S島沖海戦 《下》
墜星暦5945年秋 陽没海S島沖
艦隊最前に位置する駆逐艦『ヒエイン』マストトップの見張り台、レーダーを備えるとはいえ人の目の監視は欠かせない。
獲物を見つけた鮫のように波を切り裂く駆逐艦は激しく揺れるが、見張り員は双眼鏡を握って『むさし』を凝視していた。
正面を向けてこちらへ進む、幅広の船体にのっぺりとした艦橋構造物と3連装の主砲塔を載せた巨艦。
「艦橋!敵は駆逐艦にあらず!戦艦級です!」
「何?魚雷用意!ふふっ、投棄しないで正解だったな。」
艦内電話からの報告に、しめたと、口角を上げる艦長。僚艦の中には潜水艦からの被雷を恐れて、危険物の魚雷を投棄する艦もあったがこの艦長はそれをしなかった。
牽制射撃のためレーダー連動の射撃指揮装置が、『ヒエイン』前部2門の12.7cm単装砲を『むさし』へ指向させる。
『むさし』は敵艦の能力を測るため、ジャミングを行わず第一艦隊から照射される電波を観測していた。
だが、彼女がダメージを受けることは絶対にない。『むさし』には極超音速ミサイルや同種艦の砲弾を迎撃するために、ミサイルより即応性の高い近接防御光線砲が搭載されてる上、万一それを突破しても電磁装甲や複合装甲が攻撃を弾く。
核融合炉の生み出す電力は兵装の自由化をもたらした。2040年代の地球の戦闘艦艇では、主機関の出力=戦闘能力という図式が成り立っている。
「1番、2番撃ちー方始め!当てなくていい撃ちまくれ!」
槍騎兵めいて36ktで突撃する駆逐艦の群れ、魚雷戦はスピードが命。対空対潜戦が主任務となった『ヒエイン』級だが、雷装を持つ駆逐艦乗りにとってジャイアントキリングは夢、戦場の興奮がアドレナリンを乗員の脳内に溢れさせる。
相対速度80kt近くでぐんぐんと距離を縮める両艦、12、7cmと480mmの発砲音が洋上に交差する。
——ゴボッ
一隻の駆逐艦の艦橋ガラスが赤く染まった。火炎?いや、血飛沫だ。正面から艦を見れば、蜂の巣のように小さな孔が多数開いている。
『むさし』の試作対艦フレシェット弾は一発、一発が40mm機関砲弾クラスの威力を持ち、非装甲の駆逐艦を乗員ごとスクラップに変えた。
精度が低い上、射程が短いことと炸薬が無いことから失敗作とされたが、在庫処分とでも言わんばかりに駆逐艦にタングステンの矢を投げ続ける。
「これが主砲の発射速度だと?ありえんぞ…。」
『ヒエイン』艦長は自艦の速射砲と遜色ない間隔で降り注ぐ砲弾に肝を冷やす、すでに3隻の僚艦が戦闘不能に陥っていた。だが、彼女も駆逐艦乗り、命知らずの水雷屋だ。
「だが面白い…。」
水柱に叩かれ、左右に揺さぶられる艦橋、ヘルメットの下で彼女は微笑む。命懸けのスリルを愉しむ駆逐艦乗りの顔だ。
「艦長、転針しましょう!これ以上は危険です!」
「ならん!進路そのまますれ違いざまに斉射だ!1、2発程度で戦艦が沈むか!それに敵前回頭など自殺行為っ!」
堪えきれなくなった部下が魚雷発射を進言するが、艦長はそれを怒鳴りつけ跳ね除けた。
左右から挟み込んでの飽和攻撃、なんとしても1隻あたり10射線の533mm魚雷を戦艦の腹に叩き込む、という意志表示だった。
その間にもまた一隻の駆逐艦が孔だらけになる。当たりどころが悪かったのか2番砲塔辺りで爆発、炎と煙の中に消えた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
前衛駆逐隊がタングステンの矢を浴びるころ、後方の輸送船団と残存艦にはスコール、大仰角で発射された『むさし』対艦クラスター弾の子弾、無数の成形炸薬弾の雨が降っていた。
1隻に対して1発、自律砲弾は楕円の網を投げるように子弾を撒く。洋上なら不発弾の心配もない上、敵艦の電磁装甲や迎撃システムを飽和させるため、戦艦以外の艦種に地球ではよく使われていた。
キャンパスの異物を塗りつぶすように、絵筆の絵の具で消される輸送船団。
白い水柱と爆炎を上げる一筆で、4桁の人間が消え去るあまりにも贅沢な芸術作品。
戦略ネットワークを通じて筆を握る電子の神は、民間用ドメイン名の振られた山梨先端技術研究所で、その出来映えにご満悦だ。
サーバー内のクラキ=ニューロン発火反応の煌めきは、最大効率で敵戦力を削ることに悦びを覚える。脆弱な輸送船に纏められた兵士、陸戦では連隊単位が対処に必要な兵力が480mm砲弾1発で消えていた。
観測機の高性能マイクは敵兵の悲鳴や怒号、船体の鋼材が裂かれる断末魔を拾うが、電子の神も『むさし』に座乗する中将も、クラスター弾攻撃の評価要素程度としか感じることはない。第二次シベリア出兵とその後の動乱で実戦経験を積んだ旧自衛隊、現国防軍将兵はこの程度では動じない。
無意味な回避運動を続ける船はバラバラな円弧やジグザグ模様を描くが、気に入らない、と電子の神は筆を忙しなく振るう。日本海軍最大の艦は彼女のお気に入りだ。
通信量から旗艦を推測しスクラップに変え、単独で逃げようとする輸送船を督戦隊のように叩き、確実に船団を削る。
前衛駆逐隊を主砲と不良在庫の試作砲弾であっさりと蹴散らした『むさし』は残りの重巡以下の艦艇と輸送船団を蹂躙、第一艦隊は旧式駆逐艦2隻を残して壊滅、メッセンジャー役に残された2隻は救助を放棄して母港へ逃げ帰った。
『連邦』側では第一艦隊事件と呼ばれる、電子の神と日本海軍の合作、S島沖海戦はここに終わった。
後日譚&外伝始めました(ネタバレあり)
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