「まあよかろう。女の1人や2人、どうとでもなる。俺が同席しよう」
「ハンニバル師がですか? 女商人が増えたくらいでわざわざそこまでしなくても」
ステファノとスールーを軽く見るジローの言葉に、ハンニバルは舌打ちしたい気持ちを抑えた。
「敵を甘く見るな。失敗は許されんぞ」
「もちろんそんなことは……」
重々承知していると言いかけたジローに最後まで言わせず、ハンニバルは押し切る。
「お前は俺の言うとおりにすればいい。それが主の意思だ」
「……はっ」
アリスの右腕と言ってよいハンニバルにそう言われれば、ジローは反論を飲み込んで従うしかなかった。ジローが聞きわけたというよりもアリスの「支配」がそうさせた。
アリスのものに等しいハンニバルの命令は、ジロー自身の考えよりも優先する。
それでも押さえつけた自分の意思は負の感情となって脳内によどんでいった。よどみはやがて瘴気のような腐臭を発し、ぐつぐつと煮え始める。
地中のマグマが火山となって噴出するように、ジローの中によどむ瘴気もいつか噴出することになるかもしれない。
(それはそれで構わん。道具など、獲物を引きつけるまで持てばいいのだ)
遠話を切ったハンニバルは、ジローのことなど頭からすぐに消し去った。
◆◆◆
「ふうん。禁忌具と同じような制限付与かぁ」
「変わった注文だ」
「そうだな。あのお貴族様が魔道具の用途を制限するような注文をしてくるとはな」
工房に戻ったステファノはジローの要求をスールーたちに報告した。3人にはジローが魔道具の有効範囲を狭めるような注文を出してきたことに驚く。
「将来、人に引き継ぐことを考えてのことだそうです」
ステファノはジローから聞かされた注文理由を伝えた。
ステファノ自身はそれほどおかしな注文だとは思っていない。「正当な理由」さえあれば人間相手に使うことができるので、たいした制約条件ではないと考えているからだ。
「お貴族様が家系の存続を第一に考えるってのはわかるけどよ。それでも金を払ってまで用途に制限を加えるってのが腑に落ちねえな」
「王族や高位貴族に対する遠慮じゃないんですか?」
そういう地位にある者たちは、悪意を持って精神操作されるリスクを恐れるだろう。そんな魔道具を持っている下位貴族にうろうろしてほしくないはずだった。
英雄もそうだが、過ぎたる力というものはやがて反感や邪推を買うことになる。
「痛くない腹を探られないようにという用心なのかもしれないね」
スールーはそういうことがあるのかもしれないと、深い疑いを示さなかった。魔道具を弱めて返す仕事なら危険もないはずだ。
「料金は10万ギルくらいでどうかな?」
その額はかつて剣士クリードが山賊の頭目を斬って得た褒賞金の半分に当たる。腕の良い職人が得る賃金のざっと2か月分。
「高くないですか?」
ステファノなら1日もかからない仕事にそれほどの料金を要求してよいものだろうか? ステファノは思わず顔が引きつった。
「いやいやだいぶお安いよ?」
スールーは腰に手を当ててステファノに顔を近づけた。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第681話 キミという魔道具師の出現が世の中を変える。」
「キミは魔道具師としての自己評価が低すぎる」
小さい子供に言い聞かせるようにスールーは言った。
「それじゃあ技術に対して不誠実だし、後に続く人たちが安心して魔道具師を目指せないじゃないか」
ステファノには自分の後に続く魔道具師たちという存在がイメージできなかった。
それも無理はない。魔術師以上に数が少ないのが魔道具師だ。道具に術式を付与するには魔法・魔術が行使できるだけでは足りない。高度なイド制御をマスターしていることが条件であった。
……
◆お楽しみに。




