星央世界の来訪者 《下》
墜星暦5945年冬 K県Y市Y基地
帝国海軍、海上自衛隊、海上国防軍そして同盟国軍の艦艇が変わり代わりに錨を下ろしていた歴史ある軍港。シナ海紛争をきっかけにラインを下げ、ここを母港としていた同盟国の空母打撃群もハワイへ去って久しく現在では『いせ』型航空護衛艦『ひゅうが』を基幹に航空護衛隊群がここを母港にしている。
山腹に据えられたS山要塞155mm電磁加速砲から礼砲を受け、入港しようと護衛艦にエスコートされる使節艦隊、その横を『王国』人の目を釘付けにする存在がすれ違った。
「何だありゃぁ……。」
目測が狂ったかと、高角砲の照準装置まで使い測ったその船は全長約400m、ターコイズブルーの巨大貨物船『ZERO advanced』。大手海運会社の合弁で建造された、総トン数23.5万トン、2万4000TEUクラス——20フィートサイズのコンテナ2万4000個の積載量を誇る大型コンテナ船だ。
ちなみに彼女らが乗るのは
戦艦『グウィネッズ』全長227m
空母『ルイーズ・アレクサンドラ』全長230m。
『王国』使節艦隊の横を『ZERO』の文字が描かれたターコイズブルーの壁が動いていた。
国防海軍最大の『やまと』型をも凌ぐ大型コンテナ船はユーラシア大陸の端と端を結ぶ欧州航路に就いていたが、同型船6隻のうちたまたま日本に寄港中の1隻が転移に巻き込まれていた。運ぶ先が無くなり空荷の船は整備のため、手すきの水兵から注目を集めながら産まれた造船所へ悠々と海を往く。
「殿下、何か間違っているような気がしますが……。」
「やっぱりマッチ箱どころか駆逐艦を横に並べるべきね。ちょい右。」
親指と人差し指でマッチ箱をつまむヴァルにファインダーを向け、ルイーズ王女はターコイズブルーのコンテナ船とのツーショットをフィルムに収める。戦艦の艦橋で困惑の表情を浮かべる『王国』貴族流礼服の少年と小さなマッチ箱に遠近法でほぼ同じ大きさの青い船、妙な組み合わせのモチーフが出来上がった。
「こちらにおいででしたか、そろそろお召し物を変えませんと。」
メイドに呼ばれ、ルイーズは提督用、ヴァルは士官用、それぞれ用意された個室へ戻った。『グウィネッズ』は旗艦設備こそあるものの、王族の座乗時には部屋をそれぞれスライドし艦長は高級士官と相部屋になっている。
その間に艦はタグボートに押され、それぞれの場所に舫を結んだ。
日本海軍音楽隊の演奏と陸軍警務隊の儀仗を受け、埠頭に横付けした『グウィネッズ』を降りた使節団は前後をパトカーに挟まれ用意された会議場へ向かう。急遽用意されたのは、曲線を描くホテルが併設された国際会議やコンサート、展示会などが数多く開催されるコンベンション・センター。警備の警察官が周囲に臨時の規制線を張っていた。
「本当に『1:1』の国家か……さて、いるわね。ヴァル。」
「ええ、殿下。ですが警護の人間でしょう。」
街を行き交う老若男女の通行人に紛れる気配、不測の事態に備える情報軍や大東洋統合警備保障の警備隊員を感じたルイーズは小声でつぶやいた。この手の気配には星央で長く残り続けた血統の末裔という立場ゆえに鋭い。
「まあ、いざというときはよろしくね騎士くん?」
「いえ私は一介の近侍です。」
とはいうものの、ヴァルは身辺警護の最後の壁として王立陸軍士官学校と近衛師団で訓練を受けている。ちなみにルイーズも剣術や格闘術を学んでいるが、その実力は貴族の嗜み相応程度にすぎない。
そして通された海辺を望む会議室で日本と『王国』の会談は始まる。
「さて、突然の訪問に応じてくださり感謝にたえません、私は——」
『王国』側は特命全権大使を務める外務副大臣、外交官と各省局長級の代表、そして国王の名代としてルイーズ王女が並ぶ。日本側からは仙田総理の腹心、篠崎官房長官以下、外務省から数名。まずは互いに簡単な自己紹介を交わした。
「では我が国について簡単にご紹介しましょう、RTD。」
篠崎の合図で部屋の照明が落とされ、天井のプロジェクターが灯ると正面大スクリーンへ映像が投映された。
『古の伝統と未来への躍進が共存する国、ニッポン——』
人と変わらぬ優しく澄んだ合成音声がスピーカーから流れ、国の成り立ちからなる歴史、古来から最新の文化、築き上げてきた技術や産業、それが想像図から壁画の類い、絵図からモノクロの写真と映像、鮮明なカラーへ、そして近未来的CGへスクリーンの彩りが移り変わる。
元々『連邦』用に作られた映像だったが、その後のこともあり放置されたものを電子の神が手直しして仕上げたものだ。生成AIもごく当たり前に使われ、この分野で人間の役目は承認のみに近くなっている。
『この自由と平和を愛する我が国を脅かす存在、それに対するのは彼らです——』
そして厳めしい声と共にスクリーンへ大写しの日章は一転、赤く鮮烈な光を放つ旭日へ変わった。アサルトライフルを握り泥に塗れ、駆けずり回ったと思えば整然と行進をする陸上国防軍の兵士や重厚な30式戦車、跳ねる43式自律戦闘車など。王の如く多くの護衛艦を従え、荒れる白波を割り海上を驀進する海上国防軍の大型戦艦、大型空母。アフターバーナーを焚き音の壁を突き破る航空宇宙国防軍のステルス戦闘機F−35とそれに率いられる自律戦闘機AF−3。
2040年代の今、抜かずの剣を掲げたかつての陸、海、空三自衛隊は第二次シベリア出兵とシナ海紛争を潜り抜け、抜き身の刃——新たな陸、海、空、情国防四軍へ生まれ変わっていた。
侮られることが無いよう兵力数などは伏せ、『質』を前面に押し出した編集がさりげなく続き『王国』人はそれに魅入られる。
照明が戻り、電子の神と各省庁謹製の日本を紹介するプロモーションビデオを見終えた『王国』一同は互いの顔を見合わせた。
「転移国家、事実だとすれば相当な——」「あの巨大船がある以上——」
国を発った時点では『連邦』が訳の分からないことを言っている。と半信半疑の『王国』だったが、ここに来た以上転移国家であるという説明を信じるしか無かった。
「明日からは我が国を視察——『連邦』との紛争の後始末もまだでお見苦しいところを見せるかもしれませんが、都内をご案内します。」
翌日以降のスケジュールをすり合わせること、しばらく。ひと段落ついたところで静かに座っていたルイーズが口を開いた。
「——篠崎長官、こちらは戦災に遭ったニホンの方々へ『王国』国民から集まった義絹の目録です。」
目配せでヴァルが青い翼が描かれた一冊の薄い冊子を主へ渡し、国王の名代である王女は預かっていたそれを篠崎へ差し出した。
「戦災被害に遭われた方々、亡くなられたニホンの皆様の魂に安寧があらんことを祈ります。」
未知の存在へ友好をアピールする道具、『帝国』の不穏な動きで戦雲濃くなりつつある星央大陸を横に、あわよくばニホンを自陣営へ引き込みたいという意図が『王国』側にあった。篠崎は特に断る理由もなく、むしろ心情を害しては悪いとこれを受け取る。そして『餌』はもう一つ。
「さて、次に説明しなければいけないのは——」
代表の『王国』外相に促され、ここまで発言が無かった人物が鞄から紙束を広げる。
「はい、こちらは日本へ世界連盟からの招待の案内です。我が国が総裁国ですのでお持ちしました。」
星央大戦の反省から国際協調のために設けられた機関、世界連盟。傘下には全星仲裁裁判所や戦災、天災時の人道支援団体青翼社など多数の委員会を持つ。
理事国には固定の常任理事国と加盟国の互選で選ばれる非常任理事国があり、総裁国は常任理事国から選ばれる。そして常任理事国の
『王国』『連邦』『共和国』『帝国』『公国』『皇国』
が列強と呼ばれ、星泉の『連邦』と東陽の『皇国』以外は古くから特に星央列強と呼ばれてる。
「我が国としては、ニホンの加盟を推薦したいと考えています。」
「ほう……では、国家の承認をしてくださると?」
「勿論です。ここを見てどこにニホンが無主地であるという『連邦』の戯言を信じる道理がありますやら。」
彼女の言葉どおり、紛争の裏では世界連盟の理事会に『連邦』への非難声明と経済制裁案が出されようとしていた。採択前に戦闘は終わったが、孤立主義を掲げる『連邦』と星央諸国との溝がまた深まった。北陽没海同盟の足並みが乱れれば間違いなく『帝国』につけ込まれる。その恐れが『王国』を突き動かす。
その後、会食を挟みつつこの日の交流は終わった。そして使節団は都内の高級ホテルに宿を取り明日に備える。
「異界の街か。神も悪戯が過ぎると思わない?あっ、ちょっと!」
「それよりそろそろお休みにならないと明日に障りますよ。」
使節団に充てられた中でも最上級の客室、二人の間には戦戯のボード。外へ気を逸らしたルイーズに王駒の喉元に兵駒を突きつけ、ヴァルは盤上の決着を素早くつけた。待ったをごねるルイーズと黙って駒を片付けるヴァル、ホテルの窓からは果てなく続く異世界の夜景。だが空には太古に欠けたままの銀月が祖国と同じく輝いていた。
この後も星央諸国との接触は続き、日本は多くの国々と国交を広げる。




