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飯屋のせがれ、魔術師になる。  作者: 藍染 迅
第2章 魔術都市陰謀編

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第36話 ジュリアーノ王子。

「座りなさい」


 昼間と同じ応接セットであったが、今度はお茶は出なかった。


「尾行がついた件はマルチェルから聞いた。先程まで店を見張っていたが、諦めて帰ったそうだ」


 今度はこちらから尾行をつけたが、本拠まで手繰れるかはまだわからない。相手も当然警戒しているはずだ。


「敵から見れば、駅馬車の乗員で正体が知れないのはお前とダールだけだ。ダールも見張られているかもしれんが、何か見つかるはずもない」


 見張りがいるとしたらご苦労なことだ。馬糞(まぐそ)の匂いを1日たっぷりと嗅いだことだろう。


「ガル師は事件の詳細を知らぬ。クリード殿も同じであろう。敵がどちらを追ってもいずれ行き詰まるだろう」


 となれば、敵の矛先はネルソン商会に集中することになる。


「行き詰まれば敵も焦る。これからは自分の身辺に十分注意しなさい」


 ステファノを攫う強硬策に出て来る可能性もある。


「明日1日が危ない。商会から表に出ないようにしなさい」

「わかりました」


 幸い買い物は今日できた。身寄りのいないこの街に、他にステファノの用事はない。


「用事があれば、プリシラに言いなさい。食事は店の中で取るように」


 年下のプリシラなら用事を頼みやすいという配慮であろう。ステファノは素直に礼を言った。


「ありがとうございます」


 そこまで話が済むと、ネルソンは居ずまいを正した。


「さて、明後日連れて行く先について話しておこう」


 いよいよかと、ステファノは気を引き締めながら頷いた。


「勿体ぶっても仕方がない。高貴なお方とは、王位継承権第3位のジュリアーノ王子様だ」


 ここスノーデン王国では直系男子に王位継承権が与えられる。次に兄弟。最後に娘。

 継承順位は誕生順である。


「知っての通りジュリアーノ王子は、現国王ヨハン・ヴィルヘルム・サンドレア陛下の三男であらせられる」

「確かまだお若いと記憶していますが……」

「お歳は15歳だ」


 なぜジュリアーノ王子は命を狙われているのだろう。ステファノは怪訝な思いを覚えていた。


「……納得いかなそうだな。無理もない。私にも暗殺の目的が読めぬのだ」


 何よりもまず、国王ヨハン陛下は壮健なのだ。(にわ)かに王位継承争いが起きるような状況ではない。


「ジュリアーノ王子は第3位の継承者だ。王子を廃した所で、上に2人の王子がいらっしゃる。皇太子殿下は既に29歳で主に外交面で王国を代表する働きをなされている。弟殿下に継承権を奪われる恐れを抱かれるような弱い立場ではないのだ」

「第四王子殿下はまだご幼少でしたか?」

「うむ。6歳になられたばかりだ。幼児を擁しての王位争いが過去になかった訳ではないが、王子3人の内ジュリアーノ殿下を狙う意味がない」

「王位継承権争いではないのでしょうか?」

「そう考えるのが自然だな。王子同士の仲も(すこぶ)る良いのだ」


 ジュリアーノ王子は夢見がちな性格で、上2人の兄、特に長兄であるエルネストを憧れの目で見ていた。


「エルネスト殿下の優秀さは国中が知る程のもの。年齢が離れていることもあり、ジュリアーノ様にとってエルネスト様は英雄でありアイドルなのだ」

「次男のハンサカー王子は武張(ぶば)った方とお聞きしましたが」


 ステファノの知識では、武勇に優れた殿下とのことであった。


「知っていたか。王子は武芸全般に優れ、特に剣の腕は騎士団の選り抜きと比べても見劣りしないそうだ。しかし、これまたエルネスト殿下に心酔しておられ、日頃から『我が剣は兄者のためにあり』と公言して(はばか)らないそうだ」

「それはまた思い切ったお言葉ですね」


 国王を差し置いて皇太子に剣を捧げるとは不敬と(そし)られても仕方がない。


「これは王子のお言葉だが、『親父にはジョバンニがいるではないか』と(おっしゃ)ったそうだ」

「ジョバンニというと……」

「ああ。『音無しのジョバンニ』こと、ジョバンニ・ランスフォード卿だ」


 クリードの師だという剣の達人は国王陛下の護り刀であったのか。

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