彗星を墜とす風 《下》
墜星暦5945年秋 『連邦』首都特別市郊外
ワタン川河畔、首都特別市を守護する陸軍航空隊基地。国防省本庁舎に最も近い基地に防空本部は置かれていた。
レーダーの不能に備え、巨大な金管楽器を束ねたような形の空中聴音機……光学式の測距儀に精度は劣るが、雲中の敵機を探れる。までが配備された基地に通報が入る。
「チュノー基地の警戒隊から急報!不明機が侵入!レーダーに映らず機数、速度共に不明!」
『王国』の沿岸レーダー網『王の壁』に劣る急拵えの代物だが、東海岸に張り巡らされた監視網は『涼風』を目視で捉えた。
「敵味方識別は。」
「応答無し!友軍機の飛行計画も該当無し、真っ直ぐ突っ込んできます!」
「おいでなすった。全機発進、回せ!——120mmは間に合わんか。」
要塞から引っ張ってきたため展開が間に合わなかった120mm重高射砲に歯噛みしつつ、司令官は天井の上を見上げた。サーフォーク海軍基地を襲撃した黒い戦闘機、国防省本庁舎空爆となればここも狙われる可能性は高い。
非常呼集を知らせるサイレンの不協和音が響く中、ヘルメットの顎紐も結ばす兵舎を飛び出た高射兵は高射砲や機関砲の擬装を解き、測距儀と同調して90mm高射砲は電動モーター駆動、40mm機関砲は人力旋回で空を睨む。それに遅れず格納庫から整備兵、パイロットも『コメートⅠ』に飛び付いた。
ジェットエンジンに火が入り、整備兵の鼓膜を破らんばかりにタービンの咆哮が重なり合い響く。エンジンスターター用の電源車を切り離し、車輪止めを外された戦闘機は我先にと次々強引に大気を掴み地上を離れた。同じく特別市近郊に分散配備された各飛行場からも『コメートⅠ』は天上へ駆け上る。
「高度2000!敵機直上おっっ——!」
聴音機に張り付き双眼鏡を覗く見張員の絶叫に、高射砲と機関砲が向けられ重く響く砲声が天を突く。
上空、『エクウスⅥ』パイロットは地上と口論を繰り広げていた。改修済みでも『コメートⅠ』に劣る『エクウスⅥa-Adv+』ではニホン軍に対抗できないと『連邦』軍上層部は考えていた。
『——『エクウスⅥ』では相手に「やかましい!地上で死ねるか!」
地上撃破は戦闘機乗りの恥、そして『コメートⅠ』への嫉妬心から彼女の『エクウスⅥ』は上昇に転ずる。
——ドン
反転した機体が揺れる。急報に慌てた味方の高射砲が火を噴いたのだ。焦りからの誤射、見当違いのところで近接信管の花が咲いた。
「あぶねえ!」
風防の横を40mm機関砲の曳光弾も掠めていった。逃げるように基地を離れ、彼女の愛機は先行した『コメートⅠ』を追う。
ポツポツと浮く黒点、それはやがて集まり翼を連ね100機を超える大編隊となる。一部に『エクウスⅥ』や『アクィラⅣ』が含まれるが、その殆どが『コメートⅠ』、深緑と白銀、陸軍のaタイプと海軍のbタイプが入り交じる壮観。
『——中隊マムキアム基地より参上』『ボルラティア飛行隊目標まであと10分』『各機ルート高度を維持、高射砲に誤射されるな』
「これなら……。」
各地の基地から集結した列機、格闘性よりも高速性能に特化したキローク社の最新鋭ジェット戦闘機を操るのはどれも手練れ。『連邦』陸海軍の各飛行隊から集められた彼女たちは、自身の腕と機体をもって侵入者にここが誰の空か宣布するつもりだった。
——タタタッッ
一機の短い連射。『ワレ敵機ヲ発見ス』の合図だ。その方向へ最初に接敵した中隊の半数は高度を上げ、半数は少し下降し加速。
対する敵機は僅かに20余機、その高度は低く3500m。ダイヤモンドを束ねた編隊に、正面と上から最初の中隊が斬りかかる。——彗星一閃、機体剛性と高速性能に物を言わせた『コメートⅠ』の得意技、一撃離脱戦法だ。
それに応じて『涼風』の編隊も二手に分かれる。戦力の分散、無人機ゆえの浅慮?否、一機から2発ずつ『コメートⅠ』に放たれた回避不能の死が迫る。
「——ロケット!?」
直撃粉砕、四散。短距離空対空ミサイルは『コメートⅠ』の熱源へ吸い込まれるように中った。フレアなどのミサイルへの欺瞞手段を持たない戦闘機はカカシも同然の的、最初の中隊は回避機動すら許されず一方的に燃え墜ちる。
『連邦』では未だ構想段階の空対空ミサイル、自律戦闘機『涼風』はそれを6発ウェポンベイ内に収めている。つまりその数は屠れる敵機の数と等しい。
『反則だろ!』『着いてくる!着いてくる!』『小隊全滅!助け——』
次鋒の隊はミサイルから全力の動力降下で逃れようとする者、鍛え上げた空戦機動で回避を試みる者、全てが自慢の30mm機関砲の射程にすら入れず貫かれ火球とジュラルミンの破片に変わった。
『集合!集合して一度に掛かれ——』
性能で劣ることを悟った『コメートⅠ』は数を頼んだ圧殺に切り替える。——いくら未知の飛び道具を持つとしても対処可能な数に限りはあるはず。
だがそれは『連邦』の想定を上回った。
無秩序に空中へ撒かれたミサイル、だが『涼風』のネットワークに従い目標が被ることなく割り振られ、軌道を曲げ敵機に喰らいつく。タングステンの破片に胴を抉られ燃料に引火する機、コクピットを砕かれ爆散する機、殺到する『コメートⅠ』は無慈悲に撃ち減らされていく。
だが数の差、やがて双方は乱戦にもつれ込む。
「退け!直線馬鹿共!」
遅れて空域に駆けつけたレシプロ機——『エクウスⅥ』、『アクィラⅣ』が躍り出た。ジェット機より格闘戦に秀でる前世代機も利を得たと戦域に加わる。
「なっ——。」
照準器のハーフミラーに一瞬捕らえた敵機、翼外へ空薬莢を吐き出す瞬間には視界から消えた黒い機体。鋭角と滑らかな曲線が両立する黒い戦闘機、鏃のようなそれに風防は無かった。
優れた動体視力はパイロットの彼女に敵の正体を悟らせる。だが一瞬の困惑が致命的な隙を生んだ。
「まさか人が——
突き上がる20mmバルカンの光線と折れ千切れる翼、機体を諦めた彼女は辛くも空中へ身を投げた。制御を失い錐揉み状態で雲に沈む愛機を見送り、空を見回す。新鋭を集めたはずの友軍機は弄ばれ、数の差すら失い逃げ惑っていた。
「宇宙人とでも戦っているのか……?」
パラシュートに揺れる彼女の上で一機の『コメートⅠ』が僚機を押し退け全速に達した。——捨身必殺。体当たりだ。
しかし、横転回避。無人機ならではの機動性、風に吹かれる木の葉のように易々と『涼風』は避けた。そして別の『涼風』が射撃を浴びせる。毎分6600発のタングステン弾は無防備な『連邦』最新鋭機を砕き、燃える残骸に変えた。
『コメートⅠ』と『涼風』が描く飛行機雲の巴、絡み合う白線の航空ショーは、高層建築の少ない空の開けた首都特別市の各所から観覧された。
市内の公園に展開された高射砲の炸裂弾が彩りを添える空戦に、パニックを起こし逃げ惑う者、望遠鏡を持ち出して見入る者、指を差し歓声を上げる者、星泉内戦以来の戦場となった首都はそれぞれの喧騒に包まれる。
混乱の渦中で、敵機に爆撃機が含まれていないことに思い当たる者はいなかった。『涼風』は電子の神が動かすミスディレクションの右手でしかなく、本命の左手は低く這い寄り下から訪れた。
地上撃破を避けるため、空中に退避しようと川辺の滑走路を走る『アクィラⅢb-Adv+++』魔改造の域に達した旧式戦闘機と交錯、ワタン川水面を音速を超え這う物体。
海軍の火力投射護衛艦『むさし』から放たれた3発の刺客、巡航ミサイルはシーカーとAIに導かれ航空写真で学習した目標——国防省本庁舎、連邦議事堂、大統領官邸へ奔る。
進路を分かれたミサイルはそれぞれの手前でポップアップ、超音速の巡航ミサイルを手動の対空機関砲程度で迎撃できるはずもなく、政府の中枢を警戒中の『連邦』兵ごと爆発させた。




