敵は眼下に《中》
墜星暦5945年秋 陽没海(旧東シナ海)Y島沖
「波が少し高いな…。」
並走する『ヒエイン』級駆逐艦の艦首を洗う波を見て、フォト大将は独り言を洩らす。
そそり立つ洋上の城塞を思わせる空母『ガイペン』、『連邦』最新鋭の大型空母はジェット機の運用を前提とした初の艦だった。前級から幅広になった船体は大西海と陽没海を繋ぐ運河を掘り拡げる羽目になったが、その分洋上での安定性は増していた。
——ゴウッ
心配をよそにレーダーを載せた哨戒仕様の『グラディウスⅡc』が蒸気式カタパルトの助けを借りて、フワリと大気を掴む。
「いい腕だ。」
風にコートの襟を立てたフォト大将は自らが育て上げた航空兵の技量に目を細めた。
運河の拡張工事公債を自ら売り歩いてまで揃えた、『ガイペン』級空母と精強なパイロット。
「この『ガイペン』はまさに城よ——。」
艦隊司令部を納める天守のような艦橋構造物の上でクルクルと規則正しく回転する対空/対水上レーダーアンテナと艦載機のレーダー網が織りなす電子の目、忍びよる者をすべて探り当てる洋上の城塞。
そして不埒者から城を守る騎士は最新鋭のジェット戦闘機『コメートⅠ』と堅実なレシプロ戦闘機『アクィラⅣ』、甲板に並べられた機体がジュラルミン製の灰翼を海風に晒している。
艦載機を載せる装甲飛行甲板、対巡洋艦の砲弾を想定した厚さ90mmのそれがめくれ上がり火柱と破片が噴きあがった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「命中確認。続けて敵空中脅威を排除する。」
レーダーに映らない超音速の破城鎚…6発のステルス大型対艦ミサイルを叩きつけた『涼風』は2機をP−1哨戒機の護衛に残し、身軽になった機体で金属の擦れる甲高い轟音を放ち空を駆ける。
そしてP−1の梯団からも1機あたり8発、計64発のASM-3B対艦ミサイルが放たれた矢のように躍り出た。日本海軍からすれば、ほんの挨拶代わりの攻撃、DDGの数隻かCCGの一隻でもいれば防がれる程度の矢弾が海上を走る。
「敵機接近中、見つかりました。」
レーダーを受け持つ航空士の報告に編隊を率いる戦術航空士でもある中佐は、レーダースクリーンの輝点を突く。
「帰るまでが任務です、ってね。全機反転、振り切る。」
8機のP−1は用事は済んだと言わんばかりに一糸乱れず翼を翻し、悠々と海域を離脱した。
◆◆◆◆◆◆◆◆
雷撃機を改装した哨戒仕様の『グラディウスⅡc』。機体の3人は、前から操縦桿を握るパイロット、レーダースコープを睨む無線手、そして手すきの機銃手は双眼鏡を覗いていた。
「ん?」
目を凝らした先、何かが陽光にキラキラと光る海面を滑って視界から消えた。それを探し、彼女はレンズを振って再びピントを合わせる。
魚雷のように海面スレスレを飛ぶ白い飛行物体の群れ。その正体を理解した瞬間彼女の体温は急上昇した。
「機長!み、ミサイル左後方!速い!」
「ここまで射程圏内だと!?」
『連邦』の『ピルムMk.Ib』は射程20km、それも半ば空中を滑空しての射程距離だ。対して日本海軍と空軍の保有する対艦ミサイルは大菱重工製のASM-3系列で200から300km、『涼風』の大型対艦ミサイルはそれをも超える。
「ミサイルは後ろに任せる、どっちから来た?」
母艦への打電後、あまり速度差に追撃を諦めた機長は、発射元を探すために舳先を変える。横向きのGとともに傾く視界、機銃手はふと、後方を見上げた。
「え。」
ピタリと『グラディウスⅡc』の後ろに着けているのは光を吸い込む黒い機体、彼女が12.7mm機銃を向けるより早く20mmバルカンの豪雨が『グラディウスⅡc』を砕いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
格納庫の火災が艦内を舐めまわし引火した燃料や弾薬が爆発する空母『ガイペン』には、いまだに将旗が翻っていた。
「司令、本艦の限界も近いでしょう。早く退艦を。」
火炎に熱せられた鋼材の歪み曲がる悲鳴やダメージコントロールに駆け回る水兵の怒号を背後に、艦長がフォト大将に進言する。
「…ならん。」
——は?消え入りそうな声に艦長は息を漏らした。
「戦闘中の司令部の移動は混乱をもたらす。よってこのまま『ガイペン』で指揮を執る。総員全力で被害を食い止めろ。」
フォト大将は目を見開き拳を握って震えていた。
「他の空母は全滅、軽巡では指揮能力が低い。このまま『ガイペン』に残る。」
6発の大型対艦ミサイルは、前触れもなく全ての空母の機能を失わせていた。防御力の低い小型空母のうち一隻は爆沈、もう一隻もみるみる傾きを増している。残る4隻の『ガイペン』級も甲板を炎上させながら盛大に黒煙を上げ、船脚を落としていた。
「救助が終わり次第全艦進路西へ、撤退だ。」
爆弾や燃料などの可燃物をボロボロと艦尾から海に捨てる、傷ついた巨艦に寄り添うように駆逐艦が動き出したとき、通信兵が叫ぶ。
「哨戒機より入電!『敵ミサイル艦隊へ急速進行中』」
「レーダー!何か見えたか!?」
艦長が艦内電話で怒鳴った先、電探室のスクリーンは白いノイズにまみれていた。
「レーダー使用不能!おそらく妨害されています!」
簡易的な電子戦能力をもつ『涼風』からの電波妨害に、半ば悲鳴のような報告が伝えられる。
「目視かっ、対空戦闘よーい!」
迎撃に出るべき戦闘機は格納庫内で燃え、上空援護の術を失った艦隊はそれぞれの対空火器を東へ向ける。
輪形陣の先頭に立つ、『ヒエイン』級駆逐艦『シーメル』も艦橋上の射撃指揮装置と5門の12.7cm速射砲を旋回させていた。
さらに、ワークホースとして防空能力を高められた『シーメル』は魚雷発射管を1基下ろすかわりに機銃を増設し、各所に40mm連装機銃を5基と各所に張り出したスポンソンに20mm単装機銃を多数備えている。
「2時方向低い!」
レーダーを封じられた艦隊の速射砲が光学照準で砲弾を撃ち出し、『シーメル』の12.7cm砲も洋上へ次々に黒い花を咲かせる。
——ドドッ
「あたれあたれあたれ!」
速射砲の統制官はミサイルを射撃指揮装置のファインダーで追いかけ、祈りを込める。
しかし近接信管の電波が海面に乱反射し、見当はずれの場所で炸裂する砲弾。ランダムにプログラムされた回避機動をとるASM-3Bは蛇のようにうねり迫る。
「落とせ——っ!」
砲雷長の絶叫とともに、最期の抵抗に半狂乱で機銃の光弾がばら撒かれるが、それをあざ笑うかのように対艦ミサイルは舷側を喰い破った。
電磁装甲すら持たない駆逐艦『シーメル』はたっぷりと残ったミサイルの燃料と弾薬に引火、上部構造物を弾けさせ浮かぶ巨大な松明と化した。




