女神の鍬
ドォォ——ン
衝撃が発電所を揺るがす。155mm砲塔に直撃はしなかったものの、250kg爆弾は地面に焦げたクレーターを空けた。
「被害報告!」
鋭く声を上げた指揮官に、銀髪を煌めかせながらRTDシステムが反応する。
「第一砲台至近に着弾!損傷なし!射撃に問題はありません。」
砲塔さえ無事なら戦闘は行える。今、この瞬間において人員の損耗は些事に等しい。必要ない報告をRTDはしなかった。
「各砲の射撃を許可!堕とせ!民間回線でも構わん、司令部に打電『鍬の女神は岩戸の内へ』。」
武力攻撃を受け、拒否体制に入ったことを東部方面隊司令部に伝えるよう指示した指揮官はモニターを睨む。これから適用されるのは冷酷な引き算、隣接する市街地を瓦礫に変えてでも発電所を守り抜くことが彼には要求される。
そして、警報の発令されていない市民もこの引き算には含まれていた。
複合装甲の頬を焦がされた155mm砲塔の咆哮、青白いプラズマが天を衝き、光学照準の対空射撃が、時期はずれの花火を咲かせる。
◆◆◆◆◆◆◆◆
『外した!もう一回!』
『待てラピ4!離脱しろ!』
他の目標に機銃掃射を浴びせようとしたラピ4は、僚機の制止を振り切って再度反転。20mm機関砲の発射ボタンを押そうとした瞬間——至近で咲いた黒い花火に根元から主翼をもがれた。
『ラピ4!クソっ!』
翼と主を失い錐揉み状態に陥った彼女の『ファンディトⅤ』は中身を撒き散らしながら、民家や商店が密集する市街地へ墜落、皮肉にも自身が落とした爆弾よりも大きな被害をもたらした。
『あそこだ!ぶっ壊せ!』
僚機を撃墜された『ファンディトⅤ』3機が仇討ちと言わんばかりに隊長機を先頭に急降下、命中率の高い一列単縦陣での爆撃、機体が悲鳴を上げ震える機内で『ファンディトⅤ』搭乗員が感じたのは、閃光と熱。
——眩しい、と思ったときには既に近接防御光線砲の熱線に貫かれ、その身と機体を灼かれていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
発電所から爆発音がしたという通報を受けた警察だが、隣市での大規模な暴徒発生の報せに応援要請を受け、人手を割かれていたため所轄署は一台のパトカーを先行させる。
「この忙しいときに…。」
「また事故ですかね?再稼働したばかりなのに、電力会社は何をやっているんだか。ん?」
発電所のゲートに赤色灯とサイレンを鳴らして駆けつけたパトカーを出迎えたのは、銃口。地面の溝に差し込まれた防弾壁とバリケード、土嚢の狭間から重機関銃やアサルトライフルが向けられた。
『止まれ!』
拡声器に怒鳴られた二人組の警官はパトカーを止め、無意識のうちに腰へ手を掛けながらゲート前の防御陣地に大声を返す。
「県警だ!何事だ!」
『それ以上近づくな!身の安全を保障できない。』
監視塔付きの刑務所のような高い壁に沿って、ゲートに向かおうとした警官は、自分を狙う無数の銃口に気づき、身動きを止める。奥からは手動モードの43式自律戦闘車までがこちらを覗いていた。
腰の38口径リヴォルヴァーと相手の35mm機関砲、圧倒的な差がかえって警官を冷静にさせた。
『こちらは現在、拒否体制にある!ここに構うな避難誘導をしていろ!』
「戦争でも始まったのか連絡も何も——」
そのとき、ポケットの端末が耳障りな通知音を鳴らす。年単位ぶりに聞くブザー音、警官が開いたエリアメールの文面はこうだった。
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《国民保護に関する情報》
現在、不明武装勢力の攻撃下にあります。頑丈な建物や地下へ退避してください。
対象地域:日本全域
日本政府 防衛省RTDシステムメッセージ
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素っ気ない、だが本能的恐怖を煽る文面。国防軍の山梨先端技術研究所に座す対弾道弾広域即応防空AIからの自動メッセージ。調声もされていない無感情な合成音声もそれを読み上げる。
遅まきながら状況を理解した警官は、パトカーに戻り慌てて署へ連絡を入れる。
『状況は、わかりました。——はい、残ります。原発は軍が——ええ、了解。』
パトカーを降りた警官は手を口に当て、また大声で呼びかける。
「人手が足りない!避難誘導を手伝ってくれ!」
『それはできない!我々の任務はここの防衛だ。』
返ってきたのは、突き放すような言葉。駐屯する東部方面隊直轄陣地特科の任務はK原子力発電所の防衛で、その外は第12旅団隷下の第30連隊と第2連隊の管轄だった。
また、兵種的にも陣地特科は外で活動できるほどの普通科を有していない。情勢の悪化に伴い警察の原発特別警備部隊から引き継いだ任務、あくまでも発電所の防衛が主任務で、その他は第12旅団に任せられていた。
冷たいようだが、国防軍は情では動かない。淡々と課せられた任務を果たす兵のみが求められる、要地に駐屯する部隊に情に流される無能者は存在しない。
「上が連絡のため残れと言ってきた!そっちへ行っていいか?」
『待て、確認を取る。』
少し時間をおいた後、ボディチェックを受けた警官たちは腰の38口径リヴォルヴァーと警棒を預けて、パトカーをそのままに発電所のゲートをくぐった。
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「30連隊と2連隊から支援要請です。N市では戦車を確認した模様、2連隊はS川沿いに後退中とのことです。」
「J市の30連隊に観測データを貰え。N市は155mmでも射程圏外だ、2連隊はどのみち下がってもらわんと支援はできん。」
RTDと指揮官は、肩の『鍬を担ぎ敵を耕す戦場の女神』の部隊章を並べて、3D戦況図を指す。だが、ネットワークが寸断されている以上、そこにはわずかな情報しか記されていなかった。
「まあ、外は12旅団の領分だ。支援砲撃は行うが、それよりもこれだ、これが『天手力男』だ。」
先程、執務室の金庫から取り出した今どき珍しい封筒、救援部隊のリストを指揮官は指で叩いた。
「身内ですらないとはな…。」
その中身、機密保持のため紙の書類に記されていたのは、情報軍第83特装連隊。旧自衛隊に前身を持たない外様の、情報軍空中機動強襲部隊だった。
「RTD、実家の連中が迎えに来てくれるぞ。」
「いいえ、私は陸軍の所属システムです。オリジンとは所属が違います。」
顔をほころばせる指揮官とは対照的に、硬い顔でRTDは製造コードと『桜花と抜き身の刃』が刻まれた瞳をリストに落とした。
誤字報告に感謝します。




