蛮勇の代償
墜星暦5945年秋 日本国G県 N県境付近山中
『——国防軍輸送機の報道ヘリに向けた発砲行為について、防衛省は『無線封止中であり、威嚇行為としてやむを得なかった。』とコメントを——。これは国防軍の横暴とも取れますが、——さんはどのように考えますか?』『ええ、当時の映像がまだ国防軍から出ていませんが、——社ヘリの勇み足でしょうね。何しろ戦地ですから仮に撃墜されても——。』
「どうせ情報軍っすよねー。」
「ああ、国営の無法者だからな。」
ボンネットにラジオを置く白い軽装甲車と移動式バリケード。
ラジオからの声を聞き流しつつアサルトライフルを手に道を塞ぐのは、野戦服に黒い『MP』の腕章を着けた陸上国防軍警務隊の隊員。
平時は国防軍内の警察としての活動を任されている警務隊だが、戦時には後方の治安維持、交通整理の任務も加わる。
『続いて道路情報です。関越道、——ICから——ICの通行止めは引き続き——』
N市奪還が成った現在、指定業者などを除き、帰宅や立ち入りなどの許可はまだだが、N県北部には住民だけでなく、自称義勇兵や各自で集まった烏合のボランティア、果てには火事場泥棒までが押し寄せ、国防軍や警察、消防などの活動を阻害していた。
即座に移動を控える呼び掛けと、高速道路や主要道の通行止めがされたが、彼らの無節操な『善意の熱意』と『勝利の熱狂』は止まらない。あらゆる手段を駆使してはその都度、陸軍警務隊や警察に追い返されている。
『連邦』軍をN市へ完全に包囲し轢き潰した以上、『外に出さない』よりも『内に入れない』方向に重点が置かれていた。
「全く、短慮のバカが多すぎる。」
警務隊員の愚痴通り、この検問にも朝からボランティア有志が6組、『連邦』兵が全て女性なのを知り個人間の『仲良し』になろうと目論んだのが4組。許可証なしの自称設備業者が3組。さらには、違法改造エアガンを隠して突破しようとする者までいて県警に引き渡した。
「おいおいマジかよ、いい加減しろよまた面倒な。」
対応に辟易する警務隊員が詰める検問所に、また1台のワゴン車がやってきた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
『——政府は対応が遅い!遅すぎる!安全が確保できるまで立ち入りを制限?まるで現地を見捨てるようじゃありませんか!ですからこの谷木、谷木 公一が現場の声を、実情をダイレクトにお伝えしようじゃないかと思い立った訳です。政府は冷淡だ!せっかくの、せっかく立ち上がった皆さんの心ある善意と熱意を無為にしている!鈍重で国家転移という異常事態に対応できない現政権は今すぐにそれを返上すべきだ!』
スマホ画面の中で大げさな身振りと手振りで演説する男——自身の映る動画を見返し、衆議院野党議員の谷木は悦に入っていた。
『——K市の原子力発電所も戦闘時、市街地に被害を出したのに再稼働?危険だ!メルトダウンの可能性がある!絶対に許しません!政府と電力会社はエネルギーと食糧確保のためだというが、私、谷木は皆さんの生活と安全を守りたい!それを自分の目で確かめるのです!』
政府の怠慢と不安を大きく煽り、熱を込めて繰り返し訴える。谷木議員にとっては物流システムも核融合炉の原理も合成食糧の製造法も知る必要はない。
『——巨費を投じたAI、RTDシステムも磁気嵐の障害を言い訳に肝心なときに役立たずだ!軍用システムだけを壊す磁気嵐?あり得ますか!?こんなガラクタに皆さんの税金が使われている!即刻解体して学術研究用コンピュータに転用すべきです!』
国家転移とそれによる戦争という、政府を糾弾し自身の主張を広げる千載一遇の好機。谷木議員は混乱する国民に復旧したてのSNSで、個々にN県へ向かうよう訴え大きく注目を集めていた。
非難の声もあるが、それすらも自己顕示欲を満たす糧になる。自分の言葉で支持者が動く。その快感が言動に熱を入れ、また自分の影響を受けた人間が増える煽動の循環。
「——さん、谷木さん。また検問です。」
そんな衆目を集める愉悦と思案に浸っていた意識を運転手の後援会スタッフが引き戻す。
「おお任せとけ。チッ、軍か。初動が遅れたくせに今さら偉そうに。」
自治体などと違い軍隊は議員バッチの威光が効きにくい。ここまであったのは警察の検問ばかりで、国防軍の検問は戦場に近づいた証拠だった。
「おはようございます。」
谷木議員はスマホをポケットに滑り込ませると、笑みを貼り付け助手席から身を乗り出す。対して警務隊員は冷めた目で事務的に応えた。
「おはようございます。許可証と身分証を拝見します。」
当然のようにこれらの提示を求められたが、谷木議員は持っていない。事前に国防軍などへの申請が必要だったが、許可が下りないだろうと踏んだ谷木議員は、押しかける形で独自に現地視察へ向かおうとしていた。
「君ぃ!私にそんな物を求めるのですか?!立ち寄った収容所の視察も門前払い、シナ海紛争以来軍は隠し事が多すぎる!許可、許可、許可!せっかく現地に向かったボランティアも追い返される、全くあなた達は人の心が無いんですか!?」
笑顔から一転豹変、谷木議員は目を見開き顔を赤くして捲し立てる。だが、癇癪とも威圧ともつかない態度に隊員はますます冷たい目を向けた。警務の職務上、この手合いの相手には慣れている。
「規則ですから。」
この一言に議員は怒りを爆発させる。普段は支持者に囲まれている上、国会議員という身分の一般市民に対する優越感、これが限界を超え逆上した。
「話にならない!君!上の者を呼びさない!私を誰だと——」
喚く谷木議員を無視して隊員は情報端末を叩き、部隊の戦術チャットに指示を求める。そしてRTDシステムネットワークに照会、そこから上級司令部の手を煩わせること無くAIの命令が下りる。自動化された審議と決裁、人手不足が慢性化している国防軍では司令部もスリム化が図られていた。
すると軽装甲車のガンカメラが起動、赤い人工眼が議員とワゴン車を舐めるように見つめ走査、複合センサーが議員と運転手のIDを読み取った。
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whitelist《該当なし》
blacklist《該当なし》
RTD審議申請《審議中》
《上申》
RTD審議申請《審議中》
《上申》
RTD審議申請《審議中》
《上申》
RTD審議申請《審議中》
決裁可否《通過許可》《大東洋統合警備保障『ま-14』に同行せよ 東部方面警務隊本部》
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いくつかの上位階層を経た結果は警務隊員の予想を外れ、上層部から特例の許可が下りた。
「全く、素直に通せばいいものを。時間の無駄ですよ。」
望みが通ったことに、所詮は国防軍も自分たちの下にある、と議員は鼻を鳴らす。
しばらく待つと『大東洋統合警備保障』のロゴと『ま-14』の所属標示をつけた黒いワゴン車が検問所にやってきた。
そして議員の乗った車は、大東洋統合警備保障のワゴン車に先導され山道を上りだす。
「谷木さん、とんでもないとこ来ちゃいましたよ。うわぁ、って何してるんですか?マズいですって!」
主要道を外れ、M山脈の一部をなす山肌を削った道はアスファルト舗装も無く、壁と崖に挟まれる荒れた狭い砂利道が続く。運転手は慣れないハンドル操作に気を払いつつ、スマホを弄る議員を見た。
「ここは何処なんだ?今どき電波が圏外なんて田舎が存在するとは……。」
軍から機密のため電源を切るように指示されていたが彼はそれを無視、だが山奥に電波は無く人工衛星も消えたため、現在地を知る術も無い。
「見つかったらマズいですよ。」
「バレなければ大丈夫だ。だいたいあの連中に何ができる?ただの警備会社だぞ?しかしあんな奴らがノーパスノーチェックで——」
地図アプリを閉じて隠し撮りのため録画モードに切り替えた時、前方の黒いワゴン車のバックドアが内側から開いた。
「何だ?」「さあ?」
そして訝しむ二人に開いたバックドアから、黒いモノ、向けられるはずの無いモノ『SW.M5940』が覗く。
黒い『連邦』製アサルトライフルのフルオート射撃。
6.6mm弾がフロントガラスを破り、運転手の胸を貫く。
「ゴハッ、な、何で——」
ハンドルを取られ操作を失ったワゴン車は車輪を滑らせ脱輪しそのままガードレールもない奈落、崖下の谷底に転落した。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「誰か……。」
フレームが歪み、横倒しになったワゴン車の中で谷木議員は骨折の痛みに呻いた。通報しようにも人里離れた山奥、電波は圏外、助けを求める彼のもとに足音が近づく。
アサルトライフルを背負い崖を降りた大東洋統合警備保障の警備隊員はフロントガラスを叩き割り、議員を引きずり出す。
「目標者確保。後は始末しておけ。」
運転席にアサルトライフルが向けられるが、運転手は既に銃撃を受けていた上に首が可怪しな方に折れていた。
「死んでます。必要経費とはいってもねぇ。そっちはどうします?」
「こいつには下手に神格化されても厄介だ。行方不明のままになってもらう。」
警備隊員たちは乱暴に議員を立たせると、どこかへ連れ去る。そこに怪我人への配慮は無い。
「誰だ……。お前ら。」
「我々が答える義務も、貴様が聞く権利も無い。」
ドライブレコーダーとスマホは銃床で砕かれ、投げ捨てられた。
その持ち主もインタビューの後に似たような末路を辿る。
残る証拠は野生動物と自然が散らし、春には山菜採りの地元住民が車と運転手の遺体を発見、『谷木氏不明事件『連邦』ゲリラの犯行か』とでも報道されるだろう。
電子の神、RTDシステムの定める閾値を超えた。それだけの理由で、弁えず秩序を乱す人間は簡単に消える。これは情報軍が政府の下に入る以前、前身組織の時代から繰り返されてきたことだった、




