旅行準備と戦況と
旧道を抜けた先のI市、少し前までは山奥の秘湯として知られていた元温泉旅館、そこに国防軍は前線拠点を置いていた。新道と高速道路、鉄道のトンネルは爆破封鎖済み、敵も戦略的価値を見出していない安全地帯というわけだ。
畳敷きの宴会場には、プロジェクターとスクリーンそしてホワイトボードが持ち込まれている。
座布団の上に座るのは831中隊の主要メンバー……なのだが、ほぼ全員浴衣姿なのは一体どういうことなんだ?何でみんな浴衣なんだよ、軍規はどうなっているんだ軍規は!
「風呂上がり、コレ正装。」
花谷、やりたい放題だなお前。これじゃどこかの社員旅行の団体様みたいだ。一応TPOには合っているのか?
「捻茂くん、君だけが831の良心だよ……。さて、集まったな。改めて変更のあった作戦の説明を行う。」
戦闘服なのは中隊長と俺だけか。まあ、いい。留守中何があったか詳しく聞かせてもらおうか。
「と、その前に現在の状況についてだ。」
照明が落とされ、スクリーンには国防軍統合戦略ネットワークの戦況図が映し出される。俺たち下っ端の使う戦術ネットワークの上位に位置するそれには敵主力の上陸地点、N県が拡大されていた。
「『連邦』軍はN県の県庁所在地N市に主力、師団規模の機甲部隊、ここのお隣J市に別働隊を展開している。更には首都圏にも空挺部隊が侵攻、まあこれは現在掃討中だ。」
待ておかしいぞ、上陸前に対処できなかったのか?海軍と空軍の哨戒網がザルなわけが無い。転移で偵察衛星を失ったとしても哨戒機やレーダーがあるはずだ。
「しつもーん!空軍と海軍は寝てたんですかぁー?」
俺の疑問を代弁するように手を挙げたのは花谷、こっちをチラッと見ると、ニヤリとしてウィンクを一つ、俺のためか悪いな。
「磁気嵐の影響だ。転移前に頻発していたが『あの瞬間』に最大の嵐があり、戦略ネットワークがダウンしてその復旧に手間取った。さらに仮復旧したところでもう一度、奇襲のタイミングにぶつかった。船団と艦隊はある程度把握していたが事前に『定例演習です』と通達があったからな。」
何という大胆さか、今から行きます、とご丁寧に教えてからの奇襲上陸とは。
さらに悪いことにEMP対策が施された軍用装備までダウンさせる規模の磁気嵐、影響は今も残っている、一部の戦闘支援AIがクラキ=ニューロン発火反応に不具合を起こし治療中だという。我が相棒もサーバーで深い眠りについている、今後しばらく彼女たちの支援は無しか。
日本上空のみで発生した磁気嵐ね、偶然か?陰謀論者じゃないが気象兵器を疑ってしまうな、もしくはサイコロを振る上位存在に嫌われているか。
「幸いなことに後続上陸船団と敵艦隊は海上で撃滅できている。この後、本州からかき集めた戦力で決戦ののち、N市奪還作戦を実行予定だ。」
県内の2個普通科連隊で、機甲師団と歩兵旅団相手に良く持ち堪えられたものだ。やはりあそこが要か、サラ二等兵が要塞と勘違いしていたK原子力発電所、そこの155mm隠顕式要塞砲とロケット砲がかなり暴れたらしい。空軍が海上の敵に忙殺されている間、普通科と連携してM市以北に敵を押し留めていたとか。
まさに『放てよ放てよ砲兵よ、鋼の鍬を振り上げよ、耕せ耕せ砲兵よ、女神の鍬は我にありーー』か。
しかしその代償に2個連隊は避難民の盾となり、書類の上の存在となっている。多少の航空支援があったとはいえ、数の差そして歩兵と戦車では分が悪い。
「我々は、敗走を装った友軍を追う敵部隊の後背を突く、後方を引っ掻き回したらそのまま東進、K発電所の隊と合流、状況に応じて西に戻り、反攻部隊と共にJ市内の敵を撃滅する。ここまでいいな?」
後続部隊が途切れて、現有兵力のみで首都圏侵出を目指しているのか南にミチミチ、北にスカスカの配置だ、831中隊と陸軍の別働隊で通り魔をするのに丁度いい。
「だが、ここからが変更点だ。花谷と捻茂の隊は樺太に行ってもらう。」
樺太北部某所の旧ロシア海軍基地、現日本海軍秘匿潜水艦基地にはロシアが残した潜水艦とN弾頭が保管されていた。航空写真には小さなヘリポートと倉庫が見えるのみだが、地下には潜水艦ドックと補給施設が設けられている。日本は例の戦争の末期、『第二次シベリア出兵』でここを手に入れた。
陸軍北端連隊と海軍基地警備隊がいたはずだが、どうなった?
スクリーンの戦略ネットワークがスワイプされ、画面が樺太へと移る。そこには見慣れぬ大陸と地続きになった半島があった。間宮林蔵が泣くぞ、こちらにも師団規模の機甲部隊を示すアイコン、なるほどな南部のT市の防衛で精一杯と。北海道の第2、第7師団主力は宗谷海峡で足止めを喰らい海軍の輸送艦でピストン輸送中か。
状況は分かった、だがなぜ情報軍が出る必要がある?陸軍特戦群や海軍特別警備隊はどうした?
「特戦群はK発電所内との連絡やN市内の撹乱、住民の救助などで忙しい。特別警備隊は規模が小さすぎる。それにーー」
あの弾頭は俺たちが奪ったもの。思い出した、旧自衛隊の指揮下に無かった頃の我々の最後の仕事、情報軍には奪った責任があるというわけか。
だが情報軍は諜報、情報操作、サイバー戦を専門とする軍だ。そこで貴重な実力部門の831に声が掛かったわけか。
さて、我が831中隊はイロモノが多い、諸事情で警察、消防、海保、国防軍から弾かれた奴ばかりだ。
余り物の人材を拾い集めた影響で戦闘スタイルも得物も様々、ちなみに俺は、将禿対死が開祖の奈良時代から伝わる武術、銃七乗乃拳法を修めている。他にも柔道、剣道、書道を足すと段数が二桁を軽く超える者、豪州陸軍射撃競技会の出場者など実力者が揃っている。
……今更だが、寄せ集めのごった煮じみた部隊だな。大丈夫か?




