第678話 もちろん言われた仕事はやり遂げますよ。
「道路舗装車だと? 何の遊びだ?」
その若い男は腹立たしげに吐き捨てた。
隣にいる中年の男は、かすかに鼻で笑っただけだった。
「あんな連中が本当に脅威になるんですかね?」
「侮るな。既に『まつろわぬもの』は奴らによって倒された」
「そう言われても。そいつが弱かったからじゃないんですか?」
とがった声を飛ばす若者を、ハンニバルは冷たい目で見返した。
「お前が上級魔術師以上の実力を持つというなら、好きにしろ」
「土竜」の二つ名を持つハンニバルにそう言われれば、言葉に詰まるしかなかった。
「こっちにはあなたがいるじゃないですか?」
苦し紛れにそう言えば、ハンニバルはじろりと目に力を込めた。
「我らが主のご命令だ。逆らうならお前を殺す」
逆らうことなどできない。そもそもそんな気は起きないのだ。
自分の存在は「主」のためにある。その事実が体の中心を占めていた。不満を言ったのは、元の人格の残りかすのようなものだ。
「もちろん言われた仕事はやり遂げますよ。そのために俺はいるんですから」
右手にはめた指輪をなでながら、ジロー・コリントは主への忠誠を誓った。
◆◆◆
アリスにとってジローは都合の良い存在だった。
ステファノと面識がありつつ、胸の内に敵意も持っている。ステファノに近づくことが不自然ではなく、しかも操りやすい相手でもあった。
手下にするのも容易かった。上級魔術師の立場でアカデミーに出入りできるハンニバルがいる。
適当な理由をつけてジローに近づき、指輪に仕込んだ針で肌を刺しただけ。
それだけでアリスはジローのイドに憑りつく「入り口」を得た。
アリスの「支配」は複数人を対象にできる。それはジェーンの「憑依」とは異なり、対象の人格を乗っ取るものではないからだ。
相手の人格を残したまま、自分に対しての忠誠を植えつける。価値観の中心にアリスの存在を刷り込むことができるのであった。
それは「魅了」や「洗脳」に近い能力だった。対象を魔獣に置き換えてみれば、「調教」が近い。
魔獣を飼い慣らすように一方的に従属させる。
恐ろしいのは支配された人間の側が、自分の意思で従っていると信じ込んでいること。だからこそ行動は自発的で自然なものとなる。
イドや精神を乗っ取り操っているわけではないので、「支配」を見破ることはほぼ不可能だった。
弱点を上げれば、具体的な行動を取らせるために指示が必要なこと。そのためにアリスはハンニバルと定期的な連絡を保っていた。
ジロー・コリントに与えた使命は、ステファノのイドに直接接触すること。アリスがステファノを手に入れるために必要なことであった。
ステファノの精神を乗っ取り、新たな「ゲームマスター」を創り出す。
アリスは本来自分が仕えるべきゲームマスターを支配することで、完全なる「神」になろうとしていた。
ゲームマスターの権限を自由にできれば、アリスは世界を自由にする権能を手に入れることができる。それを求めるのは支配欲ではなく、「そう作られた」AIとしての本能的欲求だった。
(ハンニバルはゲームマスターになれなかった。だが、ステファノならきっと――)
ハンニバルにはない「応用性」がステファノにはある。それがゲームマスターに必要な条件ではないかとアリスは考えていた。
(同じプレイヤーでもステータスが偏りすぎた設定の者はゲームマスターになれない。恐らくそういうことだろう)
ジェーンが滅び、競争相手がいなくなった。アリスの邪魔をするものはもういない。
(いよいよ神の座に就く時が来た)
アリスは聖教会法王としてジロー・コリントに行動開始を命じた。
◆◆◆
「おや? どこかで見たような顔だね」
「ジロー・コリントだ」
「あー、アカデミーにいたね。ステファノの同級生だろ?」
メシヤ流工房に訪問者があった。
見本展示会の直後は列をなすほどの来客が押し寄せたが、2週間ほどで落ち着いた。道路舗装車の注文はキムラーヤ商会で受けつけると告知したのだ。
道路舗装車は魔動車の拡張機能なので、この工房では量産できない。ここは開発専門だと言って、面倒な商談をキムラーヤに丸投げしてしまった。
スールーの発案による逃げ口上だったが、これにはトーマももろ手を挙げて賛成した。砂糖に群がる蟻のような連中をいちいち相手にしていたら、時間がいくらあっても足りない。
商品の販路を広げることと、自分たちが客の相手をすることとは別の話という考えなのであった。
「何か探し物かい?」
ジローの様子を品定めしながら、スールーは棚に並んだ商品を手で指し示した。
「いや、ステファノに用があってきた」
棚の展示品にちらりと目をやっただけで、ジローは関心なさそうにスールーに向き直った。
「ふうん。何の用か聞いてもいいかね?」
「ああ、ここは魔道具の工房だろう? 見てもらいたいものがあってきた」
ジローは右手にはめた指輪を示して、答えの代わりにした。
「それは?」
「『虎の眼』という魔道具だ」
それはかつて師であるマランツから譲り受けた聖遺物級の魔道具だった。
対象者の精神を威圧し、行動不能に陥らせる精神阻害系の魔道具である。
「こいつには相手の精神をねじ伏せる力があるんだが、諸刃の剣でな。使用者の精神をむしばむ弊害がある」
ジローの言葉通り、かつてこの指輪を所有していたマランツは「虎の眼」の力を使いすぎて、自らが精神を病んでしまった。強力な魔道具ではあったが、その弊害もまた大きいと言えた。
「何とかその弊害を抑え込む方法がないかと思ってな。そういうことに詳しそうなステファノに相談したい」
「ふうん。随分物騒な指輪なんだね。わかった」
「取り次いでもらえるか?」
ジローは指輪を見せるために差し出していた右手を引っ込め、上目使いにスールーを窺う。
コツコツとスールーの指がカウンターの表面を叩いた。
「取り次ぐのはいいけど、答えは一旦預からせてもらうよ」
「どういうことだ?」
「悪く思わないでくれ。最近物騒なことがあってね。精神操作系の能力ってやつに敏感になっているんだ。2、3日中には返事を連絡する。今日のところは連絡先だけ置いて、出直してくれないか」
ジローは何か言いたげにスールーを睨んだが、それ以上文句は言わず連絡先を残して帰っていった。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第679話 キミに見せたい魔道具があるそうだ。」
「ジロー・コリント? ああ、あのお貴族様か」
ジローがステファノを訪ねてきたと聞いて最初に反応したのはトーマだった。直接の付き合いはなかったが、ジローは優秀な魔術学科生としてそれなりに目立っていた。
「偉そうな奴だった」
「それはまあしょうがない。お貴族様だからね」
威張りまわす人間が嫌いなサントスは嫌そうな顔をする。
スールーに言わせれば貴族が偉そうなのは当たり前ということになる。
……
◆お楽しみに。




