てのるえか
案内する和服の女、この時点で怪しさ満点であるにも関わらずたどり着いた場所、目の前の日本家屋を目にして和春の頭の中は混沌の乱れに支配されていた。
「待ってくれ、ここ、和菓子カフェやってる和菓子屋じゃねえか」
家屋の引き戸の上に打ち付けられた木の看板、そこには『てのるえか』と書かれていた。
「しかも名前わけわかんねえ」
そんな少年の様子、理解しがたい文字列に頭を抱えるその姿を目にして天音は声を上げて笑い始めた。
「なっ、なにがおかしいんだ」
顔を赤くして叫ぶ少年の顔を嘲笑い、言葉を返した。
「アンタくらいの年端もいかぬ男の子の好きそうな文字っていうのに存じないかい?」
そこから更なる嘲りが重ねられる。
「そうかい、悪かったねえ、心は若々しかったみたいで、アタシも配慮ってのが足りなかったよ」
「その反応が一番配慮足りねえよ」
目を閉じ腕を組み、頷いて聞き流していた。
「何か言えよ」
「配慮よりも舌が足りない方が分かりやすかったかねえ」
コイツ、思えども塞ぐ。ただただ揶揄われているだけのこと。きっとこの怪しい宗教の信者が神の教えなどには目もくれず、人の心を弄んでいるだけのお話。分からないことは分からない、素直に認めて看板の事実を訊ねることにした。
曰く、反対から読んで『かえるのて』なのだとか。
正しい読み方を教わって、すっきりした気持ちを胸に引き戸に手を伸ばした。
☆
入った先、店の中、並ぶ和菓子は果物の入った色とりどりの水のようなゼリーやかわいらしい大福、ごくごくありきたりな羊羹や柏の葉に巻かれたよもぎ餅にせんべい饅頭。満点のバリエーションと温故知新という言葉が似合う配置。古来より残りし落ち着いた想像通りの和菓子と色彩豊かなイマドキの物が混ぜて並べられて織りなされるそれは商品を並べるというよりは飾っていると呼びたくなるようなものだった。
天音が店員と何やら言葉を交わしてからの流れ、店員からの案内でカフェの方、黒い椅子に座る。光沢のある木の椅子とテーブルはそれだけでなかなかの値段を想像させた。
橙色の着物と深紅の帯を身に纏った女が和紙で飾られたお品書きを差し出す。お辞儀をする若い女の顔を見つめながら手を振る里予だったが、その姿はきっと覆い隠されているのだろう。
「多分見えてないから注文は俺がする」
妙な優しさと視線のズレを感じて、里予の笑顔は一瞬曇りつつも優しくてぬるい微笑みを浮かべた。
「ありがとう、甘えるね、かずはる君」
そうして再び現れた女へと注文を言い渡して待つこと7分、女が持ってきた物をテーブルに一度置いて、ぜんざいと深蒸し茶を和春の元に寄せて、あんみつと抹茶を里予の元へと運んでみせた。
「ありがと、大好き」
笑顔で礼をふわりと投げる里予に対して揺れ震える想いがあった。
――さとよを絶対に助けるぞ
里予さえ笑って過ごすことが出来れば。想いは強くて暖かで、里予にしっかりと向けられていた。
そうしてふたり、食べたものの感想を分かち合って、穏やかに笑いながら緩やかな空気と和菓子やお茶の美しさや香りに触れて、心を柔らかな感情で充たし合っていた。
この景色を拝み、薄っぺらな感心を顔に張り付けて天音が歩み寄る。
「いやあ、感心だねえ。命を張ってまでお姫様を救おうだなんて考える主人公のようでよろしゅうございまして」
言葉からはあからさまな嘲笑が見て取れたものの、それについては、その感情だけをきれいに腫れ物として扱い和春は話を進めにかかった。
「里予を救ってくれるんだろ」
「おやおや、アタシは救わないよ、アンタらが救われるのを手伝うだけのことでしかありゃしない……『遺サレシ者』と来ていただいてはねえ」
つまり、憑き物を振り払うことができる状態にするまで。そこからは本人の意志で消し去るしかないのだという。天音は白くて安っぽい和服の袖を揺らしながら続けた。
「霊祓うから金払えってワケでさ、アンタらから各一万五千円、お札会の大物とヒロイン一人ずつ分いただくよ」
高校生としては出そうに出せない可能性を秘めた金額。ふたりともアルバイトの経験もないがために、見え透いた結果が待ち受けていた。
「仮に失敗したなら金は取らない、死に目をつけられた手から渡された金なんかすぐ地獄に流れるかも分からないからね」
明らかに言葉は真剣ではないが前半の言葉の意味までふざけているわけでもないそうだ。
説明を続ける天音の隣に、細身で胸だけが豊満な堂々とした佇まいの女が現れた。
「で、天音が連れ込んだ客とやらは」
「そこさそこ」
ふたりの顔を、気の抜けた顔で見つめ、重々しい声で奏でる言葉を落ち着いた空気に乗せて綴る。
「ふうん、私は女の子の方を担当するからあなたが男の子の世話をお願いね」
「ちっ、世話の焼ける……」
毒づく様子を妙な空気に纏わりつかれながら見ていた。
みんなの心情などお構いなしなのだといった様子で和春の手を掴む和服の女。天音に引っ張られ、導かれるままに移動を始めた。
「今日のお祓い、晴香には見せられないかも分からないね」
そう語る天音の貌には仄かに冷たい陰が覆いかぶさっていた。




