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飯屋のせがれ、魔術師になる。  作者: 藍染 迅
第1章 少年立志編

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第26話 賢者は聞く。

「何だお前ら? もう仲良くなったのか?」


 コッシュは怪訝そうな顔をして、二人を見比べた。


「仲良くだなんて、そんな……」


 プリシラは顔を赤くした。ステファノの方は平気な顔である。この程度のハラスメントで驚いているようでは、飯屋で酔っ払いの相手はできない。


先輩になる人(・・・・・・)にいろいろ話を聞かせて貰いました」

「お、おう。そうか……。そうだ、プリシラ。ステファノはしばらくうちで働くことになるからな」


 普通にされると揶揄(からか)甲斐(がい)がないものである。コッシュはお預けを食ったような気持ちだった。


「え? 一緒に働くんですか?」


 プリシラは改めてステファノの顔をまじまじと見た。


「何の仕事を任されるかわからないけど、商会にお世話になることになっているんだ」


 ステファノはプリシラに右手を差し出した。


「よろしく、先輩」

「よ、よろしく」


 プリシラはさらに顔を赤くして、ステファノの手を握った。


「お前……、大物だな」

「え? 何がですか?」


 コッシュの方がたじたじであった。


「それよりあれだ。親父が話したいそうだ。奥へ付いて来てくれ」

「そうですか。じゃあ、プリシラ。また後で」


 ステファノはプリシラの手を離すと、小さく会釈をしてコッシュに向き直った。


「コッシュさん、ご案内をお願いします」


 奥への廊下は曲がりくねって長かった。表から見た時にはわからなかったが、商会の建物は思いの外大きく、複雑な構造をしていた。


「餓鬼の頃は何度も迷子になったもんだぜ」


 なぜか鼻に皺を寄せてコッシュが言った。


「なるほど。そういう(・・・・)造りなんですね」


 ステファノは一人納得した。


 大店の商家や貴族の館などでは刺客や盗賊から財産や住人の身を守るため、通路をわざと複雑にし、部外者を迷わせる(・・・・・・・・)ようにすることがあった。ここもそうなのだなと、ステファノは思ったのだ。


「古い屋敷ってのは厄介なもんだぜ」


 ステファノの思いに気づかず、コッシュは苦い口調で想い出に蓋をした。その顔をステファノは無言で覗き見た。


 コッシュはネルソンの実子ではない。後添えで入った母親に連れられてネルソンの養子となったのだ。

 ステファノの目から見れば、コッシュにはネルソンとは違う言葉の(なま)りがうっすらと残っており、容貌骨格も血の繋がりを否定していた。


 ()()()()()()()()()()が幼い頃迷子になるのは、盗賊除けを施した商館であれば当然のこと。そうステファノは受け入れていたのだった。


「君は目が良い。目と口はなるべく離しておきたまえ」


 学者様のドイルはステファノを(さと)して言ったものだった。


「気付いたことがあっても、すべてを語るのは良くない。人には悟られたくないことがあり、わかっていても言われたくないことがあります」


 例えば、悪い癖。思い出したくない過去。肉体の特徴。そういう物は見えていても見えない振りをしてやる物だという。


「愚者は語り、賢者は聞く。それを忘れないように」


 僕は愚者の代表だったからねと、ドイルは自分の頭を叩いた。


 コッシュの過去に何があろうと、それは彼1人の物であってステファノが立ち入る必要はなかった。

 ステファノはただ黙ってコッシュの後ろを歩いた。


 やがて、大きなドアの前に立つと、コッシュは一呼吸おいてノックした。


「お通り下さい」


 ドアを開けた執事に招き入れられる形で、コッシュとステファノは部屋に入った。


「どうぞこちらへ」


 広い部屋は執務室なのであろう。奥の窓際に大きなデスクが置いてある。部屋の主、ネルソンはデスクを背に部屋の入り口近くの応接セットに腰を下ろしていた。


「掛けたまえ」


 今日の所はまだ客であるステファノは、コーヒーテーブルを挟んでネルソンの正面に腰を下ろした。コッシュは2人の中間、横手のソファに腰掛ける。


「どうだね? うちの店は?」


 ネルソンはその質問から会話を始めた。

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