日本国防陸軍 戦略要地L-138F
墜星暦5945年秋 日本国N県K市及びK村
二つの自治体にまたがるK原子力発電所、日本最大級の出力を誇る7基の大菱重工製核融合炉が首都圏へ電力を送る重要施設。
その一角に、テロリズム対策、有事への備えとして駐屯しているのは、陸軍東部方面隊直轄の陣地特科。産地直送の大電力を用いた電磁火薬複合砲や地対艦ミサイルが日本海を睨む発電所は、不穏な空気に包まれていた。
「何!?自律化装備に不具合だと!手動で動くのは——ああ、上と切り離された以上最悪を想定しろ。今日はおかしいぞ。」
ガチャリと、荒々しく受話器を置いた駐屯部隊の指揮官は眉間の皺を深くする。
指令室のモニターには《NO SIGNAL》の文字が並ぶ。磁気嵐はミサイルシステムと上位の戦略ネットワークを停止させ、方面隊司令部や他部隊との連絡網を寸断させていた。
「私はただのお喋りbotに成り下がってしまいました。不甲斐ない。」
緑がかった銀髪の上に迷彩の作業帽を乗せた仮想下士官のRTDシステムは憔悴した様子で、回線の復旧を試みていた。
「そっちはお前とお前の実家に任せる。今、第2と第30連隊に連絡を——。」
言いかけたとき、一般回線の電話機が鳴る。ディスプレイには隣市、J市の駐屯地の名前が表示されていた。
「俺だ、伝令を今そっちに——は?交戦中?要請や宣言は?——分かった、拒否体制に入る。空と海は?——音信不通だ?向こうもか。ああ、後でまた。チッ、情報軍めサイバー攻撃でも喰らったか?」
耳に押し当てていた受話器をまた乱暴に置くと部下を呼び、S市とJ市の駐屯地に向かった伝令に偵察を命じる。
「総員配置につけ!ケースA警報鳴らせ!市に連絡を避難要請だ。J市に正体不明の武装勢力が上陸した。あと所長、所長をここへ連れてこい。」
磁気嵐で発電所の防衛能力が下がっているタイミングでの武力攻撃、上級司令部との連絡が絶たれた今すべきことは一つ、指揮官は防衛体制に入ることを決意した。核を扱う性質上、近づく勢力は指定された部隊以外はたとえ友軍であっても『拒否』することが駐屯部隊には認められていた。
「やあやあ、お疲れ様です。一体何の騒ぎです?」
内線電話で呼ばれ警報の鳴る中、防災ヘルメットを被り、『所長』と大きく書かれたベストの胸ポケットに眼鏡を差した男が事態が飲み込めない、といった表情で指令室に入ってきた。
「所長、本発電所は現在武力攻撃下にあります。よって協定に則り、現時点を持って指揮権を接収させていただきます。」
指揮官は条項が記されたタブレット端末をグイと突き出した。
「しかしJアラートも出されていないのに何——。」
「今は時間が惜しい、ここが残っていれば説明しましょう。一秒でも早く避難を。」
「わ、分かりました。必要要員を除いて退避させます。」
老眼鏡を掛けて端末の文を読んだ所長は、出かけた——訓練では?という言葉を呑み込み、手順にのっとって職員をシェルターへと避難させるよう部下に伝えた。そして稼働中の核融合炉は、全てその反応が止められる。
「自律戦闘車、自律モードでの起動に失敗。空軍S島レーダーサイトとのリンクに失敗。SSM管制システム破損。作動していた電子装備は全て使用不能です。光学観測に切り替えます。」
レーダー類やクラキ=ニューロン発火反応を用いた電子装備は諦め、目視での監視と要塞砲群の点検を着々とRTDは始める。
「自律化装備とRTD直結兵装の類いは頼れないな…どこまで持ち堪えられるか…?」
発電所の敷地内ではゲートが封鎖され、高機動車改造の非自律化自走近SAMが展開、建物に偽装されていた76mm速射砲群も姿を現し、砲台の155mm電磁火薬複合砲もコンデンサに充電を始める。
そして、基地のレーダーと連携した対艦ミサイルや対空ミサイルを欠く、不完全な防護コンプレックスが組み上げられた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「いい。自由な飛行は久しぶりだな…。」
旧日本海…陽没海上の空母から発進した艦上爆撃機『ファンディトⅤ』は、上陸部隊の援護にあたっていた。対艦ミサイルの実用化で爆撃機不要論の芽も出始めているが、目標を見つけるための目は必要だ。
『ラピ4、無駄口を叩くな。地上に注意しろ陸の連中に手間をかけさせるなよ。』
偵察機の数を補うため、後部銃手兼通信手にカメラを持たせた爆撃機隊は、海岸部を沿うように北上。迎撃機どころか一発の高射砲弾も上がってこない、彼女たちだけの空が広がる。
「へいへい、隊長サンはうるさいねぇ。」
後続の第二陣が上陸するのに適した地点を求めて、写真を撮っていた『ファンディトⅤ』は高度計の針を下げ、山肌を舐めるような低空飛行でJ市からK市上空に入る。
「障害物か何かあったら、ついでに叩けと言われてもねぇ。」
眼下に広がるのは山、田畑、市街地。海岸砲や障害物のような防護施設は見当たらなかった。レシプロ機を珍しそうに見上げる市民に見せつけるよう『ファンディトⅤ』は翼を振る。
「あれも工場か何か…?ん、いや違う…!」
専用の埠頭まで備える海に面した、鉄塔や煙突が並び立つ広々とした敷地の工場と思しき施設。その隅に据えられたモノを目の良い彼女は見逃さなかった。
周囲の木々に埋もれるよう、グレーと緑の迷彩塗装を施された箱型の物体、それは紛れもなく砲塔!
「こちらラピ4、海岸砲を発見!破壊する!」
投弾タイミングを逃した彼女はそのまま上を飛び過ぎると、操縦桿を引きスロットルを最大へ、1800馬力級のエンジンの雌叫びに機体は傾きつつ弧を描き急上昇。
『ラピ4、どこだ!?教えろ!』
「うるせぇ!目印に落としてやるよ!」
旋回Gに身を潰されながら無線機に悪態をつくパイロットと機体は捻り込み反転急降下、翼端のダイブブレーキを開き猛禽のように獲物へ襲いかかる。
「吹っ飛べ!」
偵察飛行のため一発だけ懸下された250kg爆弾がアームから切り離され、地表へと吸い込まれていく。
◆◆◆◆◆◆◆◆
『こちらは日本陸上国防軍、不明機に告ぐ。この空域は飛行禁止区域である。だたちに所属と目的を明らかにせよ。繰り返す、こちらは日本陸上——』
予備の可搬式レーダーで飛行物体を発見した駐屯特科部隊は無線で呼びかけていた。しかし応答はなく、沈黙のみが返ってくる。
「シナ海紛争と同じ手でも使うつもりか…?いいか、絶対に撃つな。」
領空に侵入して威嚇を先制攻撃と見なし、攻撃を加える戦術。第2.8次世界大戦後のシナ海紛争はまだ国防軍の記憶に新しい。
「映像出ます。」
タクトを振るいRTDが示すディスプレイに映されたのは、ひどく時代遅れな…レシプロ機だった。星のマークと空色の機体に単発エンジン、そして無人攻撃ドローンには存在しない大きな風防ガラス。人命が最大のコストとなった2040年代の常識から見れば、低性能の有人プロペラ機など狂気の機体だった。
「有人機だと?どこのマニアだ?」
指揮官は想定外の機体に眉をひそめる。
敷地を掠め飛び去った不明機は突如として反転、風防をキラリと陽光に反射させ飛び込む先には——艦砲転用155mm電磁火薬複合砲塔。そして、黒い物体が落とされ——
ドォォ——ン
衝撃が発電所の監視カメラを震わせた。




