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飯屋のせがれ、魔術師になる。  作者: 藍染 迅
第5章 ルネッサンス攻防編

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第669話 ふむ。夏場は熱が籠りそうだ。

 旧来の階級社会、一部の人間による能力の独占を「まつろわぬもの」は守ろうとしているらしいこと。それに反対する勢力として「神の如きもの」が存在するとネルソンたちが考えていること。ウニベルシタスは旧秩序を乱す存在として「まつろわぬもの」に敵視されたらしいこと。

 それらの推測をネルソンはシュルツに告げた。

 

「『まつろわぬもの』はシュルツ団長の体を離れて、ネルソン商会の使用人に憑りついておりました。こちらに来る前に、その者から『まつろわぬもの』を払い落としております」

「成敗したということか?」

「跡形もなく消え去りました」


 ネルソンから聞かされた話は途方もない内容であったが、シュルツにとっては自分の身に起きたことである。信じないわけにはいかなかった。


「ぬう。そんなことがあったのか。我がことながらまったく実感がない」

「意識を乗っ取られていたとなれば、そういうこともあるでしょう」


 失われた分の記憶と現在の自分。それをすり合わせるにはしばらく時間がかかりそうなシュルツであった。

 

「そう言えば、抗菌剤と常備薬の定期取引を結んだのだったな」

「ご記憶ですか? 本日はその視察という名目で伺いました」

「ぼんやりとは覚えている。乗っ取られていたとはいえわたしが結んだ契約だ。反故にしろとは言わんよ」

「ありがとうございます。せっかくですので保管状況など検分させていただいてもよろしいですか?」

「好きにするがいい」


 シュルツの許しを得て、ネルソンたちは定期納品する薬剤の保管場所を見学させてもらった。

 

「こちらですか。風通しはよさそうですが、少々屋根から熱が伝わりそうですな」

「ふむ。夏場は熱が籠りそうだ」


 マルチェルは保管室に立ち入って室内を見回した。四季を通じてここに保管するとなると、熱による薬剤の変質が懸念された。

 それについてはネルソンも同じ意見だった。

 

「部屋の温度を一定に保つ術式を付与しましょうか?」

「そんなことができるのか?」


 当たり前のように魔法の付与を提案するステファノに、ここまで案内してきたマーズ副団長が当惑して問いかけた。

 

「部屋の内面を魔道具に見立てて術式を付与してやればいいことですから」

「そんな簡単に……」

「まあまあ、お気になさらずに。ステファノ、お前に任せる」


 信じられぬと首を振るマーズの前で、ステファノは術式を構築した。

 

「温度範囲は10度から20度。暑さ寒さから室内を守れ。常春(とこはる)の部屋!」


 マルチェルが壁を触ってみると、初夏でありながらすぐにひんやりと冷え始めた。

 

「上出来です。これなら薬の変質を防げるでしょう」

「いやはや驚いた」


 これが当たり前だと言わんばかりの飯屋チームの振る舞いに、マーズは毒気を抜かれっぱなしであった。


「そうか。あの送気核(イドメーカー)とやらは魔冷蔵庫をなぞったものか」

「そうです。温度を一定に保つようにイドの量を制御できないかと思って」


 マーズ副団長がいる手前、ステファノは複製魔法を応用したことには触れなかった。魔法の術式を読み取り複製できることが知られれば、いらぬ騒ぎを招くことになるだろう。

 

 送気核に関しては「まつろわぬもの」の被害にあったシュルツ団長を見舞う気持ちで創り出したものだ。

 見るものが見れば極めて特殊な魔道具であるとわかるが、その気になって探さなければ気づかれまい。

 

 魔道具は目立たぬ方がよい。近頃ステファノはそう感じていた。


「わたしの出る幕はありませんでしたな」


 薬剤保管庫の視察を終えたマルチェルがぽつりとつぶやいた。


「ふふ。物足りないか?」

「あ、騎士団の訓練を見学させてもらったらどうでしょう?」


 出番がなかったマルチェルの様子を見て、ステファノは訓練見学を思いついた。

 自分にとっても王立騎士団を訪ねるのは初めてのことである。せっかくの機会に、訓練風景を見たい気持ちがあった。

 

「旦那様、よろしいですか?」

「ふむ。少しくらいなら構わんだろう。マーズ副団長、見学は可能ですかな?」

「もちろんです。訓練場にご案内します」


 マーズも騎士団の古株として、マルチェルが「鉄壁」と呼ばれる武術の達人であることを知っている。団員が一手なりと指導を受けることができれば、得難い経験になるはずだった。

 

 訓練場では2人1組で模擬戦の訓練を行っていた。もちろん模擬剣を使用したものだが、打ち合いは激しく、白熱したものだった。

 半分ほどのペアではイドの盾を使っての攻防まで行われていた。

 

「ほう。以前来た時よりもだいぶ熱が入っているようです」

「はっ。あれ以来イドを鍛える時間を増やした結果、上級者はより実戦に近い訓練を行えるようになりました」


 イドの繭が体を守ってくれるため、互いに思い切って打ち込むことができる。イド制御を身に着けることは剣技向上の手段としても役に立っていた。

 

「そういうことですか。それは良かった。もっともイドの盾に頼り切ると防御が疎かになりがちです。イドに頼らぬ技を磨くこともお忘れなく。おっと、これは余計な口出しをいたしました」

「いえいえ、とんでもない! マルチェル殿のご忠告とあればありがたい限りです」


 剣士としてのマーズは達人を前にして自ずと畏まった。

 

「いかがでしょう。模範試合を団員に披露していただけないでしょうか?」

「わたしがですか? 剣を使わぬわたしの武術が参考になるものかどうか……。それならステファノと自由組手をしてみましょうか」


 模範試合を望まれて、マルチェルはステファノとの模擬戦を選んだ。素手で団員をねじ伏せるのはたやすいが、それでは彼らのプライドをへし折ることになろう。

 それよりもステファノとの模擬戦を見せて、そこから武術の機微を感じてもらった方がいい。

 

「俺が相手でいいのでしょうか。王立騎士団の皆さんにお見せするような技ではありませんが……」

「難しく考えることはありません。心に悩みがあるときは、思い切り体を動かすことが助けになります。無心になってみなさい」


 マルチェルの勧めを聞き、ステファノはそれならばと頷いた。

 ここまで読んでいただいてありがとうございます。


◆次回「第670話 魔法を使われると本気になりそうです。」


 いざ模擬戦の準備をしようとすると、訓練場には「棒」の備えがないことがわかった。


「素手の組手では参考にしにくいでしょうな。ステファノ」

「はい。これを使わせてもらいます」


 ステファノのいでたちはシャツにズボンで、以前のような道着姿ではない。杖も持参していなかったが、その腰には細めのロープが巻かれていた。

 それを解いて中ほどを握る。すると、だらりと垂れていたロープがピンと張り、一本の杖になった。


 ……


◆お楽しみに。

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