消えそう
引かれた手は未知の道へと導かれるようで、目の先に映る眩しさの先に見えるジャージ姿の女、完全に頼りにしようとしていた。ジャージを着た女の元にたどり着くとともに事情を身振り手振りを交えて伝え始めるその姿についつい吹き出してしまう。
「はぁ、アンタ分かってんのかい? ソイツを救おうだなんておめでたい頭でいらっしゃる? あれを助けたとこでねえ」
そこまで発したところで次の言葉が流れる前に口は塞がった。晴香の悲しげな表情に口止めせざるを得なかった。代わりに発した言葉が意味することは正反対の意見だった。
「分かった、助太刀と行こうか。アタシに言わせれば晴香の心が一番正しいものなワケさ」
そう、女は晴香に弱かった。捻じ曲げた意見と意思、それに伴い引っ張られる行動。何はどうあれ和春の思うままに行ったために和春本人は朝の空を思わせる爽快な笑顔を滲ませていた。
天音の話によれば少なくともここまでの道のりの中では見かけなかったとのこと。晴香が曇った表情で疑いの眼差しを向けていたのを見るや否や天音は慌てて弁解していた。
「なんだい、そこまで疑わなくていいじゃあないかい。アンタも見えるだろう? 分かるだろう?」
そう言って次に出した言葉によって晴香の表情もまた、晴れ空に変わって行く。
「ランニング中に人ならざる気配混じりて漂う少女などいやしなかった、そうだろう?」
否定のしようのない意見、故に疑いの心のひとつもなしに歩みは進み続けた。ここから先へ、少年が直進し始めた、この道のスタートラインを通り越して、進み進み。
「あてはあるのか?」
少年の疑問。
「アンタのそれ、愚問でしかありやしないよ」
天音の回答。
「天音、もうちょっと優しくしてあげて」
晴香の要望。
「無茶を言わない、コイツの持ってるモノさ知ればイヤになるってものさ」
辺りは暗闇、目で見ようにも昼間のように明瞭に見通すことなど不可能の領域。闇という目くらまし、太陽の示しのないこの場所で、それでも迷いなく歩み続ける天音に疑惑の目を向けていた。黙って睨む和春だったが、その視線は闇に潜り込んで尻尾すら出さない。出していないと思っていた。
「安心しな、毎日ランニングしてりゃあ退魔師のアタシにはなんとなくわかるものさ」
果たしてなにを導に気が付いたのだろう。和春は天音の気配探りの鋭さに寒気を感じていた。
やがて進んで見えてきたそれに目を見開く。何の変哲もないたぬき地蔵、それに用があるのだろうか。
「暗闇のせいかアタシには見えやしないね、里予ちゃん」
天音の言葉が本音なのか否か、疑いを向けつつも和春はその眼でたぬき地蔵を捉えた。なにもない、だれもいないはずのそこに誰か、どこか懐かしい気配を漂わせた者がいた。たった一日会わなかっただけで懐かしく思える人物、大切な人の名を気が付けば力いっぱい精一杯呼んでいた。
「さとよ! そこにいるんだろ、さとよ!」
不確かな気配を思い切り抱きしめてそこに確かな君を確かめる。そんな行いの後にその眼に映った姿は見間違えようもない、大好きな里予だった。
「和春くん、来てくれたんだね、うれし」
その言葉を残して、里予の意識は闇と一体となった。
「寝てる……だけか」
示された言葉と行動を目にして数秒間、流れた沈黙の果てで天音は声をかけた。
「そこにいらっしゃるはアンタの妄想の世界の彼女かい?」
――気配で分かってるくせに
晴香は言葉を抱いて口を噤む。無神経な言葉に言葉を重ねて澄んだ闇の空気を濁らせることなどしたくはなかった。
「妄想ってなんだよ」
晴香の想いとは裏腹に和春は天音の楽しみのために撒いたエサに食いついてしまった。
「辞書で引いてみな、おつむが残念な人にも分かるように書いてあるから」
「そういうことじゃねえよ!」
じゃあどういうことか、ジェネレーションギャップに惑うこのアタシに言ってみな、ご口授願おうか。などと口走って青い人物をからかい楽しむその姿は、この上なく大人げなかった。




