第670話 魔法を使われると本気になりそうです。
いざ模擬戦の準備をしようとすると、訓練場には「棒」の備えがないことがわかった。
「素手の組手では参考にしにくいでしょうな。ステファノ」
「はい。これを使わせてもらいます」
ステファノのいでたちはシャツにズボンで、以前のような道着姿ではない。杖も持参していなかったが、その腰には細めのロープが巻かれていた。
それを解いて中ほどを握る。すると、だらりと垂れていたロープがピンと張り、一本の杖になった。
「ほう。これもイドによる強化ですか」
「ステファノの得物は杖です。少々変わっていますが、剣に見立てることもできるでしょう」
マルチェルはマーズににこりと微笑んだ。
自身は無論無手で相手をする。マルチェルの手足が剣であり、槍であった。
「一同注目! これよりギルモア家騎士団員として勇名を馳せたマルチェル氏とその教え子ステファノ氏による模範試合を披露していただく。一挙一動見逃すことなきよう、刮目して拝見せよ!」
さすがに王立騎士団で副団長を務めるマーズである。訓練場を震わせる大音声が響き渡った。
鉄壁のマルチェルが戦う姿を自分の目で見られる。団員たちに異様な緊張感と期待が広がっていた。
「魔法を使われると本気になりそうです。武術とイドでの組手としましょう」
「よろしくお願いします」
マルチェルの声はあくまでも優しかったが、その眼はもはや笑っていなかった。もちろんステファノも戦いに集中せざるを得ない。
マルチェルとの組手が型通りの演武で済むはずがなかった。
(どう攻めるべきか?)
弟子であるステファノが受けに回る選択肢はない。師への礼儀として全力で撃ちかかる。
その攻めの方法をステファノは考えていた。
10歩の間合いで互いに向き合う。礼を交わして組手は始まった。
「ふっ!」
一歩踏み込みながらステファノは突きを放った。
もちろん杖が届くはずはない。杖の先端からイドの塊が放たれ、見えない攻撃がマルチェルに向かって飛ぶ。
そのままならイドによる遠当てであるが、ステファノの攻撃はそれで終わらなかった。マルチェルに迫ったイドの塊は、あと一歩というところではじけるように触手を広げた。
(蛇尾!)
広げた触手でマルチェルを抱き込もうとする。一旦絡みついたら鳥もちのようにまとわりつく。
敵を行動不能にするステファノの得意技だった。
マルチェルは前に出していた右手を伸ばした。手のひらを前に向けて蛇尾を待ち受ける。
(イドで受けるか)
ステファノにはマルチェルの右手が輝いて見えた。盾でもなく、鎧でもない。
必要最小限。蛇尾に触れる右手のみにマルチェルは気を集めていた。
その手がイドの中心に触れた瞬間、蛇尾の触手がすぼまりマルチェルの右腕を取り込もうとした。
すると、蛇尾の勢いを吸収するように腕が引かれた。と同時に、手のひらが円を描き、蛇尾を回転させながら振り回す。
腕にうねりを加えれば、蛇尾は横向きの「8」の字を描いて風車のように回転した。
「ふっ! ふっ!」
ステファノは足を進めながら、左右に杖を振り下ろし、続けてイドを飛ばした。
それをマルチェルは右手で御した蛇尾で受け流す。
飛ぶイド、受けるイド、どちらもステファノのイドであった。本来ならば絡みつくはずの触手はするりと抵抗もなく受け流されて、マルチェルの斜め後方へと飛び去って行った。
王立騎士団の団員たちは目を皿のようにして2人の戦いを見つめていた。
イドの精緻な姿まで捉えることはできないが、半数の団員はステファノが高密度のイドを飛ばし、マルチェルがそれを軽々といなしていることまではわかる。
(「鉄壁」と呼ばれる割には柔らかい防御だな)
マルチェルがイドの盾でがっちりと防御を固めるものと考えていた団員が多かった。
彼らはステファノが飛ばす蛇尾が触手を広げて相手に絡みつくやっかいな代物だということを知らない。
弾き飛ばすなり、拳で砕けばよいではないかと思っているのだった。
マルチェルが切れ目のない弾幕を処理する間に、ステファノは着実に足を進めていた。彼我の距離は5歩。試合開始時の半分に縮まっていた。
この距離からなら一歩で相手の懐に飛び込める。
それはマルチェルにも言えることだった。
残り5歩の距離に足を進めた瞬間、マルチェルが地面をかすめる燕のごとく飛んだ。
練り上げたイドを両足に籠め、瞬間的に筋力を爆発させたのだ。
大きく踏み出した右足に被せるように上体を乗せ、ステファノの腰の高さに右手を突き出す。
本来この間合いはステファノのものだ。杖とのリーチの差でマルチェルの拳はステファノの体には届かない。
そのはずだった。
ステファノは振り下ろす寸前の杖を止め、下段から石突を持ち上げて前面の空気をかき回すように動かした。
マルチェルが投げ返してきた蛇尾をかわすための動きだ。
そうしておいて自身は斜め左前にすり抜ける。
次に来るのはマルチェルの左拳のはずだった。マルチェルの右側に動けば、左拳からは遠ざかる。
予想通りマルチェルは踏み出した右足に後足の左足をひきつけながら前に出る勢いを回転力に変えて、腰の高さから左拳を撃ってきた。
相抜けしようとするステファノを襲うため、速度に勝るストレートではなく円を描くフックを繰り出している。
ステファノは左足を軸に時計回りに体をさばきながら、上段側の杖を短く鋭く左袈裟懸けに振り下ろした。
『武器を持った相手に素手で負けるわけはないでしょう』
重りとなる武器を持たないマルチェルの拳は武器よりも速い。同時に動き出せば杖よりも先にステファノを撃つはずであった。
ステファノは杖の動きを途中で止めた。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第671話 追い詰められたステファノは「奥の手」を出した。」
ステファノは杖の先端50センチをロープに戻した。
杖全体に働いていた回転力が先端のロープに集中して加速させる。そのスピードはマルチェルの拳を上回っていた。
ぱあんっ!
2人の間で鋭い音が破裂した。
マルチェルが左拳から飛ばしたイドがステファノが振るったロープを弾き返したのだ。
……
◆お楽しみに。




