敵は眼下に《下》
墜星暦5945年秋 陽没海(旧東シナ海)Y島沖
駆逐艦『シーメル』の二の舞から逃れるよう、黒く空を埋める対空砲火。しかし『連邦』海軍の持つ高射装置では対艦ミサイルを捉える事はできず、輪形陣は外縁から削り取られていく。
「『シーメル』被弾炎上中!」「『トチョータ』操舵不能漂流中!」「『ビワペ』轟沈!」
空母『ガイペン』の指揮所、フォト大将の発案で置かれた、航空機だけでなく艦隊全体を指揮するための原始的なCICでは、悲痛な報告が飛び交っていた。
「当然か…。」
指揮所のボードに次々と書き込まれる被害に、半ば冷めた目を大将は向けた。まともな装甲を持たない駆逐艦には、対艦ミサイルの直撃で爆沈する艦もあり、艦隊の戦闘力は一瞬のうちに削がれつつある。
上空掩護を失えば、防空能力の高い艦を揃えても航空攻撃の前には無力。空母機動部隊を預かる彼女にとっては分かりきったことだった。
そして、シーカーに導かれるまま濃密な砲火と弾幕を易々とくぐり抜けたASM-3Bは瀕死の『ガイペン』にとどめを刺す。
「艦首に被弾!浸水激しい!」
着弾の衝撃によろめいた空母は対重装甲艦用徹甲弾頭に水密隔壁をぶち抜かれ、溺れ始める。つんのめるように前へ傾く艦体、軍艦どころか船としての機能も『ガイペン』からは奪われつつあった。
「閉鎖急げ全速後退!ガブ飲みする羽目になるぞ!」
それでも1秒でも長く艦を浮かばせるために艦長は手を尽くす。空母を守るべき輪形陣はすでに破綻してた。
「無事な艦はあるか!?」
「『F-T306』、『F-T307』健在です!」
2隻のフリゲート、日本海軍から最も脅威になりづらいと判断された船は救助のため、意図的に残されていた。
「T306へ移る、総員退艦!艦長すまん…。」
「司令…。」
艦名すら与えられない船に将旗を移す判断をした大将は、力が抜けたようにうな垂れて肩を落とした。
そして、参謀たちは暗号表などの機密書類を慌ててまとめ始める。戦闘は終わり、生存のために指揮所の外でもダメージコントロールを諦めた水兵たちがカッターや救命筏を海に投げ始めた。
「『ガイペン』…私の力不足だ。」
「司令!早く。」
制帽を直した大将は名残惜しげに呟くと、急かされつつ指揮所を後にした。
火災でアスレチックか迷路のように寸断された艦内を抜け、参謀たちが甲板の端に来たとき、艦内でまた爆発が起きた。その衝撃でフォト大将は足を滑らせ海へ落ちる。
「司令っ——!?」
彼女は波間にのまれて消え、残された制帽が風に舞う。
「艦長!司令が——。」
船体を軋ませ、艦首を沈めてゆっくりと倒立を始めた空母に掴まる参謀が叫ぶ。
「駄目だ!探す時間はない、急げ急げ沈むぞ!」
いつくるかもわからない追撃を恐れ、艦長はフォト大将を諦めてボートに乗り移った。
沈没が空母4、軽巡3、駆逐艦22、フリゲート2。大破が空母2。中破が軽巡1。そして無傷のフリゲートが2隻。
威容を誇った第十二、十三航空艦隊の連合艦隊は壊滅し、かろうじて航行可能な軽巡と無傷のフリゲートは拾えるだけの漂流者を拾うと、西の星泉大陸へヨタヨタと逃げ去っていった。
「——ペッ、畜生。手酷くやられたな。」
フォト大将は流れてきた角材に掴まり、炎と水に激しく上下から攻め立てられる空母と護衛艦艇の残骸を眺めていた。
つい数刻前までは巨大空母とエスコートの艦隊を従えていた彼女も、今では重油にまみれる無力な漂流者となっていた。
そして全ての艦が水面下に没した頃、水平線の向こうから現れたのは島のような陰。そこに哨戒から戻り、事態を悟ったらしい2機の艦上戦闘機『アクィラⅣ』が真っ直ぐに突っ込んでいく。『連邦』本土まで燃料が足りないため、せめて道連れにと決断したようだった。
しかし、たった2発の軽い発砲音と共に『アクィラⅣ』は空に散る。
やがて、島は艦影となり旗の意匠まで確認できるようになる。風を一杯に受けて翻るのは、赤く16条の光線を広げる太陽を模した旗。
火力投射護衛艦『やまと』は重厚かつステルス性を意識したスマートな艦体を見せつけるように、速度を落としてフォト大将の横を過ぎていった。そして後ろに単縦陣で連れられた一隻、『ゆづき』から複合艇が降ろされた。
『こちらは日本海上国防軍です。戦闘は終了しました、抵抗はしないように。』
「ニホン軍っ…。」
メガホンからの呼びかけと、大型戦艦『やまと』の立てる波に大将の掴まる角材は大きく揺さぶられる。
◆◆◆◆◆◆◆◆
水面下へ300mほど、鋼鉄の鯨は黒々とした170mの巨体を冷たい流れに漂わせていた。
『上のドンバチも終わったようですなァ。腹一杯喰えただろうに勿体無い。』
旧ロシア海軍ボレイ型原子力潜水艦『グリゴリー・ポチョムキン』…現在は日本海軍原子力潜水艦『むつ』の発令所、戦闘配置に付いたままの席で男は走り書きの切れ端をひらひらと振った。
「本艦の任務外だ、それにどうせもう見つかっている。総員通常配置へ戻れ。」
フゥ、と息を吐いた艦長は筆談のメモを取り上げ、パイプや配線が剥き出しに這う天井を見上げる。
——了解、筆談男…もとい副長以下緊張の糸を緩めたクルーは、思い思いにそれぞれ手足を伸ばした。海の底で息の詰まるような無音と沈黙を保つのは、熟練の潜水艦乗りでも神経をすり減らす。
「日本の艦に比べりゃうるさいですからな、ドカンとこないところを見ると電子の神サマはキチンと連絡してくれたらしい。」
「『Обнаружена подлодка противника!』とでも騒いでいるさ。」
「そして決まって『Нет!』よくわからん伝統ですな。」
かつて樺太の地に夢を抱き第二の故郷と定め、旧海上自衛隊…現日本海軍の軍門に降ったロシア人たちは小さく言葉を交わした。
戦略原潜を武器に独立を図った『サハリン共和国』だが、日本の干渉と国連信託統治地を経て住民投票の結果、『樺太自治区』となり半ば日本の統治下にあった。
『グリゴリー・ポチョムキン』も、原潜の運用ノウハウを旧海上自衛隊に教導することと技術開示を引き換えに『むつ』として組み込まれ、今では日本海軍の潜水艦戦力の一翼を担っている。
「これはこれは…『ヤマト』までお出ましだ。しかし、前からアレですがCCGってのは何ですかね?」
測的員のコンソールから、4軸推進の特徴的な音紋データを見つけた副長はあまり使われない艦種記号に戸惑いを見せた。
「CannonCarrier…火力投射護衛艦つまり、Battleship…戦艦ではないとさ、連中の好きな言葉遊びだ。」
「はっ、ドえらいもん隠し持っててどこへの配慮だか。」
副長の言う『ドえらいもん』…情報軍が秘匿泊地N-53Aから運び出した核弾頭は、『むつ』格納庫でただ静かにそのときを待っている。
極秘裏の核武装、同盟国すら仮想敵に含まれていたため『むつ』ごと隠蔽されていたそれは、国防軍将兵を含めて一般には陰謀論者の戯言の類い。政府上層部と、海、情報軍が隠す真の切り札。
「さて、残骸が降ってくる。針路020微速前進、本海域を離脱する。」「よーそろー。」
潜水艦は原子炉の拍動をタービンに伝え、再び海水を掻き暗い深海を彷徨う。




