雲上航路
墜星暦5946年冬 『連邦』マムキアム海軍航空隊基地
白と茶色混じりの寒々とした単調な風景が果てまで続く大地の上、冬空にジェットエンジンの金属音を轟かせる『コメートⅠ』。日本との紛争の結果、改修発展型の計画は凍結され、後継機『コメートⅡ』の構想が練られている最中だ。とはいえ当面の仮想敵——ニホン空軍の『F-35』戦闘機や『AF-3』自律戦闘機に追いつけるはずもなく、開発どころか構想すら迷走している。
そして当面の戦力補充は『コメートⅠ』の増産が決まったが、不足したパイロットの穴埋めにも『連邦』は苦慮していた。
「クソッ!いい機体だな!こいつがあれば『奏風』どころか『俊狼』も楽に狩れただろうなぁ!」
レシプロ機からジェット機への転換訓練をこなす彼女は華麗なローリングを決め、新しい愛機を褒めた。真新しい飛行服に身を包む彼女は少し前まで東陽の空で『清雅』外国人義勇兵として、二世代前の『エクウスⅤ』戦闘機を駆っていたが本国に呼び戻され、軍籍と新鋭機を渡された一人だ。
遠い東陽の地、『清雅』と『豊衆』の国境紛争は背後にそれぞれ『連邦』と『皇国』が付き、実質二国間の代理戦争になっている。『連邦』はスクラップや民間機の名目で、旧式機や不採用になった試作機などをパイロットと整備要員付きで義勇兵として送り、『清雅』は破格の高給で雇っていた。
だがニホンとの紛争の影響で義勇兵団は解散、旧式戦闘機を置き土産に彼女たちは『連邦』へ帰ってきた。
『退職金で農業機でも飛ばそうかと思ったんだがな〜。』『傭兵業は辛いねぇ。』
彼女たちが相手にしてきたのは格闘戦に優れる海軍機『奏風』と一撃離脱に優れる陸軍機『俊狼』、いずれもこれを敵手に『皇国』軍との国境地帯での激戦を潜り抜けた経験豊富な猛者たちだ。ゆくゆくは彼女たちが教導部隊として飛行隊の中核を担うことになるだろう。
『マムキアム管制、そろそろ降りたい。燃料があと10分くらいで空だ。』
『——おおっと、今ニホン機が離陸する、それまで待て。』
『了解。——これじゃあどこの国の飛行場だか分からんな……。』
ローターを偏向させ水平飛行に移った日本陸軍の重ティルトローター機を見送り、彼女は眼下の滑走路に目を落とした。
◆◆◆◆◆◆
「広い!寒い!デカい!稔茂ぉこれが大陸の空!大陸の空気!」
便乗してきた重ティルトローター機が去った後、ジェット戦闘機の離着陸にも耐える厚いコンクリート舗装の滑走路を踏んだのは日本情報軍831中隊の花谷と稔茂。白い息を吐く二人は揃いの防弾/防刃繊維の織り込まれた黒いコートを纏い『連邦』軍の基地に立った。
「はしゃぐな花谷。——ん、『コメートⅠ』か、邪魔で見えなかった。」
碧天に鳴り響く遠雷の正体を見つけた稔茂は相棒を諌め、目を細めた。眼前で荒く着陸した元敵の新鋭戦闘機、数少なくなってしまった『コメートⅠ』が安普請の格納庫に仕舞われる『連邦』の飛行場。
空を覆い、広い滑走路を主のように占拠するのは、銀月十字を尾翼に描いた白く巨大な葉巻型の物体。親善飛行のために隣大陸から陽没海を渡り、日本の転移で帰還を足止めされていた空飛ぶ船の名は『ゲルトルート号』。
全長245m、全高44m、全幅41m、1300馬力級V型16気筒ディーゼルエンジンを4基。まるで宙に浮く超弩級戦艦のような、『帝国』国営航空会社ツェットヴォルケ社の誇る超大型硬式飛行船『ゲルトルート号』は小さな船室をぶら下げ、帆布の外皮に塗ったアルミ系防水塗料が金属光沢を帯びる白銀の船体を異国で冷たい冬の陽光に輝かせていた。
「酔狂な金持ちの旅行か……。」
飛行船の横に集まる乗客たちは皆身なりが良く、なかには伴侶らしい男性を連れた客もいた。
彼女らが乗り組む、優美な曲線を描く巨大飛行船。自走式の係留塔に繋がれたそれは陽没海を跨ぎ『連邦』と『帝国』を繋ぐ雲上の豪華客船であり、飛行船団を主力にするツェットヴォルケ社の社運を賭けた航海の第一便だ。わずか定員25名のチケットを買い求めるのは至極当然富裕層、上流階級に位置する人々。
そのわずか20名程度の選ばれし乗客に二人が混じったのには理由がある。
——日本上空の通過。陽没海を横断する『ゲルトルート号』の復路には往路に無かった列島が横たわっていた。そして迂回を嫌ったツェットヴォルケ社から通行許可を求められた日本政府はこれを認めた。だが、猜疑心の塊であり、テロを警戒したRTDシステムの横槍で機上警備員として情報軍の二人が送られることになった。本来なら警察の職分だが警察庁は協力を拒み、電子の神は谷木を追う831中隊の二人に追加の任務を与えた。
「——やはりニホンの方々からの口添えのおかげですよ、ええ、水素ガスは調達が簡単ですがやはり扱いが危険で。」
自ら二人を出迎えた船長はちらりとタラップ横、『火気厳禁』の札へ目を遣った。
飛行船が浮くための気嚢。船体のほとんどを占める巨大なそれに詰める不燃性のヘリウムガスは、天然ガスの副産物として産出される。そんな飛行船に不可欠なヘリウムガスだが、そのほとんどを『連邦』が独占的に産出していた。飛行船技術では世界最先端の『帝国』だが、近年の『連邦』との関係悪化で輸入を差し止められ、爆発炎上のリスクを抱える危険な水素ガスに頼っていた。
両国の融和をアピールすることも含まれた今回の飛行では輸出の再開こそ叶わなかったものの、日本政府が爆弾も同然の『ゲルトルート号』を領空に入れることを許さず、恫喝にも近しい『連邦』への要請で『ゲルトルート号』は小改造を受け、その胎内にヘリウムガスを一杯に詰め込んでいる。
「我が国の軍事利用を恐れているですよ、『連邦』は。バカらしい飛行船ほど平和な飛行機械はない。」
かつて星央大戦で偵察や爆撃に使われていた軍用飛行船も、現在の高射砲や戦闘機相手にはにはあまりにも遅く、脆く、大きい。大戦終結後、軍という顧客を失ったツェットヴォルケ社は旅客や郵便、辺境の探検などで飛行船を飛ばしてきた。船より早く、陸海問わず飛び、個室を備え飛行機より快適。飛行機の発達でシェアは奪われつつあるが、優雅な移動手段として富裕層からは根強い支持がある。
「お二人はご旅行ですか?ニホンの方は初めてですよ。」
「そうそうご覧の通りパートナーで「ビジネス上のです。あくまでも。」
「ふふっ、分かっていますとも。ようこそ『ゲルトルート号』へ。」
おどける花谷と商社のビジネスマンを通そうとする稔茂に、事情は心得ていると言わんばかりの訳知り顔で船長は応えた。
「さて、マッチやライターなどの火の元、銃器ナイフなど武器類は保安上お預かりしています。お持ちの方はこちらへ——」
係員の呼びかけに稔茂は護身用小型リヴォルヴァーのチェーチ.32、花谷は『連邦』軍制式の自動拳銃M5911——それぞれ先の『10.22事変』で鹵獲し製造番号を弄ったものだ。予備の銃二丁を預け、素知らぬ顔で二人はタラップを上る。飛行船を運行する『帝国』も信用しない無断の機上警備だ。本命はパーツごとに分解し隠し持っている。
離陸前最後の点検を終えた船長はブリッジでマイクを握り、アナウンスを始めた。
『これより本船は陽没海ニホン上空のツガル海峡を通過、『共和国』ガロドーを経由して『帝国』帝都エルベムントに向かいます。なお『連邦』領空を離脱後、ニホン領空からはニホン軍の護衛機が付きますのでご了承ください。それでは3日間の良い旅を——』
乗客は集まった見送りの人々に手を振り、地上では歓声が上がる。
両国の対立を覆い隠すように『連邦』陸軍音楽隊の奏でるツェットヴォルケ社社歌『雲上航路』に送られて、巨大な飛行船は空に解き放たれゆっくりと高度を上げる。
誤字報告に感謝します。




