第673話 俺は魔道具師になろう。
サポリに戻ると、ステファノは自分が進むべき道について考えるようになった。
父親の死という事件を通して、人間の生が有限であるという事実をステファノは思い知らされたのだった。
「大切な人を守りたい」
たったそれだけの願いがかなわなかった。力が足りなかったわけではない。自分はその場所にいなかった。
(側にいよう。いつでも守れるように)
ウニベルシタスの魔法講師という仕事についても、ステファノは考えた。自分にふさわしい道なのかと。
イドの制御や魔視脳の開発は重要な技術だ。それを世の中に広げることは「ルネッサンス」を推し進めることを助けるだろう。
しかし、「機」は熟した。
生徒を指導し、魔核錬成の手解きをしなくとも、「太陰鏡」がある。あれを使えば修行をしなくても魔視脳を呼び覚ますことができる。
肝心なのは魔法師たる心構えを教えることだ。その仕事を担うべき指導者は、これまでウニベルシタスで育ててきた。彼らがいれば自分が直接指導に当たる必要はない。
(俺は魔道具師になろう。そして魔道具を世に広めて人々の生活を助けよう)
戦場で人殺しの術を振るうつもりはない。魔法武器を作るのもご免だ。自分は、生活のための道具を作る魔道具師になろう。
ステファノは、そう志を立てた。
「俺は呪タウンに行きます」
「魔道具師? そうか――俺も行く」
アカデミー以来の友人であるサントスに告げると、迷うことなく自分も行動を共にすると言われた。
「いいんですか? サポリに店があるのに」
「これはただの入れ物。俺が行くところが、俺にとっての工房だ」
サントスに迷いはなかった。
「俺たちは『情革協』だ。お前が行くなら俺も行く」
「おいおい。ボクを仲間外れにするつもりかい?」
スールーに報告すると、彼女も呪タウンに拠点を移すと宣言した。
「初等教育用教科書の土台はできたからね。後は人に任せるさ。ボクは新しい仕事に挑戦する方が楽しい」
情革協の3人が一緒に移転することになった。
「ふふふ。何だか懐かしいね。アカデミーの寮で君に話しかけた時のことを思い出すよ」
「あの頃からステファノは変態」
「サントスさんだってかなりのものでしたよ」
話が決まると、3人はネルソンに方針を告げた。
「そうか。それもいいだろう。呪タウンにはネルソン商会がある。何かあったら息子のコッシュを頼りなさい」
「長い間お世話になりました」
ステファノはネルソンに深く礼を述べた。ネルソンと出合わなければ今の自分はない。
すべてはあの馬車旅から始まった。
マルチェル、ドリー、マランツにも別れを告げた。
「そうか。呪タウンに腰を据えるか。居場所が決まったら連絡をくれ」
ドリーはそう言ってステファノの肩を叩いた。
「わたしもそろそろここを離れようと思っている」
「どこかへ移るんですか?」
「取りあえずは旅の空だ。クリードを探しに行こうと思ってな」
ドリーは照れ臭そうに横を向いた。
「クリードさんは今でも用心棒を続けているんでしょうか?」
「さあな。口入屋を尋ねて歩けば行方が分かるだろうさ。あの世界は狭い」
ステファノはクリードの引き締まった相貌を思い出した。用心棒稼業を続けているかはわからないが、剣を磨き続けていることだけは間違いない。
「あいつを見つけたら剣術道場でも開こうと思っている」
「お似合いですね」
「そんなこと……そ、そうか?」
「お二人ならよい師範になれるでしょう』
「お、おお。そういうことか……。そうだな! うん」
ドリーは顔を赤くして何度も頷いた。
ヨシズミはステファノの報告を聞くと、しばらく無言で目を閉じていた。
「寂しくなるナ」
「師匠はこれからどうしますか?」
何なら自分たちとともに呪タウンに来てもらってもいい。ステファノはそう言おうとしていた。
「オレの弟子はおめえ1人ダ。そのおめえが一本立ちして出ていくからには、オレの仕事はもう終わりだッペ」
「師匠……」
悲しげな顔をするステファノを見て、ヨシズミは笑った。
「情けねぇ顔すんなッテ。今生の別れでもあンめェ。オレはこのサポリが気に入ってっから、また山に戻って暮らすッペ」
ヨシズミにとってはウニベルシタスもルネッサンスも「自分の居場所」ではない。「迷い人」としてこの世界に流され、ついに自分の場所は見つからなかったのだ。
「何、たまさか街に下りてくっこともあンだ。呪タウンに顔出すこともあッペ」
「わかりました。その時はきっと訪ねてきてください」
ステファノは感謝を込めて深く頭を下げた。
ヨシズミがいなければ、自分の魔法はねじ曲がっていたことだろう。
思えば自分は人との出会いに恵まれていた。節目、節目に出会う人たちが進むべき道を指し示してくれたように思う。
そのことへの感謝を抱いて、これからの道を歩んでいこうとステファノは決心した。
「それにしても、どこに拠点を構えよう?」
「幸い元手は十分にある。取りあえずは適当な場所を借りて仕事を始めたらいいんじゃないか?」
「工房は絶対に必要」
サントスに言われるまでもなく、3人分の生活スペースと工房は必要な条件だった。事によっては魔道具を並べる店舗と倉庫も必要だろう。
「結構大がかりな物件になりますね」
ステファノは眉を寄せて思案顔になった。
「ふむ。こういう時はボクに任せたまえ」
「スールー、当てがある?」
「ふふん。こういう時は『当てがある奴』を探せばいいのさ」
そう言ってスールーは魔耳話器をタップした。
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◆次回「第674話 あの時の馬車もよく揺れた。」
ステファノ、スールー、サントスの3人はサントスの所有する魔動車で呪タウンに向かった。
荷台付きの車両には2つしか座席がない。運転席にはサントスが座り、その隣にはスールーが腰かけた。ステファノは荷台にクッションを置いて急ごしらえの座席とし、後ろ向きに座って荷物の番をしている。
荷台狭しと積み込まれているのはサントスの持ち物だ。各種の工具や資料、魔道具が箱詰めになって置かれていた。縄をかけて固定してあったが、地面の凹凸で車が揺れると箱の中身がガタガタと音を立てる。ステファノは土魔法を働かせて箱が飛び出さないように押さえていた。
……
◆お楽しみに。




