大陸鉄路
墜星暦5946年冬 『共和国』ガロドー市ガロドー港第二埠頭
陽没海に面し、古くから阿南大陸や星泉大陸からの玄関口として栄える『共和国』西部ガロドー市。河口という天然の良港に恵まれ、郊外にはこの地方の名産、ワイン用の葡萄棚が広がる交易と醸造の街だ。この街は陽没海の彼方『連邦』との関係も深い。星泉大陸——西へ新天地を求めた移民はここから旅立ち、新大陸での独立戦争では対『王国』通商破壊の私掠船を匿う拠点となり、『連邦』の独立を認める講和条約もここで結ばれた。
だが、今まで『連邦』への定期航路が就いていた桟橋へ、今は異なる国からの船が着岸している。就航間もない大型客船からは、その大きさの乗客にしては少ない人数がポツリポツリと桟橋に降り立っていた。そこへ市の観光部員たちが出迎えに小さな紅白の日章旗と赤白青の三色斜旗を振っている。
「ようこそ、ガロドー市へ!お疲れでしょう、入国手続きはあちらでどうぞ。」
観光部員の一人が明るい声で客船から降りてきた者たちに呼びかけた。だが、その声に応じるように手を振り返す者は少なく、客は政府関係者やビジネスマンばかりだった。そして日本から逃避中の二人、谷木敦と渡辺里奈もまた、その中に混じって桟橋を踏みしめていた。
「で、ここからどうするの?」
「そうだな——」
入国審査を終えた二人は出入国管理局のロビーに張られた地図を見上げていた。大陸西辺のここからは鉄道の路線が四方に延びている。このガロドー市から延びる鉄路は、かつての星央大戦でも多くの物資や兵士を首都やその先の前線などへと送り届けた。開業当初は複線だった線路も先の戦争で複々線に増強されている。
敦の指は線路をたどり最も線路が集まる場所、『共和国』首都で止まった。
「ここは日本に近すぎる。まずは首都に行くか。それには……。」
目線をずらした先には一枚の観光案内ポスター。
黒々とした滑らかな流線型の蒸気機関車に牽かれるのは大陸横断特急『シュテルン号』——『共和国』国営鉄道と『帝国』国有鉄道の共同運行で、いくつかの国境を跨ぐ国際列車だ。整流カバーに覆われた『帝国』イエッセン重工製の『06.1型蒸気機関車』を先頭に郵便車1両、三等車2両、二等車2両、食堂車1両、一等車1両、計7両編成が日に一往復、各国の主要幹線を跨いでいる。
そして港から駅を目指し、駅前大通りを早足で歩く二人に後ろからよく通る鋭い声が響いた。
「やあ、そこの君たち!ちょっといいかい?」
声をかけたのは黒い制服に金の徽章、ベルトに警棒を提げた警官だった。パトロールの途中二人を見つけた彼女はツカツカと寄って来ると、異国人を真正面からつま先から頭のてっぺんまでじっくりと見回し、こわばった顔をすると続けた。
「ニホン人かい?ちょっと、まさか武器の類いは隠していないかな?」
——職質か。下手に断って怪しまれるよりは、と素直に応じて二人は答える。
「ありませんよ。」「うん。」
敦は両手を広げ穏やかに、だがはっきりと、そして里奈も短く声を揃えた。
すると警官は表情をさっと変え、こんなことを言った。
「二人とも?とんでもない!男性を連れて銃の一丁も持ち歩かないなんて不用心にも程がある。あっ、ほら。」
警官は二人にとっては驚きの言葉を放った。そして指した先には一組の男女、アベック、カップル、もしくはペア。女性はコートの上にベルトを巻き、ガチャガチャと鳴る黒鞘のレイピアを帯剣していた。歩くたびにに金属の擦れる音がわずかに響く。装飾の類いはほとんど無く、実用一辺倒の剣だ。
「君たちねぇ、『女児たるもの、剣を携え男を護るべし』それじゃあ襲ってくれと言っているようなものだ。」
警官は二人の方へ向き直ると呆れたような、諭すような口調で続けた。
「ニホンはどうだか知らないが、ここじゃあ女が剣や銃を持って男を守るのが当たり前なんだ。丸腰でうろつくなんて、群れからはぐれた羊も同然だよ。」
「でもお巡りさんがいるでしょう?」
のほほんとした里奈の口調にため息をつきながら警官は返す。
「はぁ、しかしねぇ、『連邦』の男性保護局じゃあるまいし、四六時中警護につくってのは無理だからね。君も一人前の女なら万一に備える義務がある。」
『共和国』でも民間人の銃や刀剣の所持には厳しい規制がある。だが、貴族制度の名残りで配偶者がいたり家族に男子がいる場合は武装が半ば義務のようになっている。異文化の洗礼に戸惑いの色を隠せない二人に、警官はニヤリと笑みを浮かべるとさらに続ける。
「っと、そうだそうだ、丸腰はまずい。ウチの署へ卸してる銃砲店が近くにある。紹介しましょう。」
——銃砲店?敦と里奈は一瞬、顔を見合わせた。だがこの提案に戸惑いながらも二人は勢いに押され、それに頷いた。そして馴染みの店を知っているらしい警官に連れられ、二人は駅前大通りを進み、通りから一本入った警察署の裏手へ向かって歩いた。
「この近さなら何かあれば10秒で警官が1ダースは飛んでくるってね。」
古い石畳の路地、こじんまりとした店先には赤茶く煤けた看板が揺れている。警官が勢いよくドアを開けると、小さな鈴がチリンと軽く鳴った。
「婆さん!婆さん、お客だよ!相変わらず暇そうだね!」
警官が店の奥に声を掛けると、ガタガタという物音の後にエプロンを掛けた老婆が現れた。綿のような白髪の店主は、機械油で汚れた手を拭うと眼鏡をグイと上げ、三人をしげしげと見た。
「大きなお世話だね。うちみたいなのは商売上がったりでいいのさ。さて、観光かね?」
「ええ、まあ。」
二人は曖昧に答えつつキョロキョロと狭い店内を見回した。日本ではあまり見ない種類の店だ。壁一面に備えられた鍵付きの棚には、狩猟用の散弾銃から軍制式の拳銃、さらには骨董の価値までありそうなマスケット銃までが並べられている。
「婆さん!なんとこのニホンの二人、丸腰で歩き回るつもりだったんだ!適当に見繕ってくれ!」
まくし立てる警官の言葉を適当にあしらい、店主が手に取ったのは、細身のグリップの前に長いバレルと弾倉の突き出した大ぶりな拳銃。そしてそれを差し出し説明を始める。
「プルームD97『帝国』製自動式。ちょっと古いが凄い大砲だろう?専用ホルスターが、ほら、ストックにもなる。カービン代わりにも使える。探検などにもおすすめだ。」
渡された重量感のある黒光りする金属塊の木製グリップを握り、里奈は構える真似をした。
「ちょっと持ち歩くには重いかも……?」
「確かにデカいな、もっと小さいやつでいいんですが。」
そんな二人の注文で次に出したのは、ジャケットのポケットに収まり、手のひらと同じくらいの小型拳銃。威力や精度よりも携帯性を重視したごく短いバレルの回転式だ。
「これはどうだ?チェーチ.32『公国』製32口径リヴォルヴァー。軽くて2、3発威嚇に撃って逃げる程度には使える。」
小型リヴォルヴァーはしっかりと里奈の手に収まり、扱いやすそうだった。これから使う機会も無くこだわる必要もないだろう、と銃に詳しくない二人は勧め通りそれに決めた。
「毎度あり、初めてのニホンの客だ、弾入れとホルスター代は負けとくよ。っと、これを書いてもらわないと。」
そう言って店主はカウンターの下からキーホルダーのような小さな金属板と一枚の紙を出した。それは聖剣『セロンの剣』の刻印入りの登録票と登録の申請書だった。
「隠して持ち歩くことは禁止、必ず見えるように吊ること。『武装している』とアピールするのが面倒ごとに巻き込まれない一番の方法だからね。」
ペンを渡された里奈は書類を読み上げてもらい、内容を確かめてサインした。
「じゃ、コレはすぐ出してくるから。」
サインした登録の申請書を持った警官は、ドアをチリンと鳴らしすぐ表の警察署へ行った。その間二人は銃の扱いについて簡単なレクチャーを受け、代金を払った。そして戻ってきた警官からスタンプの押された申請書と登録票を受け取り、礼を言った二人は店を後にする。
そして腰に増えた重みを軽く撫でこの先の安全を願いつつ、東行きの特急『シュテルン201号』がホームで待つ駅へ大通りを急いだ。




