東京急行
少し時間が戻ります。
墜星暦5945年秋 日本国N県N市
「これで私らもクソ野郎の仲間入りだ…。『空澄み渡り、倉満たされる秋』か、落ちぶれたものだな。」
輸送船の上で、星央の収穫期に訪れる盗賊への警句を呟くニホン侵攻軍の最高指揮官リサ・リージ中将は、眼前の都市を睨む。
砂糖を目指す蟻の群れのように白い波を蹴立てて走る無数の上陸用舟艇、中将隷下のニホン侵攻第一軍は拍子抜けするほどあっさりと日本海側で最も首都に近いJ市とN市に上陸していた。
本来、彼女の隷下の一個機甲師団と一個歩兵旅団からなる第一軍は、西方の緊張が高まる星央大陸『帝国』と『共和国』との軍事バランスを保つために、陽没海を渡るつもりだった。
孤立主義が根強い世論を押し切った、同じ北陽没海条約同盟『共和国』への派兵、オペレーション・マークタイムを中止して与えられた任務は『不明勢力からの男性資源保護のための特別軍事作戦』、男性関係問題の執行機関『連邦』人口維持庁の護衛という名目でニホンなる国を強襲することだった。
砂浜に乗り上げた揚陸艦が、続々と『テストゥードⅡ』主力戦車や『レプスⅣ』軽戦車を装備した機甲師団を吐き出す。
それに対応する日本国防軍はわずか2個普通科連隊、陸軍即応機動連隊が駆けつけるまで決死の遅滞戦闘を行なっていた。だが海に面した都市での住民を巻き込んだ市街戦、不利を悟った国防軍は最終的にN市とJ市を放棄して山あいに撤退した。
「禍根を残すぞ…バカ共が。」
揚陸ボートに揺られ、兵士や車両で溢れる橋頭堡に上陸、海水浴には冷たい濡れた浜の砂をブーツで踏み締め、破壊された市街地を眺めながら中将は呟く。
「閣下、聞こえますよ。」
副官がチラリと目で指したのは、陸軍の野戦服とは異なる——警察官に似たグレーの色合いの制服を着た集団、襟に『剣を包む翼』の徽章が輝く彼女たちは人口維持庁と男性保護局の職員だ。
大統領直属の特務機関、国力の源たる人口を管理するためその権限は非常に大きい。今回も書類上では、文官ながら中将の第一軍を指揮下に置いている。
「ああ、犠牲は最小限に。この国の首脳部を制圧してさっさと降伏させなくては。」
表情を隠すようにヘルメットを目深に被り直すと、各種通信アンテナを生やした指揮用装甲車に乗り込む。
星央大陸への派兵すら反対の立場にあった中将だが、下手に引き金の軽いバカを送るよりはと、オペレーション・マークタイム指揮官に選ばれていた。
当然、突如決まった今回の侵攻にも気乗りはしない。だが、指揮官交代の時間もなくリージ中将が指揮を執っていた。
「リージ中将閣下乗車します。」
先に乗車していた本部要員は全員その手を止めて敬礼、定員オーバーの装甲車内は秋にもかかわらず人の熱気に包まれていた。
「お待ちしておりました。」
狭い指揮車の中で地図を広げる参謀は、青いペンで制圧範囲を塗りつぶしていた。
その地図が、情報部や測量部からではなく現地の書店から拝借したものだと気づいたリージ中将は、上層部の計画の杜撰さに心中で呆れる。
「なかなか良い港と飛行場を制圧できました。『コメートⅠ』どころか、『バーラエナⅢ』も着陸できますよ。」
それを知らずに参謀は、工兵の手間が省けた上、ジェット戦闘機や超重爆撃機が運用可能な空港と日本海側最大級の港を手に入れて、補給の心配がなくなったと喜んでいる。
「よろしい。補給拠点はそこに置く、司令部は主力と前進、この川沿いに南で別働の第10旅団と合流する。1033連隊のヒヨッ子共は第二陣と交代で帰らせるぞ。」
中将の指は、地図上のS川を遡るように滑り、隣県の県庁所在地がある盆地を叩く。
学徒兵が主力の部隊は足手纏いになると考えたリージ中将は、正規兵と早く交代させようとしていた。しかし、第二陣の内訳も早期兵役プログラムの学徒兵が多いことを中将は知らない。
「進路は確保できているか?」
「はっ、『レプスⅣ』が先行偵察に出ております。」
機甲師団の先鋒にあたる、軽戦車偵察小隊の兵棋が網を広げるように平原に展開した。そして、南部ではそれに追随するように主力戦車大隊が進む。
陸海空の総兵力20万でしかない島国の背骨をへし折る乾坤一擲の作戦、人口一億の半数が男性という冗談じみた異世界の国家。聖典に記されし楽園のような、あまりにも魅力的な餌に『連邦』は食いついてしまった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「山越えか、籠られる前に突破しなければ。」
偵察小隊の軽戦車『レプスⅣ』の砲塔ハッチから身を乗り出して、眼前に横たわる山脈を双眼鏡で覗き小隊長は呟く。
前世代の中戦車『テストゥードⅠ』の主砲を軽量化した76mm砲と、最大装甲厚25mmと薄いが良好な避弾経始を持ち合わせる『レプスⅣ』は農道を一列になって土埃を巻き上げる。
国道や高速道路などの主要な道路は避難車両で埋まっていた。車社会の地方で統制もなくバラバラな避難は、大渋滞を引き起こし道路を詰まらせている。皮肉なことに『連邦』軍はこれで細い農道や田畑などの足場の悪い進路を進むことになり、進軍速度は落ちていた。
「三流官能小説じみたふざけた国だな、山越えと…トーキョーまで何キロだ?」
後ろに続くハーフトラックや『レプスⅣ』が畝を踏み荒らすエンジン音を聞きながら、小隊長は頭の中で計算する。
「全車停止!橋だ。」
腕を振り上げた彼女の合図で車列は停止。そんな戦車隊を凝視する瞳が、平野に潜んでいた。
市街地から撤退した日本陸軍第12旅団第30普通科連隊の対戦車小隊は、対戦車仕様の43式自律戦闘車を田園の中に点在する林に隠していた。
磁気嵐で自律用クラキ=ニューロン発火反応の灯は消えていたが、操縦桿と遠隔操作眼鏡を被った操縦士が手動モードで指揮車から鉄の蜘蛛を操る。
「2個戦車小隊8両と随伴歩兵が接近中。」
『レプスⅣ』はS川支流に架かる橋の前で停車。トラックを降りた兵士が重量に耐えられそうか橋をチェックしている。
「よし、橋を塞げ。歩兵は35mmで散らすぞ。」
モニターに映る、一両ずつゆっくりと橋を渡る敵戦車。地面に伏せた43式自律戦闘車はエンジンを止め静かに、だか肉食獣のように鋭く蜘蛛のような複合センサー眼と、ミサイル発射機付きの砲塔を獲物に向ける。
「重MAT1番、2番捕捉。主砲弾種空中炸裂。」
赤外線カメラに無防備にもくっきりと浮かぶ戦車、橋の中央に位置するタイミングで操縦桿のトリガーは引かれた。
「後ろが詰まる、早く渡れ!罠など仕掛ける時間などないだろうに全く。」
無言の殺意に睨まれていることなど知らずに、橋を教本どおり丁寧にチェックする部下に小隊長は苛立っていた。なによりも速度が重要視される今回の作戦、時間は黄金より貴重だ。やがて、先頭の戦車が再び唸りを上げて動き出す。
「♪我〜らが騎兵の鉄の馬〜銃火の雨粒弾〜き逸らし進めよすす——」
進み出した戦車に満足して、歌を口ずさみハッチを閉じようと手を掛けた瞬間、
——業火が先頭の『レプスⅣ』の砲塔を貫く。




