駆ける騎兵
墜星暦5945年秋 日本国S県I市及びS市
『リントヴルム01、離陸。』
敷地のほとんどを基地名に冠する市の隣市におく日本空軍I基地。迷彩塗装の輸送機が並ぶ誘導路から、黒い電波吸収塗料の塗られた重ティルトローター輸送機が飛び立つ。
「自前で輸送機を持ってるだけあって早いな。陸軍の即応連隊が集まるより早い。」
「大丈夫ッスかね?重装備は置きっぱなしで。」
雲の中へ消える輸送機を見送った整備員の目線の先には、放置された重迫撃砲や43式自律戦闘車。吊り下げる手間や載せる手間を惜しんだ831中隊が残していった装備だった。
「次の機に載せるとさ、ボヤボヤするな陸の連中が来た。」
大型トラックやバスから吐き出される陸軍即応連隊の自動甲冑を輸送機へ誘導しながら、整備員は雑談をやめた。
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「貴様ら!忘れ物は無いな!?」
アサルトライフルと振動軍刀を背に掛け、揺れる機内で関節固定もせずに仁王立ちする自動甲冑は情報軍第83連隊第1中隊第2小隊長 花谷少尉。
「お嬢!大砲が足りません!」
機内を埋める弾薬や火器の隙間から、隊員の一人が勢いよく手を挙げる。
「ん〜?後ろから重迫でチクチクするのが、貴様らの趣味か〜?」
「「「NO!近接上等!」」」
「我らの武器は?」
「「「ペンにはあらず!銃と剣こそが我が相棒!」」」
腕部装甲の防楯に描かれた『桜花に交差する本とペン』を真っ向から否定するような言葉。アサルトライフルや対自動甲冑ライフル、振動軍刀、各々の装備を振り上げ831中隊の兵士は口々を揃える。
諜報部門の71、72、73連隊で手に負えない存在を消し去る、実力部門の81、82、83連隊で唯一の空中機動強襲部隊は、諸事情で元の居場所を外された者たちが集められている。
「大変よろしい!他に質問のある者は?」
「隊長、ウチの隊長の中身がカラッポです!見当たりません!それと目的地はどこでしょうか。」
ヘルメットを持つ隊員の横、行儀よく座席に固定された小柄な自動甲冑の中は空だった。
「おっ貴様は8311の、稔茂は北陸に出張中だ。そして目的地は、K発電所!引きこもりの特科連中と、ついでに迷子の稔茂の迎えだ。アイツめ、コレより小っちゃい豆鉄砲しか持って無いんだぞ。」
花谷は、腰の45口径自動拳銃を叩く。人体には十分な威力を持つ銃も自動甲冑の装甲には力不足だが、牽制用に銃弾で『殴る』鈍器としてこの部隊では愛用されている。
831中隊が向かうのは、戦場。そして稔茂は、そこには非力な22口径を以前所属していた71連隊時代から愛用していた。
「我々も、護衛機も連れない突入とはゾッとしますな。お嬢、今回の交戦規定は?」
花谷の横で腕を組む古参の隊員が尋ねる。護衛と火力支援用の自律化攻撃機は磁気嵐でクラキ=ニューロン発火反応が消え、I基地の格納庫に放置されていた。
「『すべての障害を排除し特科と合流、発電所を確保せよ。』だそうだ。前線は陸軍に任せる。」
「発電所を押さえて、その間に前線が崩壊したら特科連中と心中ですな。」
「使い捨ては覚悟の上さ。そのときは、——精々暴れてやるよ。」
振動軍刀の予備バッテリーやマガジンをポーチに差して、花谷は湧き上がる興奮を洩らすように唇を歪めた。
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「偵察隊の消耗が激しいだと?」
指揮車へ届いた報告にリージ中将は、葉巻の火を揉み消す。狭い装甲車の小さなハッチから白煙が吸い出されていった。
「はい…対戦車ロケットを乱射する化け物が出た、などと要領を得ない連絡を寄越すばかりで…。」
「予定通り前進できればそれでいい。元々『レプスⅣ』の装甲などあてにならん。」
攻勢での機甲部隊の損害は予想の範疇、相手が待ち構える場所に進む以上当然だと考えていた。
「はい、そのため『テストゥードⅡ』を先頭に前進中です。」
進軍速度は落ちるが、重戦車を正面に押し立てた『連邦』陸軍第一機甲師団は、弾切れで撤退する日本陸軍第30普通科連隊の後を追う。
「敵主力が出てくる前に前線を押し上げる。しかし、星央大戦のマトロナ会戦『帝国』軍の二の舞は避けたいところだ。」
かつて、『連邦』の位置する星泉大陸から陽没海を挟んだ、星央大陸での戦争の方向性を決定させた会戦。『共和国』へ侵攻した『帝国』は、短期決戦を目指して首都に迫ったが、北陽没海同盟派遣軍がこれを撃退して5年にも及ぶ泥沼の塹壕戦に陥った。
「閣下、向こうに同盟派遣軍は無く、こちらには第一艦隊に護衛された増援があります。」
「弱い者虐めか、落ちたものだな気に食わん。憲兵と保護局のバカ共に略奪、暴行の禁止を徹底させろ、これ以上星央諸国に叩かれる材料を増やすな。今回はさっさと終わらせて年末の月降祭には帰りたい。」
『男性資源の保護』という名目上、規律を守るため今回の侵攻には憲兵隊と男性保護局の保護官が大量に動員されていた。我が物顔で師団内をうろつく保護官たちには当然、いい気はしない。
本国の政府や統合参謀本部への不満を洩らす中将を乗せて、装甲車は秋空の下、平野を進む。
「ハハハッ!化け物も我々に恐れをなして逃げたな!」
大破した『レプスⅣ』の残骸を横目に、指揮用『テストゥードⅡ』重戦車に乗る大隊長は笑う。彼女は、高射砲が原型の90mm砲とそれに対抗しうる重装甲に絶対の自信を持つ。
配備が始まったばかりの『連邦』陸軍最新鋭戦車は予算の都合上、いまだ第一機甲師団にしか配備されていなかった。
「しかし、静かすぎます…。何かに見られているような…。」
頑強に抵抗していたはずの、日本陸軍が消えたことを副官は訝しみ、そして何処からかネットリとした視線のような感覚を覚えた。
「心配するな!海軍の航空隊が掃除する手筈だ、上さえ抑えれば問題無い。なぁに月降祭までには帰れるさ。」
「しかし、本土の機も一応航続距離内とはいえ、近場には空母一パイ…第十一航空艦隊の搾りカスですよ?砲兵も少ない、まるで——」
援護する航空機が空母ごと、ほとんど星央大陸へ派遣されていることや、迅速な上陸のため砲兵隊が削られていることに、不安を感じた副官は開いたハッチから空を見上げる。
「ん?」
秋空に浮かぶ黒点。——それが、弾けた。
K発電所の155mm電磁火薬複合砲、女神の鍬は地を這う騎兵に振り下ろされた。
鋼鉄の雨、対地フレシェット弾、不発弾の恐れがあるクラスター弾の代替兵器は、ダーツの矢のような形をしている。空中で撒かれた鉄矢は、惑星の引力に従って落下。非装甲、軽装甲の兵士や車両に容赦無く洗礼を授ける。
死の風切り音、本格的な装甲を持つ戦車などはこれに耐えるが、悲惨なのは兵員輸送用のトラックだった。
「砲撃だッ!伏せろ!」「畜生、車の下に隠れろ!」
オープントップか、良くて幌程度のトラックに榴弾混じりのフレシェット弾は降り注ぐ。
「ああああァァー!」「腕、腕どこ!?」
切り裂かれ、撃ち抜かれた兵士は異国の地に血を染み込ませ、下手な小銃弾より威力のあるフレシェット弾は安価に兵士たちを薙ぎ倒した。
「どこからだ!いや、いい!山に隠れろ、全車西へ!海軍に支援を要請、敵砲兵を黙らせろ!」
頭部を打ち砕かれた副官を車内へ引き摺り込むと、矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「友軍砲兵は上陸地点から前進していない。叩けるのは海軍の爆撃機だけだ、それまで耐えろ!止まるな!敵砲兵の座標が判り次第『テストゥードⅡ』で破砕してやる!」
大隊長は下がらず前へ進むことを選んだ。懐に飛び込みさえすれば制圧できると判断、——この短時間で展開できる火力などたかが知れている。と信じて随伴歩兵を減らしながら、スピードを上げて砲弾を浴びる戦車大隊は山地を目指す。
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「榴弾はそろそろ在庫切れが近いな。だが内地でなるべく不発弾を出すわけにはいかないとはいえ、フレシェット弾では決め手に欠ける。」
第30普通科連隊から私物の携帯電話で入る観測報告をペンで突きながら、K発電所陣地特科の指揮官は眉間に皺を寄せた。
「大落角で射撃して貫通力を上げますか?それとも対宙自律弾を使いましょうか?私が少し弄れば地上目標も認識可能です。」
「いや、仰角を上げるとバラけて当たらんだろう。しかし自律砲弾は高い。」
高い放物線を描けば、それだけエネルギーは大きくなるが着弾誤差も大きくなってしまう。しかし1発数億円の対弾道ミサイル用砲弾はコスパが悪い。そして補給も危うい未知の世界、貴重な弾種は温存しておきたかった。
「森に隠れて動きが止まったら、高仰角でフレシェット弾を撒いて、あとは外の連中に任せよう。」




