異星からの来訪者
墜星暦5946年冬 『岳国』世界連盟総本部
世界50余ヶ国が加盟、先の星央大戦の反省から国際間の対立を防ぎ、加盟国同士の連絡と協力を促進する国際機関——世界連盟。永世中立を謳い、『共和国』と『帝国』に挟まれた小国に置かれた総本部——万星参宮殿。積もった白雪が燦然と輝く中庭に各国の国旗がはためく古代陸裂海文明の神殿をモチーフにしたそこでは今、そこへ一つの旗を加えるかの議論が始まろうとしていた。
万星参宮殿、月下覧の間。豪奢なシャンデリアと世界地図を描いた天井画の下、臨時理事会の円卓を囲うのは『王国』『連邦』『共和国』『帝国』『公国』『皇国』の列強と呼ばれる常任理事国代表。その外周をオブザーバーの非常任理事国が囲う。
「——さて、緊急の案件であることから加盟国代表には忙しいなかご足労頂いた。改めてだが議題はこれだ。」
中央の演台に立つ星央列強『共和国』代表の言葉に始まり、白熱電球を冷却するファンの低い唸りとともに映写機からスクリーンに投げられたのは一枚の国旗。白地に紅い円の単純な意匠、その旗を掲げるのは異星からの来訪者——ニホン。詳細不明、星泉大陸の東に突然現れた存在は列強の一角『連邦』を打ち倒し、その名を暁光のごとく世界に轟かせた。
「異世界からの転移国家を自称する存在、ニホン。」
カシャ、と内蔵フィルムが差し変わり映された地図、陽没海西側の『連邦』領土、つまり星泉大陸へ蓋をするように現れた弧状列島。それはスクリーンの上へ現れた虚構ではなく、現実に現れた。
「彼の国とはすでに国交を持つ国も多いだろう。世界連盟に迎え入れたいという意見も出ているが、本当に彼の国を招待すべきだろうか?」
『共和国』代表は円卓をぐるりと見回し、険しい表情で問い掛ける。
「——つまり信用に足るか?ということだ。5000万もの男性を抱えるにもかかわらず世界連盟弱者救済機構の査察拒否、首都と開港地以外の立ち入り制限、素性も分からぬ閉鎖的な存在をこの輪に加えてもいいのか?」
『男性は保護すべき存在』と考えるこの世界との認識の食い違い、防疫や国防上のリスクから慎重な対応をとったニホン政府へ彼女は不快感をあらわにした。
「待った。それについては我が国から言わせてもらおう。」
手を挙げたのは『王国』代表。『連邦』の次にニホンと接触し、今のところ良好な関係を築いている国の一つだ。
「ニホンが我々を拒む理由……それは『連邦』が『清雅』北東部——ホウシュウの真似事以下を企んだからだ。『不明勢力からの男性資源保護のための特別軍事作戦』、ニホンの主権を認めずお粗末な『人道保護』の方便で『連邦』は愚行に踏み切った。」
「……っ!」
名指しで突かれた『連邦』代表は言い返す言葉もなく拳を握る。
「東陽の兵法に倣ったつもりだろうが、あまりにも拙かったな。」
向こう見ずな若い娘へ諭すような口調でそう話すと、『王国』代表は席に着いた。
そして引き合いに出た『豊衆』。極東陽の島国である『皇国』が大陸への足がかりに併合した先東半島の付け根一帯、『清雅』北東部の豊衆地方は数年前突如独立を宣言し、『皇国』軍事顧問団の下で蜂起、自国民保護を理由に出兵した『皇国』先東軍と共に『清雅』軍を破って国を建てた。
思わぬ形で飛び火を浴びた『皇国』代表が『王国』人を横目で睨む。
「『豊衆国』独立は住民自らの意思であり、我が国の進駐軍はその後の治安維持に携わるのみです。」
「——よく言えたものだ。」
だが『皇国』は自国人を政府要職に就かせ、自国民や企業の保護を理由に、今だに豊衆駐留軍を置き『清雅』と国境紛争を繰り返している。——事実上の傀儡国家。『豊衆』を国として認めているのは国際社会では少数だ。
「さて、まあ、その件は今話すことではない、本題へ戻ろう。これだ——」
剣呑な雰囲気が漂い始めた会場をなだめ、『共和国』代表は操作係へ合図を出した。次にスクリーンへ映されたのは——黒く巨大なキノコ雲。場所は陽没海西部の公海上、少し前の演習中に日本海軍が撮影し、見学武官が持ち帰ったものだった。
「これはニホン海軍の演習を見学した我が国の武官が持ち帰ったものだ。『連邦』の廃艦を標的にしたそうだが、——コレは恐ろしいことに一発の爆弾で起こされた爆発だそうだ。」
コマ送りの写真で膨れ上がる巨大な水柱と火球、そして海面に張り付くような小さな黒点、瀑布に呑まれる寸前の駆逐艦『クリメガ』と『アワキロ』がその威力を示していた。
「原子から莫大なエネルギーを取り出す核反応と呼ばれる現象——それを爆薬にした超兵器。彼らは都市一つを一瞬で焦土に変える威力の代物をこの惑星のどこにでも落とせるという。」
「まさか、嘘かはったりの類いだろう?」
「いや、本当だ。これを見てくれ——」
そんな疑いの声に『共和国』代表はまたスクリーンを指した。そこには青い惑星を幾重にも周る人工衛星のイメージ図とイプシロンSⅡロケットの写真。衛星は急ピッチで打ち上げられ、彼女たちの手に届かない宇宙空間はすでに日本の領域になりつつある。そして軌道上からの攻撃を防ぐ手段などこの世界には存在していない。
「宇宙か……『裁きの月』の欠片を手にしているようなものだな……。」
「ああ。」
代表の一人が見上げた先にはシャンデリアと世界地図の描かれた天井画。円卓を銀月に天井を惑星に見立てた、月下覧の間という名に相応しい天地逆転の内装だ。ところどころ抉られた地形が遥かな太古、神話に語られる時代の痕跡として刻まれている。
この世界では国家間のパワーバランスを左右する戦略兵器として戦艦、近年では空母といった軍艦を競うように水上に浮かべてきた。その国の軍事力と工業力を象徴するのが巨大な大砲と装甲を備える戦艦や海上を縦横に動く飛行場の空母といった巨大な軍艦。だが外からの異物、ニホンへそれが通用しないことは『連邦』が証明している。
「ニホンの演習は世界への威嚇であり、異世界から現れたこの脅威に屈さず団結し、暴走を防ぐため何らかの制裁を加えるべきだ。よって我が国としては、ニホンの加盟などまだ到底許せるものではない。」
——『脅威のニホン軍』。紛争の詳細が明らかになるにつれ、日本と陽没海を挟んで接する『共和国』はその軍事力へ敏感になっていた。北陽没海同盟加盟国にとっては、未知の存在が『王国』『連邦』『共和国』からなる聖域の中に現れたことで今までの防衛戦略はすでに破綻している。
「待て待て!彼らは自衛のために動いただけだ、ここで機嫌を損ねてみろ『連邦』の二の舞になるだけだろうが!」「いや、新興国ごときにつけ上られては列強の示しがつかん!」「『連邦』海軍の半分を無傷で消した相手だぞ!」「制裁で締め上げればいい。」「何だと?矢面に立たされるのは我が国だぞ!」
強硬と融和の騒がしい論戦が始まった円卓で、一人沈黙を保っていた『帝国』代表がスッと手を挙げる。
「その通り、下手に刺激することは暴発を招きかねない。一度ニホンの代表を呼び、聴取すべきだと考える。当事者不在で決められては彼の国も哀れだ。」
彼女の悠然とした態度に各国代表は落ち着きを取り戻し顔を見合わせた。
「我が国もそれに賛成する。」
「確かに一理あるな。」
『帝国』代表の提案に『王国』代表が賛成し、いくつかの国がそれに続いた。そして後日の臨時理事会へ日本代表を呼ぶことと、それを基に世界連盟への加盟の可否を決めることがまとまった。
核兵器の保有を危険視された日本、この世界の新参者は世界連盟への加盟前に試練を迎えることになった。




