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飯屋のせがれ、魔術師になる。  作者: 藍染 迅
第1章 少年立志編

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第27話 ネルソンの秘密。

 ステファノは1つ息をついてから自分が感じたことを述べ始めた。


「ご商売は薬種問屋と聞きました。小売り目当てのお客さんもいるようですが、数は少ないようですね。それに、店構えが個人客を引き込もうとしていません」

「ほう。どういう所がだね?」

「間口をわざと(・・・)小さくし、看板もありません。小さなプレートはありましたが、知らないと気付かないでしょう」


 ドアの横に「ネルソン商会」と刻まれた真鍮のプレートがはめ込まれているだけだった。


「ふむ。それ以外には?」

「売り上げの主力は配達部門。全体として商いは順調と感じました」


 ステファノは迷いなく言い切った。


「ほう。その根拠は?」

「はい。お店担当の従業員数に対して商館の規模が大きすぎます。客の数と比べても同じです」

「ならば、商いが順調だとどうしてわかる?」


 ネルソンの目が試すようなものに変わった。


「匂いです」

「匂いだと?」


 意外な答えに、ネルソンは眉をかすかに寄せた。


「店内には新鮮な薬種の匂いが漂っています。それも数多い種類の。頻繁に品物が動き、仕入れが盛んな証拠です」

(さと)いのは目だけではないようだな」


 ネルソンは表情を柔らかくした。ステファノの答えは納得できるもののようであった。


店の様子で(・・・・・)気付いたのは、そんな所です」

「店の様子で?」


 ステファノの言葉尻をネルソンが捉えた。


「店以外に気づいたことが、何かあるのかね?」


 ネルソンがさらに尋ねた。


 ステファノはすぐには答えず、ちらりと執事を見やった。


「……マルチェルのことなら気にしなくていい。店のことであいつが知らぬことなどない」

「はい。旦那さんは自分で仕事をこなす人だということ。急ぎの仕事があるということ。相手はおそらく病人で重篤な状態であること……」


 背後でマルチェルが身じろぎする気配がした。


「……」


 ネルソンは手ぶりでそれを制すると、ステファノを見直した。


「それで終わりかね?」

「病人は身分の高い方で、ご病気の原因は――おそらく毒」


 がたっと音を立てて、コッシュが腰を浮かせた。


「お前、どうしてそれを……?」

「落ち着きなさい、コッシュ!」


 ぴしりとネルソンがコッシュを制した。厳しい声ではないが、斬り付けるような迫力があった。


「理由を聞こう」


 コッシュが腰を落ち着け直すのを横目に見て、ネルソンは自分もゆったりと力を抜いた。


「初めに謝らせて下さい。差し出たことを言って済みません。お尋ねでしたので、お答え致します」


 ステファノは一度言葉を切り、息を吸い直した。


「この部屋に入った時から薬種の匂いがしました。匂いは旦那さんの体から漂っています」

「……薬屋なら匂いが付くこともあるだろう」

「はい。旦那さんの爪です」

「私の爪……」


 思わず自分の爪に、ネルソンは目をやった。

 爪の間が緑色に汚れていた。


「昨日別れるまでは、そのような汚れはありませんでした。ならば昨日から今日までの間に付いたものでしょう。匂いの元は胃腸の働きを助ける薬草、そして毒消し」


 ネルソンは爪から目を離せなかった。


「旦那さんの目には(くま)ができています。服の(しわ)から見ると、徹夜をなさったんでしょう」

「皺だと……?」


 今度は自分の服を見下ろす。


「旅から戻ったその日に徹夜とは、余程急ぎの仕事と思われます。店の者に任せないのは相手の身分が高いから。あるいは外聞を(はばか)る事情があるか……」


 ステファノは目を伏せた。


「う、むう……」


 大店の主として滅多なことでは表情を変えないネルソンが、十七の少年の前で唸っていた。


「旅で秘密裡に運んだものとは、おそらく特別な解毒薬。その材料ではないかと」


 ネルソンは言葉もなく、己の爪を擦っていた。緑色の汚れを、その秘密を消し去ろうとするように。


「大それたことを言いました。許して下さい」


 ステファノは深く頭を下げた。

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