敵は眼下に《上》
墜星暦5945年秋 陽没海(旧東シナ海)Y島沖
地球においても日本の最西端に位置していた島は、『連邦』星泉大陸に最も近い場所の一つになっていた。
その沖合、かつてシナ海紛争で戦場となった海を灰色の艦は進む。
星泉旗を掲げる『連邦』海軍、陽没海艦隊第十三航空艦隊と大西海艦隊第十二航空艦隊の連合艦隊。空母6隻を中核に据える空母打撃群は壊滅した第一艦隊の穴を埋めるため、サーフォーク基地を目指す。
「戦艦一隻にか…。だが、第一艦隊が失われたのは事実。」
旗艦、空母『ガイペン』に座乗するアン・フォト大将は作戦室で言葉を吐いた。
「同格の潰し合い…時代遅れの戦艦風情を沈めて、いい気になるなよ…ニホン海軍。」
統合参謀本部は士気が低下することを恐れ、海戦で第一艦隊が失われたこと以外を隠蔽していた。
そのためフォト大将は200を超える作戦機が『むさし』一隻に葬られたことをまだ知らない。すべてはサーフォーク到着後、口頭で伝えられる手筈だった。
作戦室の壁に張られたボードには空母6隻、軽巡4隻、駆逐艦22隻の第十二、十三航空艦隊に地方警備隊のフリゲート4隻を加えた連合艦隊36隻が二つの輪形陣を描く。
機動部隊の護衛艦艇最大の砲装艦が軽巡という編成は、『連邦』海軍内の航空主兵派と大艦巨砲派の対立を暗に示していた。
航空機の高性能化、対艦ミサイルの実用化で着実に主力は戦艦から空母に移り変わるだろう、というのが近年の流れだが、星央大戦以来大規模な海戦がない以上憶測は憶測…今だに空母の能力に疑問を抱く者も多い。
フォト大将の胸中はまだ見ぬ日本海軍への敵愾心、そして活躍の場を与えられた喜びに満ちていた。戦艦を王座から蹴り飛ばし君臨する次世代の艦種とドクトリン、彼女は麾下の艦隊が勝利することに一片の疑いも持たなかった。
戦力の温存、短期戦と異星の国を無傷で手に入れることをいまだに望む統合参謀本部は、陸上への攻撃をしないよう厳命していた。
しかしフォト大将は安全な星泉大陸沿岸ではなく日本海軍を誘うように南西諸島寄りの進路を取り、そして艦隊の周囲には、索敵機の『アクィラⅣ』が日本の船を求めて放射状に広がる。
配布された資料に載っていたのは敵艦艇の貧弱な武装…単装砲数門に小さく頼りないレーダー群。
——艦の控えめな武装…戦艦に予算を吸われたか。行き掛けの駄賃にでも手柄を増やせるな。
休日に農薬の噴霧器片手で庭に湧いた虫でも駆除するかのような軽い心持ちで、彼女は艦を進める。唯一の懸念は陸上からの攻撃機だったが、6隻の空母が制空戦で打ち負けるとは考えていなかった。
あまりにも目立つフォト大将の艦隊は、目論み通り『彼女』の広げた網にかかる。
◆◆◆◆◆◆◆◆
哨戒飛行をしていた日本空軍第304飛行隊のAF−3自律戦闘機『涼風』は友軍ではない機影を捉えた。
「未確認機ヲ探知、確認ニ向カウ。」
搭載AIが南西航空方面隊へ報告を入れ『涼風』は滑らかに旋回すると急加速、細く雲を曳いて空を昇る。
敵本土に近いため、有人機を危険に晒す可能性を考えた空軍は、能力は劣るが哨戒機ではなく自律戦闘機『涼風』を巡回させていた。
レシプロ機を追いかけた先、綿雲の合間に垣間見えたのは白い航跡を描く巨大な二つの円…中央に空母を固めた大規模な空母打撃群だった。
「——解析。」
「国籍識別『連邦』。これはこれは大艦隊だね、撤退の陽動かな?」
南西航空方面隊を統括する電子の神は無人機の赤い瞳を通して空母打撃群を見下ろす。敵はステルス戦闘機の『涼風』に気づくことなく航行を続けていた。
この報は戦術ネットワークで防衛省中央指揮所の幕僚RTDシステムに届けられ、迎撃には戦力が不足すると判断した空軍は海軍に協力を仰ぐ。
「——沖縄及び九州全域に警報を発令。」「——陸軍各地対艦ミサイル連隊は現在待機中。」
国防軍の全てが集約する中央指揮所、敵空挺兵の掃討が終わったあとも俄作りの要塞めいて厳重に防護される防衛省本庁舎の地下、指揮所に詰めるオペレーターを見下ろす強化ガラス張りの最上段ミーティングルーム。停電しても混乱しないよう元々薄暗い地下の部屋。居並ぶ野戦服の迷彩に銀髪碧眼白衣の少女はポツリと浮かぶ。
襟に桜花が縫い付けられた佐官将官の厳めしい顔に囲まれても少女は動じず、臆さない。むしろ電子の神RTDシステムのホログラムは、生徒を前にした教師のようにガラス下の巨大な戦況卓を指す。
「——依然として進路、速度変わらず。輸送船などを伴っていないことから、二面作戦を考えてではないと思われます。」
「示威攻撃が目的か…。しかしなぜ空母を固める?分散した方が我々の手も割かれるというのに。」
無人の瞳から送られる映像の説明を人ではないモノから受ける将官は眉をひそめた。
「不明です。しかし、いずれにせよすべて洋上で撃破します。承認を。」
「——よろしい。」
海、空それぞれのシステムを統括する二人のRTDは、P−1哨戒機とAF−3無人戦闘機を主体とする迎撃案を作成、すぐさま決裁が下りた。
そして指揮所の足下、防衛省最奥部に据えられる黒々としたサーバー群内部の仮想空間。筐体のスリットから時折、クラキ=ニューロン発火反応の蒼い光を漏らすそこには並列思考する陸海空のRTDがひしめき、詳細が詰められ各方面に指示が飛ぶ。
「はい、電子承認。」「確かに受領、どーも。さあ?いずれにせよ近づく者は排除するのみです。」「現在、佐世保から地方隊の『ちくま』『とね』が急行中。海保の巡視船と万一の後詰めに入ってもらう。」「フリゲートかー、第2火力投射護衛隊群は間に合わせないね。」「また、情報軍の本霊さん呼ぶ?」「忙しそうだからいい。第2には後始末を任せる。」
火力投射護衛艦『やまと』が従える『あおば』『なち』『いそかぜ』『はるかぜ』『いそなみ』『うらなみ』『ゆづき』は艦砲射撃を主体とする強力な水上打撃群だが、磁気嵐が艦のクラキ=ニューロン発火反応を乱し艦載RTDシステムはまだ手術の途中にあった。
そのため戦闘には不安があると判断され、第2火力投射護衛隊群は援護にまわる。
「まあ、もともとウチの任務だしねー。いってらー。」
第5航空群RTDシステムの鈴を転がすような声に見送られ、第一迎撃隊の海軍P−1哨戒機8機と空軍AF−3無人戦闘機4機、空色と黒色の機体は内に破壊の矢を秘めて基地から飛び立った。




