意思と衝撃
墜星暦5945年秋 『連邦』首都特別市郊外
湾都サーフォークに注ぐ大河、春には東陽の島国から贈られた桜並木が名所となるワタン川の恩恵を受けて発展した『連邦』の首府。星央の雑然とした諸都市群と違い法令で建物の高さを抑えるなどといった、大陸国家らしく土地を大胆に使った緑あふれゆとりある計画都市だ。
その郊外、夕陽が影を伸ばす巨大なトラス構造で組まれた鉄塔が目印の『連邦』国営放送公社送信所。近年テレビ放送の開始や民間企業の規制緩和などで競争が激しくなりつつあるが、国営ラジオは国内最大規模の信頼できる情報源として市民に親しまれている。
『——『ゲルトルート号』を始め陽没海の大陸間航路が不通になった影響は大きく、経済界からは補償を求める声も出始めています。ローズ大統領はこれに——』
「ニホンも早く降伏すればいいのに。」
「でも1:1なんて嘘みたいですよね〜。」
送信所職員の彼女たちは流れる夕刻のニュース番組にそうこぼした。公社本局からの電波を増幅、発信するだけのここでは音質、出力を監視する程度で放送中は特に仕事はない。
一般市民に戦況は伏せられ、『連邦』政府広報は順調にニホン解放が進んでいると伝えている。
「国ごと異世界から来たとか言ってるらしいけどね。——さて、ふふっ昼に買ってきちゃった。」
「おぉ神出鬼没のやつじゃないですか、やったあコーヒー淹れてきます。」
戸棚から取り出したのは近頃話題のドーナツ移動販売バンの紙袋。
本来飲食禁止のスタジオ内、だがほとんど使われない予備のため、送信所の防音ルームは職員の密かな憩いの場になっていた。彼女たちが持ち場を離れようとしたとき、
——ズドォォォン
落雷のような音とともに建屋が揺れた。
「なんだ!?」
「大変です!落ちた!」
そして天井の照明が明滅し消え、制御盤の電波出力を示すメーターが急降下する。
「本局に電話!あそこは旧いのがあるから!私は外を見てくる。」
「はいっ!」
突然の停電と停波。慌てた彼女たちは出力は劣るが送信設備のある公社本局に連絡を入れ、工具箱を手に外へ出た。
「おいおいヤバいヤバい……。」
彼女が目にしたのは、散らばるコンクリート片と根元から黒煙をあげ傾く鉄塔。
張力に耐えられず千切れた鋼鉄製の支線が鞭のように弾け飛び、電柱や駐車場の車を無惨に切り裂く。支えを失った鉄塔は金属の軋みを断末魔に崩壊、周りの送電線を巻き込み火花を散らして倒れる。
「ああヤバいって、これは……。」
衝撃の光景で呆然とする彼女の耳に、遠ざかる日本空軍F−35戦闘機の咆哮は届かなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
広告代理店に勤める彼女は印刷所に見本を届けた帰りがけ、息子の迎え前に立ち寄った街角の小さなコーヒースタンドで店主と雑談を交わしていた。
「——それでうちの担当の保護官さんも召集されてね。警察の手を借りても忙しいとか。」
ニホンへの侵攻で人口維持庁男性保護局は大量の保護官を動員した。首都特別管区の保護官も多くが駆り出され、普段は警護付きで学校へ送迎されている彼女の息子も迎えを待っているのだった。
「早く終わってくれないとねぇ。送り迎えも今日はクラブがあるから遅いけど、普段は仕事もあるし。」
「大変ですね。ちなみにお仕事は?」
店主はサイフォン式コーヒーメーカーのフラスコを注意深く覗き、適当に頷きながら何げなく話題を振った。
「コピーライターよ、今はこんなの作ってる。」
カバンから取り出した紙には『新たなフロンティアは東にあり!』『東方移民団募集』『婚姻資格優遇』『月神からの新天地ニホン』の文字と列島に突き立てられる星泉旗の絵が踊る。
『連邦』政府、人口維持庁は早くもニホン占領後の準備を進めていた。——同化政策、既成事実をもって星央諸国の介入を防ぎ、異星の国を支配下に置く計画。
「国の依頼でね。新しい景気と雇用対策の起爆剤ってことよ。テモルーのダム建設ラッシュも終わったし。」
星央大戦終結後、好景気に沸いた『連邦』だが星央諸国の復興が進むとそれも長くは続かず、公共事業で内需を拡大させていた。テモルー川流域のダムや発電所の整備、陽没海と大西海を結ぶ運河の拡張、そして建設ラッシュもひと段落ついた『連邦』の前に降り立ったのは異世界の国家。政府と財界は結託して事実上の侵略に走ろうとしていた。
「他にも早期兵役プログラムの志願募集、傭船の乗組員、傭車の運転手、保護局の臨時採用、色々忙しくなると思う。」
彼女はさらに、カバンからポスターやビラをカウンターに並べた。店主はそれを興味深そうに覗く。
「見せていいんですか?まだ発表前でしょう?」
「いいのいいの、どうせそのうち役人が『貼らせてくれ』って来るだろうから。」
心配する店主に、事もなげに彼女は応えカップに口をつける。
「そうですか、おっとすみません、天気予報の時間だ。あれ、おかしいな?電波が悪い。」
店主は時計を見てラジオの電源を入れる。商売柄、客足に関わるため気象局から発表される天気予報は重要だ。
普段ならオープニングの『連邦』第二の国歌ともいわれる行進曲『永久なる星泉旗』の旋律が流れる時刻だが、今日は違った。
『ザザッ……テスト、テスト。送受ともに感度良好……。『連邦』市民の皆様、こちらは日本政府及び日本国防軍です。今晩は皆様にお伝えしたいことがあり、『連邦』国営ラジオ放送の電波をお借りしています。』
スピーカーからはこの国では珍しい男性の声。
「ニホン?何で?」「マスター、音量を。」
『ご存知の通り、貴国政府は転移国家であることを理由に我が国の主権を認めず『不明勢力からの男性資源保護のための特別軍事作戦』と称し、我が国への侵略を始めました。今晩は我が国の意思とその結果について、『連邦』有権者の皆様にお伝えしたいことがあります。どうか周りの方にもラジオを聞くようにお伝えください。』
ボリュームの摘みが捻られ、二人は声を潜め耳を澄ました。
『ザザッ……先日、『リサ・リージ中将』の率いる上陸部隊の攻撃を受けた我が国ですが、国防軍との戦闘ザザッ……上陸部隊と学徒兵、複数の艦隊が消滅しました。貴国の政府、報道機関の虚偽は明らかであり、無謀なる企みは失敗に終わりました。我々が反撃に転じる段階では手遅れになります。我々はこれ以上の無駄な犠牲を望みません。』
ざらついたラジオの声を聞きつけ、小さなコーヒースタンドには人が集まる。
「ニホンの放送か?」「静かにしろ。」「もっと大きくしてくれ。」
『ザザッ……最後に明日の天気予報を国立気象局に代わってお伝えします……。ザザッ……国防省本庁舎、航空爆弾1発。連邦議事堂、航空爆弾1発、大統領官邸、航空爆弾1発。如何なる傘も我々は貫きます……。これは日本政府及び日本国防軍の断固たる意思と警告です。我々は停戦と早期の講話を求めています。繰り返します……。日本政府は停戦と早期の講話を求めています……。』
「勝っているはずじゃ?」「陽没海艦隊が全滅!?」「あり得ない!」
そして街角、家の中、職場、学校、ラジオのあるところを中心にざわめきは広がる。




