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飯屋のせがれ、魔術師になる。  作者: 藍染 迅
第2章 魔術都市陰謀編

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第39話 今日はゆっくり休んでおけ。

「お前、見たんだよな?」


 ステファノを木箱に座らせるや、ダニエルはベッドに腰掛けて身を乗り出した。


「ええと、見たというと?」

「飯綱使いだよ!」


 クリードと話をしたということは既に伝えたので、ダニエルが聞きたいのはクリードの戦い方であろう。


「2度襲撃があったので、2回戦う所を見ましたよ」

「相手は?」


 ダニエルの組んだ手が震えている。


「盗賊ですけど?」

「違う! 何人だ?」


 息が荒い。


「ええと、1度目は10人を1人で。2度目は20人の内半分を斬り捨てていました」

「うっ。どっちも10人か? 生き残りは無しか?」


 血も涙もない人殺しのように聞こえてしまうが、生き残りはいない。


「あの状況では生け捕りは無理でした」

「そ、そうか……。うひょー」


 ダニエルは妙な声を上げた。


「ふー、ふー。よし! じゃあ、最初の戦いからだ。どうやって始まった?」


 それからは取り調べ(・・・・)のような聞き取りが始まった。

 衛兵に聞かれた時よりも細かく、ステファノは斬り合いについて説明させられた。


「弓持ちに仕事をさせないのか?」

「盾ごと蹴り飛ばしただと?」

「死体にも止めを刺すのか?」

「飯綱使いに師匠がいるだと? 『音無し』って何だ? 聞いたことないぞ、そんな奴!」


 喉がカラカラになるまでステファノは質問攻めに遭った。反対にダニエルはどんどん目をギラつかせて行った。


「ふぅー。すげぇな。お前、本当に全部見たんだな」


 ダニエルはがっしりとステファノの両手を握り締めた。


「100人殺しと飯綱使いの戦いを両方、しかも同時に見た奴なんて多分いねえぞ。すげえな」


 こういうの、何ていうんだっけ? ミーハー? 両手の痛みを我慢しながらステファノはあらぬことを考えていた。


「そうだ。お前、姿絵が描けるって言ってたな?」


 ダニエルはごそごそと紙束を持ち出して来た。


「使用人で絵を描く奴に分けてもらったんだ。こんな紙で良いのか?」

「大丈夫だと思いますよ」


 紙の表面を撫でて紙質を確かめながらステファノは答えた。これならインクが滲んだりしないだろう。


「じゃあ最初は(・・・)クリードの顔を描いてくれ」

「いいですよ」


 ペンとインク壺を取り出しながら、ステファノは考えた。これは何枚描かされるかわからないぞ、と。

 案の定ダニエルのリクエストは延々と続き、用意した紙が尽きるまでステファノは戦うクリードの姿を描き続けることになった。


「ああ、もうこんな時間か」


 消灯を知らせる鐘の音を聞いてダニエルは我に返った。描き上がった絵を並べて何遍も端から眺めることを繰り返していたのだ。

 ステファノは酷使した右腕を揉んでいた。


「うちは9時に消灯で、起床は5時だ」


 灯りを節約するために寮は9時での消灯がルールになっていた。これでも一般庶民に比べれば贅沢な部類に入る。夕食後に勉強や趣味の時間が持てるようにとのネルソンの配慮であった。


「朝食は6時から。7時から30分は掃除の時間だ」


 本館はメイド達が昼の間に日課の掃除をするので、住み込みの従業員は自室と寮の共同部分を手分けしてきれいにする。


「明日は朝からマルチェルさんつきだったな。今日はゆっくり休んでおけ」

 

 そう言うとダニエルは2段ベッドの上段をステファノに使わせた。


「お休みなさい」


 日課のノートは翌朝つけることにして、ステファノはベッドに身を横たえた。いろいろあった今日1日の出来事を頭の中で整理する。


(ジュリアーノ王子はなぜ命を狙われているのか? 王位争いでないとすると、王子がやっていること、あるいはこれからやろうと(・・・・・・・・)していること(・・・・・・)を邪魔したい人間がいるのだろうか?)


(王子が何をしようとしているかを知る必要があるな。メイド長のソフィアさんに話を聞いてみよう)

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