星央世界の来訪者 《上》
墜星暦5945年冬 牡鹿半島沖陽没海
旧太平洋、星央大陸からすれば日没む海の上、一糸乱れぬ輪形陣で一路南西を目指す船団がいた。黒煙を吐く灰色の軍艦、中心には戦艦1、空母1、タンカー2、それを軽巡1と駆逐艦4の水雷戦隊が囲う。『王国』王立海軍本国艦隊、それがこの船たちの所属だ。
星央大戦で疲弊したとはいえ、かつて隆盛を極めいまだ広く植民地を抱える海洋国家『王国』は他に西方艦隊、陸裂海艦隊、東陽艦隊を世界の海に置いている。そのことから『連邦』海軍や『皇国』海軍、自治領海軍など弟子筋も多い。
四連装と連装の主砲塔を混載した戦艦『グウィネッズ』。マストの将旗より上にもう一枚旗を掲げる旗艦、昼戦艦橋の一角に立ち紅茶をあおる少女——武骨な戦闘艦に似合わず優雅に茶を楽しむ彼女。歳は上級学校に通う程度。そして側に控えるのは同年代の少年。
この男女比『1:60 』の世界で、貴重な男子を侍らせる彼女はカップを小さなテーブルに置くと口を開いた。
「ヴァルぅ失礼だと思わない?これは可能性よ、可能性。そうでしょ?」
「……。」
控えめな胸を張る少女に同意を求められた少年は沈黙を保った。薔薇の棘を握らず、優秀な近侍である彼はわざわざそれには触れず横を向いたままだ。
二人の横で波を割るのは同じく本国艦隊所属『ルイーズ・アレクサンドラ』、主人の少女と同じ名の船は世界初の装甲空母の後継であり『連邦』の『ガイペン』級空母も元を辿ればこの系譜に繋がる。そして就役後のある一悶着は結局、『人名を空母に着けない』という不文の慣習を生んだ。
——王女殿下の平たいの
「あ゛?ヴァルなんか言った?」
「いえ何も。」
空耳に振り向いたルイーズ王女に少年——ヴァル・トラァズは短く答えた。幼少から仕える主の扱いは心得ている。
彼女らの王室ヨットというには豪奢な艦隊を引き連れたクルーズの目的はニホンなる存在の調査と接触。陽没海に敷かれた海底ケーブルの不通から船舶の行方不明、それについて西周り——東陽経由で伝わってきたのは、『連邦』がニホンなる不明存在と交戦状態になり負けたということ。
『連邦』行きの商船が日本海軍の威嚇射撃を受けてから、星央諸国は航行禁止令を出していた。だが講和の成立という報せを受け、洋上で待機していた艦隊は国王の名代を乗せて西へ向かう。
「艦長!対空レーダーに感あり、おそらく接近してきます。」
「見つかったな、総員敵対行動は厳に慎め。よし、提督を呼んでくれ。ああ殿下、外は危険で——いない。」
部下にそう言いつけ、双眼鏡を手にしたリトナー艦長の後ろにルイーズとヴァルの二人はすでに居なかった。艦長は慣れたような、諦めたような微妙な顔で制帽の顎紐を引っ掛けヘルメットを二つ持って艦橋を出る。
「んー?せめて方角は聞くべきだったか……。」
一方、艦長を置き去りに出た艦橋脇のスポンソン、見張り台に備え付けの大きな双眼鏡を巡らせる少女の耳にそれは聞こえた。
——ゴウンゴウン
ターボファンエンジンの唸りを響かせる機の胴と翼には赤い日章。日本海軍の写真屋、P -1哨戒機は翼のマークを見せつけるようにスイングして艦隊外縁をなぞる。その主翼の裏側には物騒な対潜爆弾と対艦ミサイルが隠されていた。
「おーい!おーい!」「こっちだ!こっちー!」
上空の飛行機に向かって敵意が無いことを示すため水兵が手や帽子を振り、ヘルメットを頭に載せたルイーズも柵に手を掛けて空を見上げた。そうして使節艦隊は日本の哨戒網にかかり、艦隊の上空をP -1哨戒機がしばらく旋回して飛び去ったあと、汽笛と共にそれは水平線から現れる。
『本船は日本国海上国防軍の護衛艦『しらぬい』である。本海域より先は我が国の領海であり直ちに停船し、立ち入り検査を受けよ。従わない場合は実力を行使する準備がある。This is Japanese Navy Destroyer Shiranui——』
近代化改修で装備した電磁装甲に波飛沫を爆ぜさせ、指向性スピーカーの大音量とこの世界での発光信号を明滅させて灰色の軍艦、『あさひ』型護衛艦の次女『しらぬい』は『王国』使節艦隊へ威圧的に呼びかける。
前衛の軽巡はこれを旗艦『グウィネッズ』へ伝達、艦隊はゆっくりと速度を落としやがて停まった。
「たった一隻で随分と威勢がいいですな。」
「通報艦あたりか?」
「いや、侮るな。『連邦』海軍を半壊させた相手だ。警戒を厳に、迂闊な行動を取るのは許されない。」
幼年学校低学年の生徒が作ったような全体的にのっぺりとしたシルエットに一門の主砲、武装よりも上部構造物の比が大きく『王国』の目には軽装なように見え、その設計思想を読み取ることが難しかった。
「艦長、『グウィネッズ』より伝達です。『臨検を受け入れる、本艦へ案内せよ。』」
その通り『しらぬい』へ返信し軽巡は案内用のカッタボートを下ろすが、『しらぬい』からは艦載機が飛び立った。
「回転翼機か珍しいな。」「——カッター収めデリック戻せ!」
ティルトローター機は目立つ空母の『ルイーズ・アレクサンドラ』へ近づくが、甲板に出た乗組員の身振り手振りで身を翻し、信号灯を瞬かせる旗艦へ向かった。
双発のティルトローター機は『グウィネッズ』を一周すると、3番主砲塔の後ろへギアのサスペンションを軋ませ着艦。
ローターの回転数を落とした珍妙な航空機から降り立ったのは、これもまた奇怪な兵士……ヘルメットと防弾チョッキを覆う関節付きのフレームを纏いアサルトライフルを携え、銃口こそ下げられているが、そこには一分の隙も見せない練度の高さを見受けられた。
陸戦用の自動甲冑より軽量、狭い船内でも小回りの効く自動外骨を纏った立入検査隊隊員は銃を下げたまま周囲を窺う。防御力よりも俊敏性を重視したパワードスーツは2040年代の臨検では欠かせない物になっている。
ボルトアクション式ライフルを物陰に隠し、輸送機を半ば囲む水兵の内から、最も高位の士官……リトナー艦長が前へ歩み出た。
「——王立海軍戦艦『グウィネッズ』へようこそ、歓迎します。本艦を預かる艦長ハンナ・リトナーです。」
「日本国防海軍『しらぬい』副長暮林です。」
それに対してこの世界では聞き慣れない低い声で名乗ったのは、制服の上に防弾チョッキを着た柔和な雰囲気の男。彼はズレた丸眼鏡の位置を直すと切り出した。
「さて、これより先は我が国の領海となりますが貴女方の航海の目的と行き先をお聞きしたい。」
その口ぶりは穏やかに口角も上がっていたものの、眼鏡の奥は一切笑っていなかった。彼女らの回答次第ではダース単位の対艦ミサイル群を電子の神は叩きつけることになる。すでに迫る増援の護衛艦と哨戒機たちは使節艦隊を射程に捉え、電子の神RTDシステムはインカム越しに聞き耳をたてていた。
「我々の目的は——」
噂通り『1:1』の存在らしく、そして漂うこちらへの不信感を悟った艦長は航海の目的をはっきりと伝える。不始末を犯した『連邦』の同類と誤解され、ファーストコンタクトがご破算になるのは避けたかった。
「さて、あんなモノ持たせるなんて田舎者連中は何をしでかしたのやら?」
「殿下。」
ニホンの臨検隊に対応し艦内へ案内する艦長を上から眺める水兵たちに混ざるルイーズとヴァル。二人の出番はまだ少し後だ。しばらくしてティルトローター機が『グウィネッズ』を離れ、艦隊は『しらぬい』に先導されて日本へゆっくりと動き出した。




