第674話 あの時の馬車もよく揺れた。
ステファノ、スールー、サントスの3人はサントスの所有する魔動車で呪タウンに向かった。
荷台付きの車両には2つしか座席がない。運転席にはサントスが座り、その隣にはスールーが腰かけた。ステファノは荷台にクッションを置いて急ごしらえの座席とし、後ろ向きに座って荷物の番をしている。
荷台狭しと積み込まれているのはサントスの持ち物だ。各種の工具や資料、魔道具が箱詰めになって置かれていた。ロープをかけて固定してあったが、地面の凹凸で車が揺れると箱の中身がガタガタと音を立てる。ステファノは土魔法を働かせて箱が飛び出さないように押さえていた。
「うーん。こうしてみると街道といっても随分と車が揺れるもんだね」
「これはマシな方。うちの車はサスペンションを改良してある」
「そうなると、車の性能ではなくて道そのものの問題だね。いつかは何とかしたいものだ」
油断して舌を噛みそうになったスールーは舌打ちして言った。
街道と言っても舗装はされていない。せいぜい突き固められた土の路面に過ぎなかった。馬車が通れば轍ができて、やがてそれが車輪がはまり込むほど深くなる。
御者には路面の状態を観察して、走りにくいところを避けて通る操縦技術が必要であった。
「街道全体に敷石を並べるのは大変ですからね」
ステファノは風に運ばれてくる2人の会話に言葉をはさんだ。乗車席に声を届かせるにはかなり声を張らなければならない。
「わかるけど。王都と呪タウンの間には石畳が敷かれているじゃないか」
「費用対効果の問題。田舎町のサポリまで石畳を敷く価値がない」
世知辛いがサントスが言うとおりだった。大掛かりな工事を行うためにはそれだけの財源を確保するか、もしくはそれに見合う効果がなければならない。商業流通のために価値があるとか、軍事上の要請があるとか。
呪タウンには両方の価値があった。
「路面の方はどうにもならないんで、車の方を何とかしましょう」
「空を飛べるようにしてくれるのかい?」
「それはちょっと……」
ステファノは魔核を練って土魔法の術式を発動した。3人が乗る魔動車の重量を10分の1に軽減する。同時に車輪の回りに弾力を持たせたイドをまとわせた。
「おっ? だいぶ揺れが収まったぞ」
「音も静かになった」
「これはいいね。魔動車の標準機能にしたらいいんじゃないか?」
スールーはわざと座席の上で飛び跳ねて、車の揺れ具合を試していた。
「スールーさん、気をつけてくださいね。乗っている人間ごと重さを10分の1にしているので、暴れると車の外に放り出されますよ」
「おっと! それを早く言っておいてくれ」
車のドアにつかまり、跳ね上がりそうになる体を抑えながらスールーはぼやいた。
「スールーは元から人間が軽い」
どさくさ紛れにサントスが軽口を叩いたが、風に運ばれてスールーの耳には入らなかったようだ。
他愛のない言い合いを続ける2人の会話を聞き流しながら、ステファノは家を出た日のことを遠く思い出す。
(あの時の馬車もよく揺れた)
荷台に積まれているのはほとんどサントスの荷物だった。スールーは数日分の着替えの他は荷物をすべて処分してきている。ステファノも似たようなものだった。
着替えと調理道具、そして筆記用具のほかはいつもの背嚢と道具入れで終わりだ。
スールーいわく、「引っ越しは不用品処分の絶好の機会」だそうだ。ステファノは必ずしもそうは思わないが、そもそも持ち物が少なかった。
(貧乏性って奴が染みついているんだろうね)
そう考えると情けなくなった。
(いかん、いかん。暗くなっても仕方がない。引っ越しが楽で良かったと考えよう)
そもそも引っ越し荷物がこれだけで収まっているのは、格好の借家が見つかったからだった。
呪タウンの商業地区にあるその建物にはかつて家具工房が入っていた。親方である主が引退したため工房は解散し、建物は売りに出されていた。
それを買い取ったのがキムラーヤ商会だった。
『そこなら空いてるから居抜きで入れるぞ』
スールーの相談にトーマは即答した。何かあったら呪タウンでの事業展開に利用しようと準備していたらしい。
『ボクたちが貸してもらってもいいかい?』
『構わないが、1つ条件がある』
トーマの条件とは、自分を新工房に加えること。
『俺もそろそろ独立して商売をしてみたいと思っていたところだ』
『ふうん。まあいいんじゃないか? 反りが合わなければチームを解消すればいいんだから』
トーマならばアカデミー時代に気心が知れている。スールーは残り2人にも意見を聞いた上で、トーマを4人目のメンバーとして受け入れることにした。
こうして情革協の4人が再結集し、呪タウンで工房を開くこととなった。
呪タウンについたステファノ一行が荷物を整理し終わった頃、トーマが自分の魔動車を運転して工房に到着した。
「ふう。急な話なんでバタバタしたぜ」
「キムラーヤの方は急に抜けても大丈夫なのか?」
「なあに、うちは古株を中心に使用人がしっかりしてるからな。俺が抜けたところで商売に影響はない」
「それってどうなんだ? いてもいなくても同じ?」
口では簡単に言うが、トーマはそれなりに抱えていた仕事を引き継いで商会を出てきていた。トーマの才能を惜しむ声もあったが、若いうちは自分の力を試した方がよいという父親の言葉で全員が納得したのだった。
「これからよろしく頼むぜ」
その夜はアカデミー卒業以来の消息を互いに語り合い、それぞれの立ち位置や商売への思いを確認したのだった。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第675話 キミもだよ、サントス?」
「まずはあいさつ回りからだね」
スールーは次の日、朝の食卓で言い出した。
今回の引っ越しは商売を始めるためのものなので、その言葉に全員が納得した。
「当然だけど、最初はネルソン商会ね」
「まあそりゃそうなるわな」
スールーの提案に残りの3人を代表してトーマが答えた。
……
◆お楽しみに。




