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飯屋のせがれ、魔術師になる。  作者: 藍染 迅
第1章 少年立志編

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第30話 転機。

「お前なら目立たぬ。ご病人のお側に控え、小間使いをしつつ周りに目を配ってくれ」


 護衛やメイドなら十分揃っているはずであった。ステファノの役割は人が気付けぬ異変を見張ること。


「お前の目と耳を役立ててもらおう」


 なにを警戒すればよいのかさえわからぬ状況、そんな中でもステファノなら何かを見つけることができるのではないか?


「必要な情報は今晩、食事の後に伝える」


 今はこれまでと、ネルソンはステファノを下がらせた。


「クリードさんが『食えない奴』と言ったそうだな」


 廊下に出たところでコッシュが言った。


「漸く意味がわかって来たぜ……」


 そう言い残すと、ステファノをマルチェルに任せて去って行った。


 コッシュが角を曲がるまで背中を見送っていたマルチェルは、ステファノを促して執務エリアに連れて行った。


「食堂の息子で、馬丁の助手と聞きましたが……」


 大部屋の隅にちょこんと置かれたイスとテーブルのセット。そこに腰かけると、マルチェルが問い掛けた。


「旦那様は昨夜お忙しくて、簡単な話しか聞かされていないのです」

「それでは改めて自己紹介と、ここまでの旅の様子を掻いつまんでお話し致します」


 ステファノは自分の生い立ち、家を出る経緯、そして馬車旅の様子について順を追って話した。

 他の従業員の目もあり、ネルソンの隠し事には触れずに話を進めた。盗賊の襲撃については守備隊に報告済みの事実であるので、人目を憚る必要もなかった。


「確かに、ガル老師とクリード()の活躍がなければ命が無かった所ですね」


 マルチェルは話を聞いて首を振った。


「そこに居合わせたお前は、運が良いのか悪いのか……」

「結果は無傷で、仕事まで頂いていますから」


 ステファノは屈託なく笑った。


「少なくとも肝は据わっているようです」


 ほんの少し、マルチェルの目の奥に面白がるような光が見えた。


「結構。荷物を纏めたら4時に改めて顔を出しなさい。それから、ダールには褒美を用意してあるので、いつでも店に受け取りに来るよう伝えなさい」

「はい。それでは4時にまた」


 ステファノはマルチェルに別れを告げた。


「プリシラ!」


 マルチェルはプリシラを呼ぶと、出口までステファノを見送らせた。


「いきなり本採用なんて凄いわね」


 廊下を並んで歩きながら、プリシラが言った。店の中では話題になっているらしい。


「旅のお世話が認められたらしい」


 ステファノは嘘とも言い難い答えで、プリシラを煙に巻いた。


「時間があったら、薬種のことを教えてくれない?」


 予め考えていたのだろう。プリシラは上目遣いにステファノを見上げながら、頼み事をした。


「構わないよ。時間があればね。その代わりお店のこととか、街のことを教えてくれる?」


 よそ者のステファノにとってプリシラは貴重な情報源であった。


「任せて! どこのお店のタルトが美味しいとか、焼き鳥はここで買うと安いとか、そういうことなら詳しいから」


 プリシラは目を輝かせて張り切った。


「本当? タルトは俺も好きだよ」


 食べることは数少ない庶民の楽しみだ。ステファノとて例外ではなかった。


「じゃあ4時に戻ってきたら、一旦声を掛けて。裏の通用口を開けて上げるから」

「わかった。じゃあまた」


 別れを告げると、ステファノは真っ直ぐにダールの宿舎に向かった。

 幸いなことにダールはまだ部屋にいた。


「店に行けばいつでも褒美を受け取れるそうです」

「そいつぁ豪儀(ごうぎ)だ」


 ダールは目を輝かせた。1万ギルは臨時報酬としては破格の物だった。しかもダール本人は一粒の汗も流してはいない。


「クリード様様だね。こりゃ」


 正に棚から牡丹餅(ぼたもち)泡銭(あぶくぜに)であった。


「俺の方は今日の夕方から住み込みが決まりました」

「そりゃあ話が早えなあ」


 上の空でダールが返事をした。金の使い道を想像しているのであろう。

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