雷鳴航海
墜星暦5946年冬 西陽没海(旧日本海)R島沖境界未定海域
『連邦』海軍陽没海艦隊、沿岸警備を担う第百一警備隊所属『F-T312』。
7.6cm単装砲2基、40mm連装機銃2基、20mm単装機銃4基、それにボトルスロー式対潜多連装迫撃砲を1基。『F-T300』級で括られる、艦名も与えられないような排水量1500tほどの小さな哨戒用フリゲートだ。
そして、このフリゲートがいるのはニホンとの最前線——星泉大陸に繋がった樺太、北海道の西沖合。
冬の外洋は星泉大陸北部から流れ出た低気圧で時化り、『F-T312』は木の葉のように揺さぶられていた。陽没海に日本列島という異物が現れた影響か、天気予報は精度を大きく下げ、船乗りたちは天候に翻弄される日々だ。
荒海のうねりへ打ちつけられた船首は波を被り、海水が船を引き摺り込まんとばかりに甲板を洗う。だが艤装の類いは厳重に緊縛、ハッチや窓も堅く閉めて耐え、フリゲートはある海域へ向かっていた。
「ちっくしょう寒い寒い寒い……誤報だったら許さんぞ……。」
艦橋上の簡素な見張り台、ゴウゴウと風の唸る吹きさらしのそこで水兵は双眼鏡を覗きながらうめいた。羊毛と革の手袋をはめ、コートの上にマフラーを幾重にも巻き、耳当て付きの帽子にゴーグルを乗せている。そして腰のベルトと柵とを波に拐われないようロープで繋いでいた。万一落ちればあっという間に体温を奪われ、凍死か溺死は免れないだろう。
定期パトロールに就いていた『F-T312』は少し前、対水上レーダーに何かを捉えた。小型艦はマストが低く、悪天候が生む海面に乱反射した虚像の可能性もあったが、若く生真面目な艦長が向かうことを決めた。
「一昨年の集団遭難みたいなことにならなきゃいいが——」
揺れと傾斜に踏ん張って耐え、舳先を乗り越えて甲板を洗う波涛を険しい顔で見る艦長に舵輪を握る航海士が応える。
「嵐の日には同業者が減る、って言って沖に出る無茶な連中もいますからなぁ。」
漁船のような小さな民間船のなかでは、高価なためレーダーどころか無線機を積む船も少ない。嵐に巻き込まれて遭難する船もいまだに後を絶たず、警備だけでなく救難活動も第百一警備隊の役割となっている。
万一に備え曳行用の機材や救命具を用意し、フリゲートは反応のあった海域へ向かう。
捜索と目印のためにサーチライトも周囲を照らすなか、見張り員は遠い海面に立つのっぺりとした三角形のような陰を見つけた。
「——軍艦?」
——雨にぼやけて霞むずんぐりとした幅広の艦体に背の高い艦橋。見張り員は識別表を持ってくるとそれを手繰る。各国の艦船の艦型と諸元がおおまかにまとめられた小型の冊子だ。叩きつける波飛沫と雨に濡れた耐水紙の硬いカードをかじかみながらめくり、手を止めたのは一つのシルエット。
「yamato級——こいつか、ニホンの怪物!」
この海域に自艦以外の『連邦』艦はおらず、そもそも陽没海艦隊の戦艦群は半数以上が沈められていた。その再建の目処はいまだに決まっていない。そして、それを沈めた仇敵ともいえる日本海軍の戦艦。目の前にいるのは火力投射護衛艦『やまと』だ。
「いやいや!一隻じゃないぞ、まだ後ろにいる!」
荒れる冬の陽没海の波浪を切り裂く鈍色の小山。さらに後続にはミサイル巡洋艦や駆逐艦を単縦陣に従え、『F-T312』に迫りつつあった。
——国境パトロールには規模が大きすぎる。そもそも、ニホンにはカイジョウホアンチョウやらカラフトケイビグンとかいう沿岸警備組織があるじゃないか。報告を受けた艦長は何度か遠目に見かけたことのある白い巡視船を思い浮かべた。
「な、何だ。艦隊規模でこの嵐の最中に出てくるとはただ事ではないぞ!——奴らもう一戦でもする気か!?」
「な、まさか報復ですか!?」
大失敗に終わったニホンへの『不明勢力からの男性資源保護のための特別軍事作戦』。昨年秋の紛争からはまだ半年も経っていない。現れた艦隊に、その場にいた全員が総毛立つような感覚に襲われる。
だが、とりあえず艦長は信号灯で『貴艦隊航海ノ目的何ヤルヤ』と送らせた。そして陽没海艦隊司令部に報告を命じる。
「司令部に打電!『我ニホン艦隊と接触、yamato級が含——どどどかん。
激しい雷雨のなかで一際轟いた雷鳴と白い閃光、狭い艦橋にいた者は思わず身を竦ませた。その元は480mmの砲口から放たれたプラズマの咆哮だ。
「ニホン艦発砲!」「何!?そ、総員戦闘配置!ただしこちらからは絶対に撃つな!」
突然の砲声に『F-T312』の乗組員は慌てる。そして艦の前後に据えられた7.6cm砲へ波に攫われそうになりながら兵がしがみ付いたとき、見張りがまた叫んだ。
「ニホン艦より発光信号!『本艦ハ演習中デアル本海域ニ貴国管轄権ナシヨッテ本艦行動ノ自由ヲ有ス』」
「演習だ!?この海域でか!」
ここは帰属の未定海域だが、暫定的に決められた『連邦』の領海ギリギリだ。確かに『やまと』の砲塔は明後日の方を向いている。それでも衝突を誘うような暴挙に艦長は驚きの声を上げる。
その間にも発砲は続き、巡洋艦や駆逐艦の155mm電磁速射砲や127mm電磁速射砲などもそれに加わり、轟音と白い光がピカピカと海上を照らす。
「クソ奴ら一体何が目的なんだ——」
突然行われた『連邦』領海を掠める海域での演習、日本がこの実質的な示威行為に出たわけは数日前の出来事にあった。




