『連邦』星央大陸派遣軍司令部
墜星暦5945年秋 日本国N県N市『連邦』軍星央大陸派遣第一軍司令部
S川河口、N市中心部の海岸にほど近い空港に元星央大陸派遣第一軍…現ニホン侵攻第一軍は司令部を置いていた。
高射砲陣地や天幕が整然と並ぶ滑走路の隅で何人かの女性たちが険しい顔で残骸を見つめている。その中の野戦服の階級章に銀のマスケット銃が三つ輝く彼女は、『連邦』ニホン侵攻軍の最高指揮官リサ・リージ中将。
残骸は日本陸軍、普通科随伴仕様の43式自律戦闘車。奇跡的に撃破した機体を分析のため、ここまで運んできたのだった。
「酷いもんです。コイツにだいぶ喰われたそうですな。」
「ああ、こんなチビにだ、詳しく頼む。」
説明を求められた、召集前は自動車技師だった特技軍曹は乾いた唇を舐め、続ける。
「閣下、まず言っておきますがコレに人は乗っていません。」
軽自動車より少し小さい程度の車体に虫のような4本の細い脚と人間そっくりの2本の長い腕、車体の上には35mm機関砲塔と12.7mm機銃、軽対戦車誘導弾の発射機を載せている。また車体下部の腕は、銃床のない小銃を握ったままダラリと下がっていた。
「リモコン操縦、『セルス号』と似たものと考えていいか?」
リージ中将はコストや技術的問題から、開発中止となった無線操縦の装甲車両を上げた。
「セルスをご存じでしたか、話が早い。コイツはそれの遥か先を進んでいます。」
軍曹は『大菱バイオミメティクス・テクニカ株式会社』の銘板が貼られた装甲板をこじ開け、中身をライトで照らして見せる。
「全くわけの分からない…とまではいきませんが、我が国で再現できる代物ではありません。」
大陸一つという広い国土から発達した自動車産業の先進国、ひいては工業先進国を自負する『連邦』だが地球製の装脚車両を理解するには早かった。
「内部の構造は説明が面倒です、例えばこれがわかりやすい。」
工具の規格違いに苦戦しつつ取り外したのは、人間の腕を精巧に模した下部マニピュレーター。
軍曹は足でそれを踏むと中身を引き抜いた。外殻からカニの身のように出たのは、青い人工血液にまみれたバイオ工学の産物、白い半生体人工筋肉。
「コイツの異常さは私にもわかります。何かの生き物なのか何なのか、後で先生に見てもらいましょう。」
ビチャリと酸化した粘度の高い人工血液を垂らし、生命への冒涜を感じさせるマニピュレーターに中将は吐き気を催した。
流行りの空想小説に生身の身体に機械を取り付けて人間を強化するものがあったが、目の前の兵器は機械にヒトの腕が生えている。その意図が中将にはつかめず嫌悪感をおぼえた。
「ああ、後で軍医を呼ばせよう。」
マニピュレーターを捨て置いた軍曹は、説明を続ける。
「『セルス号』の武装は操作の問題から機銃一丁と発煙弾がせいぜいでしたが、コイツは機関砲に機銃、対戦車ロケットと腕まで付いています。」
「それを難なく扱える操縦装置と手練れの操縦手か。勝手に動くわけもあるまい、無線の通信範囲は?」
「分かりません。しかし、コイツが暴れたときに目視で操縦できそうな場所、半径3キロに敵は確認できませんでした。」
「しかし、脚は精密な操作が必要だ、セルスよりも操縦装置は大掛かりになるはず…敵地であちこちとは動けな…そうか、コレだ。」
車体を調べていた中将は、砲塔上の複合センサー眼に気付く。
「テレビジョンか。これはカメラだ。これで我々を——パンパンパンパンパン
光を失った赤い人工の眼を覗き込んだ中将は腰の拳銃を抜くと、蜘蛛のような複眼レンズを全て撃ち抜いた。
『連邦』でもテレビ放送は始まっているが、受像機は高価で富裕層にしか手の届かない代物だった。
「覗き魔め、本国で解析させる。」
銃声に駆け寄って来た警備兵に43式の残骸を輸送機で本土に運ぶよう指示した中将は、銃をホルスターに戻し手汗をそっと拭う。
映像付きの遠隔操作システムは『連邦』でも構想、実験段階のものが存在している。しかし、ミサイルなどを上下左右に操作する程度しか技術は追いついていなかった。
「まさか、こんな小さい物がカメラですか?」
実際にはカメラとサーモグラフィー、レーザー距離計、超音波探査機が一体になった複合センサーだが、それでも彼女たちの知るものより遥かにコンパクトな大きさだった
「ああ、おそらくな。コレは何だと思う?」
中将が訝しむ軍曹に見せたのは黒い板。胸ポケットから出したそれは、スマートフォンだった。電源ボタンを押した中将は画面をなぞる。
「超小型のテレビだ。多くのニホン人はこれを持っていた。受像機でこれなら送信機の大きさもそれなりのはず…。ん?クソッここにもか?!今すぐ同じものを没収しろ!覗かれ放題だぞ!」
手の中でスマホを触っていた中将はふと、裏面に小さなレンズがはめ込まれているのを見つけた。それが意味する事の重大さを悟った中将は、参謀の一人を市民を収容している学校へ走らせる。
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「バレちった。いや、誰か教えたのかな?さて参ったなー。」
山梨先端技術研究所サーバー内の仮想空間、床と机のみが存在する殺風景な空間。そこに浮かぶ多数のモニターに表示される《SIGNAL LOST》を前に脚を組んで座るのは電子の神。彼女は銀髪をかきあげると紫のポーラータイを緩め、言葉とは裏腹に笑った。
GPS衛星を失ったため位置情報こそ得られないものの、街中の防犯カメラや情報端末に根を伸ばす電子の神RTDシステムは万の目と千の耳を持っているに等しい。
「しゃーない情報軍か特戦群に探らせるか。あと、また『むさし』にも寄らないと、ボクも身体が欲しいねぇ。」
大菱で開発している戦闘人形の中間報告ファイルを机のキャビネットに放り込むと、白衣を翻し防衛省の分霊、国防軍RTDシステムのもとへ向かった。
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夕闇が迫り、集められたスマホやタブレット端末が焼却されるころ、空港施設内の第一軍司令部リージ中将の執務室には直談判する者がいた。
「閣下!トーキョーでは空挺兵が孤独に戦っているのです!合流を諦められたのですか?!我らに出撃許可を!」
机を叩き、聞き飽きたことを喚く部下にリージ中将は辟易していた。
「しかし少佐、ここから首都トーキョーは列島の反対側、徒に進めば砂漠に水を撒くようなもの。足止めを食っている以上第二陣の到着まで待つべきだ。」
不服げな顔をしながらも諭された少佐が退室したあと、中将は横のテーブルに置かれた品々を見て呟く。
「我が物にできるか、コレに潰されるか…。」
電波を遮断する金属ケースに納められたスマホ、3Dホログラムの入った紙幣、2種類の金属が嵌められた硬貨、ノートPC、ソーラー充電の電卓、腕時計——。高い技術力を示す物が並べられていた。
「ある程度占領地を広げたら講和を打診すべきだな、泥沼にはまりかねない。」
鹵獲品と一緒に輸送機で送るため、統合参謀本部への上申書を書こうとしたときだった。
「閣下!ここにいらっしゃいましたか!本国から緊急電です!」
ノックもなくドアを破らんばかりの勢いで入ってきたのは、通信担当の将校。手にはクシャクシャの電信を握っている。中将がそれを読むよう促すと、紙のシワを延ばし吃りながら彼女は内容を読み上げた。
「『海軍陽没海艦隊第一艦隊及び、陸軍上陸第二軍はか、壊滅。だ、第三軍を編成中につき、第っ一軍は現占領地点を固守せよ。』い、以上です。」
報告に中将はタイプライターの指を止める。
「なんてことだ…、第二の残存は?」
「…ゼロです。…船団は駆逐艦2隻を残し輸送船も含めて全滅とのことです。」
通信担当の将校は小刻みに震え、口をつぐんだ。
戦艦4隻を主力にする艦隊に護衛された船団の壊滅。開け放たれたドアから秋の冷気と共に、その衝撃が中将に吹き込んだ。




