つかの間の休息
墜星暦5945年秋 日本国 都内某所
「なんじゃこりゃーー!」
半壊したマンションの前でキャリーケースを携えた女性は、自宅の惨状に素っ頓狂な悲鳴をあげる。彼女の留守中にこの地区であった『連邦』空挺兵と陸軍の戦闘でSRC造のマンションは瓦礫と化していた。
首都直下地震に備えた耐震設計のSRC造とはいえ、装脚機動戦闘車の105mm砲弾は想定していない。
黄色い規制線で隔てた先は、戦場の残り香を濃く残していた。
セーフハウス1号がぁ、高かったのにぃ連邦のバカヤローぶち殺し足りねぇー、とブツブツ呟いていた彼女だったが、何か閃いたのかニパァと顔を輝かせてその場でスマホを取り出し、
「Hey RTD。照会したいことが——」
回答に満足したのか回れ右、ゴロゴロとキャリーケースを曳きながら降りた駅へと戻っていった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
樺太から戻った俺たち831中隊は、しばらく休暇をもらった。いまだに夜間の外出などは制限されているが、関東地方では日常が戻りつつある。
N県では陸軍が決戦、N市奪還作戦のため集結中だが情報軍には関係のないことだ。
自宅、以前犯罪組織から押収してそのまま俺がもらった一軒家は、出かける前と変わらず残っていた。
よかった、陸軍が一棟一棟制圧するのを面倒がって、かなりの建物を瓦礫に変えたらしいからな。
さて、溜まった郵便物でも片付けるか。出張先からそのまま戦場にGOだったからな、郵便受けには新聞やらが溜まっている。
俺は紙の出版物でないと読んだ気になれない、古式奥ゆかしいオールドタイプだ。
郵便物の束の中にあった、毎週取り置きしている雑誌…『週刊 爆〜火槍からN2爆弾まで〜』を開こうとしたときだった。
——Prrrrr……
電話か、誰だ?
「はい、捻茂です。」
『自家用太陽光発電のご案内をさせていただいております。有事の際の停電に備えて…あっ、ご両親はご在宅でしょうか?』
あ?このセールス野郎今なんだって?
「え〜とぉパパもママもまだ帰ってこないのぉ。ごめんなさい。(渾身のロリボイス)」
俺がそう答えると、そうですか、と言って切ってしまった。見たか両声類の本気を、昔からコレで遊んでいたからな。しかし電話口の声は本人ではない合成音声とはいえ、一体どう聞こえているんだが。
――ピンポーン
今度はリアルで来たか、もしセールスだったら大東洋統合警備保障でも呼ぶか。ため息をつきながらドアを開けると、見知った顔、花谷だった。
「やぁ捻茂、ちょっと「嫌だ!」「冷たいこと言うなよ、一晩でも「帰れ」
そのキャリーケースは何だ?どうせ駐屯地から自宅に帰るのが面倒だから泊めてくれ、って言うんだろ?
「違うよぉ〜家が無くなっちまってよぉ〜お前一人暮らしだろ、だ・か・ら・泊めて?」
一軒家だから部屋に余裕はある。だが、俺はコイツの性格を知っている。仕事場のデスクは整頓されているが、自宅は無秩序に散らかすタイプだ、同じ一人暮らしのはずなのに、なぜそこまで物が散らばるのか不思議でならない。
「駐屯地に空き部屋くらいあるだろ、しばらくそこに居ろよ。」
「非道い、か弱い乙女を野獣の巣に放り込むのかよぉ。」
全員余裕で返り討ちにできるだろ。それに『警務隊が呼ばれない』情報軍の将校に手を出すバカがあそこにいるか?樹海に埋められたい奴は別だが。
「わかった…他をあたるよ…。」
しょんぼりとした顔で花谷は、帰っていった。少し悪いことをしたか?アイツも実家なんてない身だからな。
だが、邪魔も無くなったことだ。マグカップ片手に、『特集!黒島先生の相殺爆発術』の文字と手榴弾を握って笑みを浮かべる白髪翠眼の女性が写った雑誌をめくり、ベランダに出る。
昼下りの住宅街には、防犯ボランティアのおっさんに連れられた、集団下校の小学生の列。
家の前を掃く手を止めて、井戸端会議に花を咲かせる向かいのおばちゃんと花谷。
戦場が、わずか300キロ離れたことろにあるとは思えない日常風景だ。これを守るために軍人になった…とはとても言えないが、それでも俺たちの存在意義を示してくれている気がする。
ん?待て、花谷?ナンデ?碌でもない予感がする。
——お前まだいたのか。玄関を出て、話し込む花谷に声をかけると向かいのおばちゃんが、
「アラ、捻茂ちゃん!彼女さんなんていたのね!知らなかったわ〜。」
あ?このおばはん今なんつった?
「隠しごとは良くないぞ〜。」
ニヤニヤしながらデマゴーグの発生源が腰に手を回してきた。
「だから今夜は泊・め・て?ダーリン?」
汚い、さすが情報軍将校、汚い。おばちゃんネットワークで外堀を埋めて、既成事実を作ろうとしていやがる。情報操作と誘導は朝飯前、迂闊に動けば思う壺、コイツめ。
そういうことは実力部門83連隊じゃなくて、俺の元いた71連隊の仕事だろうが。
「…わかった。一晩だけだからな。」
野放しにしたら何をやらかすかわからない、監視下に置いたほうがマシだ。0.5秒の熟慮の結果、そう決めた。
「大変よろしい!いやぁ悪いねぇ〜。お礼にお姉さんがいいコトしてあげようか?」
結構だ。両手を怪しい手つきでワキワキとさせながら、電子の神様は何でも知ってる。などとのたまい上がり込む同僚に、憂鬱な気分で俺は読みかけの雑誌に栞を挟んだ。




