払暁作戦 《中》
墜星暦5945年秋 日本国N県N市
逃げ遅れた市民が収容されている市内の高校。
市民が押し込められた体育館内はまだ暗く、雑魚寝する人々の形がぼんやりとしか見えない。
「ふぁ〜眠ぃ。」
ステージ上に机とパイプ椅子を置いた、階級章に銀葉を1枚載せる『連邦』人口維持庁男性保護局の二等保護官は大きなあくびをした。
陸軍第二軍と海軍第一、第十二、第一三艦隊の壊滅。兵士ではなく治安要員の彼女たちにそれは伝えられず状況を楽観視し、隣の同僚も机に突っ伏して小さく寝息を立てている。
——案外、従順なものだな。
机に引っ掛けられた『SW.M5936-KⅡ』、制式採用から10年も経たず旧式化したカービンの自動化改修モデル。当初はそれを抱いて監視にあたっていたが、意外にも反抗するニホン人はほぼいなかった。
警棒を抜く機会すら無く軍や保護局に規律正しく従う、どこか非常事態に慣れたような国民性。
「ちょっといいですか?」
あくびを噛み殺しつつそんなことを考える二等保護官に、早くも起き出したらしい無精ヒゲの男が声をかける。
——確か、何日か前に隠れてたのを保護したんだっけな。
「何か?」
「朝からすみませんね。ナイフは取り上げられてしまいましたから。」
その言葉で二等保護官が警棒に触れるより速く、男は人差し指を横に薙く。指先から薄紫の光が妖しく煌めき、
斬。
二等保護官の頸動脈から溢れてシャツからコート、それに巻いたネッカチーフに広がる赤黒い染み。
机に引っ掛けられた『SW.M5936-KⅡ』カービンも腰の拳銃と警棒も役立つことなく、彼女の生はゆっくりと終わる。
「30超えたら魔法使い引退ってのもあながち噓じゃないな。」
指先から実体化させたクラキ=ニューロン発火反応の刃、ごく一部の世界では魔術と呼ばれるそれを放った男は頭痛に顔を歪めつつ保護官の腰から拳銃を奪った。
◆◆◆◆◆◆◆◆
前線で攻勢が始まったのと同時刻、海からN市を目指すのは黒い重ティルトローター機と、同じく垂直離着陸機能を持った黒い自律攻撃機『AV-88ハチドリ』の群れ。
岸崎重工製ジェットエンジンを左右に2基吊った垂直離着陸自律攻撃機は小柄な機体に不釣り合いな重武装…機首に20mm機関砲、エンジンと機体を繋ぐパイロンに2発の対戦車ミサイル、2基のロケット弾ポッドを取り付け空を駆ける。
携行対空ミサイルの発達で落ち目の攻撃ヘリを代替する『ハチドリ』は、最大のコストとなった人命の搭載をやめ武装ドローンよりは高性能、攻撃ヘリより安価かつ可動式エンジンが垂直離着陸と高速巡航を両立させた岸崎重工が贈る会心の機体。
その護衛を受け波飛沫を浴びる高度で陸に近づく重輸送機の乗客は情報軍の空中機動強襲部隊、第83特装連隊。
日本情報軍で唯一自動甲冑を装備した部隊の目的は、市内に取り残され収容されている市民の保護と後方の撹乱。
「陸軍サンと仕事逆じゃね?」
ヘルメットの望遠機能で、敵の司令部が置かれている空港方面を覗きながら捻茂が激しい騒音のなか呟いた。
風になびく幾条もの黒煙と爆発、か細く打ち上がる火箭を目標に迷彩柄の自律攻撃機『ハチドリ』が蜜に集る鳥のように空港の周りを飛び、その隙間を縫い重輸送機が降りていった。
「人手不足さ、特戦群と空挺団合わせて4個大隊、リソースは確実な方に集中させたいんだよ。司令部の強襲と首都の警戒、あっちは忙しいんだ。」
向かいに座った花谷が振動銃剣のバッテリーを点検しながら応える。
「ウチの82は都内にいなかったか?」
「殺し屋に命預けるほど信用されてないだろ。たぶんType-0がロクでもないことに使ってるだろうしな。」
情報軍の83特装連隊は市内の強襲、81普通科連隊も予備として同じくN県に展開しているが、82普通科連隊は都内に残り、第五列や残存空挺兵の捜索と掃討にあたっていた。
そして無線から流れるのは鈴の転がるような歌声。死者の魂を運ぶ乙女の曲を口ずさみ、垂直離着陸自律攻撃機の手綱を操る連隊統括RTDシステムはご機嫌だ。
『たったーた♪たったー♪たっ——』
空を舞う無人機の騎行は、光弾の裁きを地上に浴びせながら突き進む。
「電子の神サマは今日も上機嫌だな。スピーカーで流さなくていいのか?」
「んーたぶん怒られるからな?でもType-0はもっと上だ、『同志が横で殺されても微笑をたたえよ、まして敵なら大笑いで殺せ』ってな、結構な性格だよデータ移植元の人格が破綻しているからな。」
ローターとジェットエンジンの轟音に包まれて雑談を交わす二人に機内無線が割り込む。
『毎度リントヴルム01をご利用下さりありがとうございます。本機はまもなく終点——高校、——高校。予備弾倉、銃剣、戦術ネットワーク端末等、忘れ物の無いようご注意下さい。』
◆◆◆◆◆◆◆◆
「降下!降下!降下!カチコミだ!蹴っ飛ばすぞ野郎共!」「ヒャッッッハー!」
ホバリングする4発ローター重輸送機の後部ハッチから、隊員はロープも無しに飛び降りる。転がりながら衝撃を殺し着地、自動甲冑2個小隊が校庭に降り立った。
嘴から盛大に20mm機関砲弾をバラまく『ハチドリ』の制圧射撃の下、8311は校舎、8312は体育館に突入する。オリンピック金メダル獲得確実な俊敏性の隊員に、校舎からの散発的な銃撃は当たらない。
「GOGOGO!」「マスターキー!」
鉄製の扉に振動軍刀が差し込まれ、複合セラミックスの鋸刃が甲高い金属音と火花を散らし蝶番を切断する。銃弾を弾き逸らし、通常の刃物を通さない自動甲冑を切り裂く刃は、工具としても使える。
「よし、離れてろ!」
自動甲冑で増幅された筋力で扉を蹴り倒し、市民が収容されている体育館内部に侵入、反撃に備えて防弾大盾を半円状に組む。
「国防軍です!姿勢を低く!伏せて!」
突然の事態に悲鳴を上げる市民をよそに素早く索敵、校舎への通路でカービン銃を構える人物に銃口を向けるが、
「男!?」
「待て!俺は陸軍だ!」
両手を上げて敵意のないことをアピールするのはラフな服装の無精ヒゲが目立つ男、先に潜入していた特戦群の隊員だった。
「83の花谷です、見張りは?」
「あそこに纏めてある。噂の83か、ここの奴らはほとんど拳銃程度しか持っていない。」
無精ヒゲの特戦群隊員はステージ袖の倉庫を指す。鉄パイプを手に警戒する民間人と縛られた男性保護局の保護官、奥には血の滲んだ毛布から脚だけが覗く『連邦』兵もいた。
「肝が冷えたぞ83の。人に向けていいモノじゃないだろ。」
人体どころか下手な装甲車すらブチ抜く、グレネードランチャー付12.7mm口径の38式重小銃、屋内戦用のカービンモデルでも遮蔽物を無効化する威力の銃は83連隊の暴力性を象徴する存在感を放っていた。
「避難民はここに全員いる。大丈夫か?」
「ああ乗れる、問題ない。」
「校庭に輸送機が来ています!お手伝いが必要な方はいらっしゃいませんか!?」
災害派遣のニュースなどで見慣れた陸軍の迷彩塗装の機体と違い、黒い塗装に『情報国防軍』と濃いグレーで書かれたティルトローター機に戸惑う避難民を丁寧に急かし、後部ハッチに誘導する。
「自衛隊さんは残るのか?」「お姉ちゃんは乗らないの?」
孫らしい子供を連れた避難民が足を止めた。
「なぁに、心配するなって。ちゃんと帰るよ、電子の神様が見張ってる。」
不安そうな子供に花谷は、ヘルメットのバイザーを上げると銀髪白衣の情報軍マスコット『れーちゃん』のシールを見せた。某駐屯地の売店の限定品、情報軍は広報にも最近力を入れている。
「俺は残ってもいいが?」
「ウチの71に来るか?魔術師さん。」
最後に並ぶ特戦群隊員に花谷は言葉を返す。
「714中隊だろ?そこから逃げてきたんだ、遠慮させてもらうよ。」
砂埃を巻き上げ重ティルトローター機が飛び去った後、花谷は校舎に向き直る。そして振動軍刀の柄に腕を乗せ嗤う。
「さて邪魔は行ったな、久しぶりに楽しませてくれよ?『連邦』。」




