講話交渉
墜星暦5945年冬 『連邦』湾都サーフォーク海軍基地
大破着底し、船腹を晒す『カイロール』級戦艦も痛々しいサーフォーク軍港。
湾内へ突き出す幾つもの埠頭、十二星座の名を付けられたそこには戦艦、空母などの大型艦も着岸できるがそれらはドックや海底に横たわり、僅かな駆逐艦や魚雷艇が双海旗にみぞれ混じりの雪を積もらせていた。
半身を失った『連邦』海軍のダメージは大きく、穴を埋める配置換えすら間に合っていなかった。
「一体、何の謂れがあって彼らは無意に沈められたのか。」
「『隣人愛さぬ汝、隣人に愛される謂れなし』」
「使徒言行録1章2節か。月神セレが見れば、また月を落とすだろうな……。」
腹から黒々とした重油を漏らす死んだ軍艦を眺める一人の兵に、相方が聖典の一節を諳んじた。
「これでも週末の主日学校には欠かさず通っていたんだぞ。」
おどけた彼女は火のついた煙草を咥えると、肺に煙を満たした。
「ここも半分旦那と心中したようなものだな……。」
この世界で船は男性形で扱われる。一夫多妻の通い婚が一般的なこの世界では港を妻に、そしてそれを巡る船を夫に喩えるのは当然といえた。
「さて、あちらさんは。」
漂う紫煙の向こう、荒れる外洋とは隔絶された穏やかな湾内、雪のちらつく湾の中央に錨を下ろすのは『やまと』型火力投射護衛艦『やまと』と『いせ』型航空護衛艦『いせ』が率いる艦隊。灰色の艦隊は身じろぎもせず静かに水面へ身を任せていた。
「退かしたというのに入らんとは。」
「着岸するほど信用されていないのでしょう。」
『連邦』交渉団全権の外務大臣と外交官たちはコートに身を包み、白い息を吐きながら基地の滑走路でニホン側代表を待っていた。
基地の端には起重機船に引き揚げられた、破孔も露わな重巡。しかし、夜を徹しての作業で空けられた埠頭に着かず、『連邦』の習慣で彼、もしくは地球の習慣で彼女は複合装甲と電磁装甲に身を固めエスコートの護衛艦に囲われていた。
やがて『いせ』の甲板から飛び立った、V-22オスプレイと護衛の重ティルトローター機が異世界の大陸に初めて降り立つ。
「おおっ……。」
ローターが生む強烈なダウンウォッシュが雪が捲き上げ、容赦無く交渉団の顔を叩き、何人かが飛ばされそうな帽子を押さえて顔を覆った。
重ティルトローター機からは空挺仕様の43式自律化戦闘車が這い出し、蜘蛛のような赤い人工眼で左右を見回す。
「可変回転翼機か、負けるわけだ。」
『連邦』ではティルトローター機など軍の計画段階ですらなく、航空愛好雑誌の妄想機コーナーに載る程度の代物だ。実現には程遠い『わたしのかんがえたすごいひこうき』を前に惚けたように立つ『連邦』交渉団だが、オスプレイから降りた人物に襟を正した。
「——海上国防軍少佐、寺尾です。お迎えに上がりました。」
青い迷彩服とその腰に帯びるのは儀礼刀の類ではなく40式振動軍刀。実戦用のそれは『連邦』への不信をありありと示していた。
「寺尾殿、会場はこちらで用意すると伝えたはずだが……?」
大臣の言葉通り基地の一角に会談会場が設えられ、彼女の後ろには送迎用の黒塗りの高級車が数台停められていた。
「いえ、小官は代表団の方々を『やまと』へお連れしろと命じられています。」
「……分かった、伺おう。」
声を上げようとした外交官を大臣は手で制し、ここで我を通すのは得策では無いとあっさり日本の要求に従った。
そして全権の外務大臣を筆頭に、外務省からは元々ニホンを担当する予定だった南星担当局に加え花形の星央担当局、国防省からは陸海軍の将官からなる『連邦』代表団はティルトローター機に乗り込む。
砲口栓を嵌められてもなお50口径480mm電磁火薬複合砲を水平にサーフォークを睨む、国号の異称を冠する異世界の戦艦。低く垂れ込める曇天に溶け込むような艦体色に太陽を模した旗が艦尾で鮮やかに翻る事実上の戦艦。かつての帝国海軍、海上自衛隊から連綿と伝統を引き継ぐ海上国防軍の三代目『やまと』。
旧地球でも列国戦艦群を凌ぐ世界最大級の火力投射護衛艦は彼女たちを受け入れた。
艦内特別公室。——大型艦故の余裕と外国への訪問にも対応するため『やまと』型艦内の数室には国際儀礼にもふさわしい内装が施されている。温かなベージュの壁と落ち着いた雰囲気の一室が会場に選ばれた。
「『フィーロⅢ』号の件以来ですね。」
日本側代表、築山の言葉から会談は始まった。その言葉に南星担当局の外交官がわずかに顔を伏せる。彼女たちも上の方針転換は寝耳に水でそのまま訳もわからず線端を開き、一方的に負け、ここにいる。そのため押し黙ることしかできなかった。
「——その後のことは我々全員の本意では無かった。」
大臣がそれを庇い口を開く。ポールに立てられ日章旗と交差する星泉旗は、侵攻軍上陸部隊から鹵獲した物だった。
「それについてはまた別の場所で聞きましょう。さて、こちらが我々の要求です。」
築山の目配せで部下がクリアファイルから出した紙を配った。
・戦闘行為の完全な停止
・一連にわたる侵略行為の首謀者引き渡し
・賠償金として200億トラル相当の金
・原油年100万klを産出する油田の採掘権譲渡、又は共同採掘権の設定
・その他指定する鉱産物類の採掘権の譲渡
・通商条約の締結
賠償金の200億トラル、『連邦』国家予算の倍に等しい金額だ。外貨を失った日本としては賠償金以外にも喉から手が出るほどカネは欲しい。
原油は地球での日本の年間輸入量の半分程度にあたる。エネルギー源は核融合発電でごまかせる物もあるが、石油が原料の化学製品、プラスチック、潤滑油、パラフィン、アスファルトetc.綻びが出る前に確保が急がれる。
鉱物も輸入や開発が進むまでコモンメタル、レアメタル共にリサイクルと備蓄の放出で凌ぐ方針だ。
「200億か……。」「いくらなんでも暴利だな……。」
『連邦』側は言い淀み、ヒソヒソと言葉を交わす。面と向かって抗議する者はいなかった。そして日本側は言わせないため『やまと』でやって来た。
——砲艦外交。護衛を名目に日本海軍の最大艦で訪れたことにはその意図も含まれていた。そして対する大臣は、築山の背後にさり気なく置かれた『1/200 火力投射護衛艦やまと』の模型に唾を呑む。
——築山といったな、恫喝に出るわけでもないが何だこの空気は?……なるほど、言動の外から無言の圧をかけるのがニホンのやり方か。もし開き直り無礼をはたらけばサーフォークを更地にすると。のこのこと相手の胎の内に誘われてしまったか。
「——厳しいものがある。遺族や戦傷者への保障、復興などでとても200億を払う余裕は無い。」
それでも大臣は臆さずはっきりと告げた。失われた物は多く、そもそも『連邦』は賠償金を賄えるまでの莫大な金塊など保有していない。
「さて、我が国は先制攻撃を受け、甚大な被害を受けました。特にN市とJ市の再建にはカネもモノもヒトも掛かります。足りん、遅れたなどとなれば不満の矛先はどこへ向かうでしょうね?こちらとしても譲歩は難しいのです。」
互いにしばしの無言。張り詰めた両者の間を空調の唸る音が満たす。
「——では、資源払いと我が国保有の証券や外貨でもいいか?」
能面のような無表情を貫く築山に『連邦』側が折れた。
「いいでしょう。資源払いは早期納入してくだされば、それに応じて賠償額の割引をつけます。」
「分かった。お互いのために急ぐことを約束する。」
その言葉に一転、築山は笑みを浮かべた。これは最速で国内へモノを入れるための方策、とりあえず石油と食糧だけでもあれば産業を動かし腹を満たせる。交渉の結果は日本側を満足させるものになった。
その他の要求については、『連邦』が諮問委員を置いてきたため『やまと』艦内では回答できずまた後日ということになった。
最後に両者は握手を交わし、この日の交渉を終えた。
「——これが敗者か。」
帰りのオスプレイに乗る前、『連邦』外交官の一人が呟く。独立戦争、西部星泉戦争、星泉内戦、群島戦争——内乱、外征共に勝利を重ね、版図を広げてきた祖国の栄光にピリオドを打つ歴史的な敗北。
鉛色の雲の切れ間から光の柱が射し込み、破壊の爪痕が残るサーフォークを眩く照らしていた。
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こちらも巡航ミサイルの直撃を受けた『連邦』首都特別市大統領官邸。主人を失ったそこでは瓦礫の片付けと戦後処理の準備がされていた。
「これは商務省、こっちは人口維持庁か。——これはマズイな、庭かどこかで燃やしてくれ。」
「はい。」
機密書類の整理と処分、大統領執務室はあちこちの棚が開けられ竜巻が暴れたように荒れていた。
執務室の中央奥に鎮座するウォールナット材の大きく豪奢な両袖付きの机、ローズ大統領のデスクの中には雑多な書類、そしてその中に少し目を引く物があった。
「何だこれは?黒い鏡……と写真か。」
官邸職員が手に取ったのは見慣れない物、私物と思しき小箱に入った黒い板、それは傷だらけのスマートフォン、そしてどこの文字かも分からないカードと一枚の写真。
角が擦り切れ古ぼけた写真の中央には硬い表情の若い男女、そして背後には古い軍服の兵士たちが笑顔で並ぶ。そして裏には几帳面さがインクに滲む文字。
『墜星暦5923.09.08 ————155高地にてエルザ・ローズ————、及び351小隊』
掠れた文字の日付は20年以上前、星央大戦の末期頃だった。
「若い頃の大統領か。隣は誰だ……?」
「さあ?大統領に男の噂は全く聞きませんよね。でもローズ大統領のいた小隊は終戦間際に全滅したとか。たぶんその前に撮ったんじゃないですか?」
それらは他の私物や書類と共に纏められ、机の隅に置かれた。




