星空の下で
墜星暦5945年秋 日本国 S県某所
「♪剣をペンで挫きしは〜三足の金鴉の——」
街灯もまばらな住宅街で夜間外出禁止令を破り、古い歌を口ずさむのは情報軍831中隊の花谷少尉。自宅が半壊したため、同僚の家に居候中の彼女は深夜の散歩に出ていた。
「…甘い。」
普段煙草を嗜むが、家主が嫌煙家だったので仕方なくココア・シガレットを咥えている。
ニコチンを求めた彼女は自主パトロールと称して、振動軍刀こそ持っていないものの薄手のコートの下に45口径自動拳銃を差してぶらついている。——22口径はお上品すぎる。これが彼女の弁だ。
「お、これはこれは。」
路地を曲がった先に公園を見つけると、嬉々としてポケットから煙草を取り出す。が、『禁煙』の看板を見てため息をつき、煙草とライターを戻す。
国家公務員として将校として、善き市民の手本と振る舞わなければならない。
口寂しさにココア・シガレットをもう一本咥えた花谷は、暗い公園をブラブラと歩く。
「変なもん好きだよなぁアイツ。不味くは無いんだが…。」
代わりにはならない、とぼやいてブランコに腰掛ける。キイキイ鳴るとご近所迷惑なので漕ぎはしない。
日付もまたいだ深夜、家々の明かりも消え公園は静まり返り、遠くから小さくサイレンが聞こえるのみだ。闇に沈む街は、異世界転移という異常事態を実感させないが、着実に国家存続の危機の足音は迫っている。
例えば、目に見える数字としては株価、転移が判明した時点で大暴落、『連邦』との接触で一時は持ち直したものの開戦で再び下落、兜町は阿鼻叫喚の渦と化していた。
他にも海外との貿易が止まり、核融合発電所の電力には余裕があるものの、日を追うごとに目減りする備蓄資源、石油、レアメタル、その他輸入に頼る消耗品、いくら節約に節約を重ねても限りはある。
政府は市場への強制介入、食糧合成プラントの全力稼働、石油や食糧の統制配給などで国難を凌ごうとしていた。
この国はかろうじて強心剤で拍動しているものの、止血もできず全身から血を吹き出しながら闘っている状態だった。
『連邦』以外の国とまともな接触ができていない現状、侵略者をN市から叩き出し、一刻も早く『連邦』を講和のテーブルにつかせるのが国防軍の使命だ。
N市奪還後にも講和に応じなかった場合は、海軍の戦略原潜から核弾頭の潜水艦発射弾道弾が『連邦』の都市を示威攻撃に灼く。
電子の神は開戦時から積極的にこれを薦めていたが、核保有は国民に極秘だったため政府は最後の手段に留めていた。
「これから寒くなるな…。」
これから冬へ向けて、電力や石油のエネルギー消費も大きくなる。飢えや物資不足で困窮した国民が仮に暴動でも起こせば、軍は同胞に銃を向けることになるかもしれない。
「前の本業はやりたくないなぁ…、上はウチに押しつけるだろうが。」
ボリボリとココア・シガレットを噛み砕き、——さて、帰ろうと立ち上がったとき、
白い光が公園のブランコと花谷を照らす。
『動くな!そのままゆっくりと膝をついて伏せろ。』
サーチライトを浴びせてアサルトライフルを向けるのは、都市迷彩の自動甲冑を装備した陸軍の兵士たち。傍では普通科随伴仕様の43式自律戦闘車が35mm機関砲を周囲に向けている。
残存『連邦』空挺兵狩りのパトロール、陸軍はN県の前線だけでなく首都圏の空挺兵掃討にも手を割かれていた。
「待て待て、同業者だよ。ほら。」
——35mmなんて浴びたら血煙になっちまう。樺太で12.7mm弾に両断された『連邦』兵が脳裏にフラッシュバックして、ゆっくりと認識票を取り出すと高々と掲げ、陸軍兵士に下向きに投げる。
「情報軍!?任務中失礼しました、少尉。」
『桜花に交差する本とペン』があしらわれたケースを受け取った兵士は、驚きつつヘルメットのバイザーを上げた。
「自主パトロールさ、第32連隊か自動甲冑持ちとは驚いた。」
まだ配備数の少ない装備だが、都市部の対ゲリラコマンド用に首都圏の部隊には優先して配備されている。S県に駐屯、北関東の留守を預かる陸軍第32普通科連隊の一部にも自動甲冑は配備されていた。
「不正規戦に自動甲冑は欠かせない、あっすみません少尉には釈迦に説法ですね。」
高性能化するボディーアーマーは重く兵士に負担が大きい。国防軍が採用している44式自動甲冑は兵士の筋力、敏捷性を数倍に増幅し、ほぼ全周を小銃弾から防護する複合装甲で包む。
ヘルメット内モニターには戦術ネットワークとリンクしたヘッドマウントディスプレイ機能と、本来なら幹部にはARの仮想下士官が付くが、多くが山梨先端技術研究所で眠りについていた。
「もともとウチが開発したんだっけな。」
自動甲冑は元々、安全に強襲制圧が可能なよう、情報軍や警察向けに開発されていた。ちなみに831中隊では、次世代機の実戦評価も行なっている。
「警らのついでに送りましょうか?」
「いい、迷惑だろう?」
申し出を断った花谷と、パトロール隊のトラックはそれぞれ別の方角へ分かれる。その天上にはアルフェラッツ、マルカブ、シェアト、アルゲニブの『秋の大四辺形』が輝いていたが、地上の光に紛れ、気付かれることはなかった。




