蠢く第71連隊
墜星暦5945年秋 日本国 G県某所
『連邦』の攻勢を押しとどめ、膠着した塹壕戦の舞台となっているN県の隣、G県山間部の廃校に陸軍は仮設の捕虜収容所を置いていた。
丘の上の拒馬で守られた校門には、アサルトライフルを携えた兵士が立っている。そこに坂を登ってくる一台のワゴン車、現金輸送にも使われる防弾仕様の黒いボディには控えめに『大東洋統合警備保障』のロゴ。
ゆるゆると校門前にきたワゴン車は立哨の合図で停止、助手席から男が顔を出す。
「お疲れ様です。参考人の受け取りに来ました。」
にこやかに差し出した認識票には、『大東洋統合警備保障 ——営業所長 杖堂』の文字。
それを受け取った若い兵士は、戦術ネットワーク端末でスキャンする。確認のため、続けてスモークシールドの貼られた車内を覗き——
「止めておけ。」
プレハブの詰所から出てきたベテラン一曹に肩を掴まれる。——規則が、と困惑する若い兵士に彼は続けた。
「それの通り、確認は済んだ。いいな?」
——え、でもと、ネットワーク端末の訪問予定と一曹とを交互に見るが、杖堂は人当たりの良さそうな笑みを崩さない。
「お疲れ様です、どうぞ。」
ヒョイと端末を取り上げた一曹は『入場』をタップし、ゲートを開けた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「嫌われてない?ボクたち。」
校庭に停められたトラックや装甲車を見遣りながら、情報国防軍第71通信連隊 杖堂少佐は警備会社の制服を着た運転手に語りかけた。
「ウチに好かれる要素、あるとでも?秘密警察と仲良くしたい奴なんていないでしょう、まともな連中なら寄ってきませんよ。」
呆れた口調で返事をする大東洋統合警備保障…日本情報軍フロント企業の警備隊員に続ける。
「設立を求められた相手に嫌われるとはね。民意の選択の結果だよ。」
2020年代、ロシアのウクライナ侵攻をきっかけとする、第2.8次世界大戦後、旧自衛隊から再編制された陸、海、空宙国防軍に紛れるように情報軍は設立された。
動乱に呼応するように増えた国内の不穏分子、それに対抗するため公安、諜報組織を呑み込み肥大化した情報軍は国民監視ネットワークを整備し、独自の戦力を持つまでに至った。
旧特別高等警察の再来だ、と反発する声もあったが、隣国の惨状や増加するテロを目の当たりにした国民の大多数はそれに賛成、管理された秩序を選んだ。
「まあいいや。さて、お仕事をしましょうかね。」
杖堂少佐は部下を連れて、廃校というには築年数の浅いクリーム色の校舎の通用口へと歩みを進める。
周囲の校区を取り込んだことで生徒数が増え、建て直された校舎だが、15年ほどでここも廃校になってしまった。
少子高齢化に歯止めがかからず、人口も1億を割った2040年代、地方ではありふれた光景だ。
「どうも〜大統警備です。」
受付の兵士に声を掛けると、校長室へ通される。
廃校以前の賞状やトロフィーが飾られたままの校長室には、野戦服に中佐の階級章をつけた陸軍の将校が待っていた。
「おや、お久しぶりですね。第二次シベリア出兵以来、樺太の北端連隊にいたはずでは?」
「貴様らのせいでここに居る。それ持ってさっさと帰れ。」
杖堂少佐と知り合いらしい、仏頂面の中佐が顎で指したのは、黒い拘束衣。上半身をスッポリと覆い脚だけは歩ける程度、走れないよう両足首をベルトで繋がれた捕虜。
陸軍が得た貴重な佐官級の捕虜だった。
「毎度お世話になっております中佐、確かに参考人お預かりします。受領印要りますか?」
戯けた調子で渡された資料をめくりつつ、杖堂少佐は礼を述べた。
舌打ちを堪えて苦い顔をした中佐は、——いらん、とだけ短く応えて、早く行けとでも言わんばかりに手を振った。情報軍=厄介の種、というのが中佐を含む一部の国防軍将兵の共通認識だ。
苦労して得た捕虜だが、何処からか嗅ぎつけた情報軍が身柄を要求、陸軍は渋々だが餅は餅屋とそれに応じていた。
「では失礼します。」
帰り際、——あっ、中佐。と思い出したように杖堂少佐が振り向く。——まだ何か、と思いつつ仏頂面を崩さない中佐に、
「ここの見学させて貰えませんか?」
◆◆◆◆◆◆◆◆
「割とオープンなんすね、情報軍。」
ワゴン車を見送った若い兵士が、もらった名刺を弄びつつ詰所のベテラン兵士に声をかけた。
「バカ、杖堂やら、捻茂やらが本名だと思うか?」
休憩に入り、ヘルメットを脱いだ一曹は第二次シベリア出兵の頃を思い出し、煙草に火をつける。旧自衛隊初の大規模な実戦、情報軍の設立のきっかけとなった樺太演習——、若い世代には全て過去の出来事だ。
◆◆◆◆◆◆◆◆
ワゴン車に揺られること数時間、杖堂少佐たちは山間の廃墟、登記上は別のペーパーカンパニーが所有する建物に到着した。
人気のない蔦の這った廃墟に捕虜を連れ込むと、目張りのされた部屋で尋問を始める。
「第65連隊、階級は少佐。他には何も——」
——パスン。
22口径自動拳銃の減音器に抑制された小さな銃声が響く。杖堂少佐の71連隊では上品な使い方ができる22口径を好む者が多い。
「もちろん我が国は条約加盟国であり、捕虜への虐待は許されていない。ただ、ボクの銃は古くてね、暴発が多いんだ。あまり始末書を書かせないでくれよ。」
失血死には程遠い量の血を流す『連邦』陸軍少佐に、杖堂少佐は人当たりの良さそうな笑顔のまま告げた。
「——さて、人口維持庁。キミ達のこと知りたいな、相互理解のためにね。」
嗜虐心も悪意も感じられない、ただ少年のように純粋な好奇心に満ちた目で自称少佐を見つめると、杖堂は銃をホルスターに戻し、机に資料を並べはじめる。




