一目惚れの本土決戦
畜生、全身が痛む。粗末な寝床で寝返りをうつと俺の隣には見知らぬ女性が同じような格好で眠っていた。
俺と彼女が朝の薄明かりに照らされているところを見ると、素敵な夜を一晩過ごしたらしい。
一刻も早く動かねば、命が危ない。——なぜなら彼女の腹には銃剣とアサルトライフルが突き刺さっている。
「クソがっ!残りは俺だけか。」
刺殺されたとは思えないほど穏やかな表情の彼女を足蹴にして、ライフルを引き抜くと、血と赤黒いモノがベッチャリと付いている。服で拭い取ってみると銃身がひん曲がっていやがる、まあ、杖にはなるさ。
早く味方と合流しなければ、いろんな意味で死ぬ。脚を若干引きずって俺は身を起こした。
「畜生、一張羅が台無しだ。……しかし本当に女だらけだな。」
あちこちが裂けたオーダーメイドスーツを気にしながら辺りを見回すと、嫌でも死体が目に入る。そして奇妙なことに死体は女性が多い、だがもう見慣れた、俺たちはある国と戦争中だった。
『1:60』——戦争相手の国の男女比だ、そんな国有ったか?寝呆けたことを言う奴は少しはニュースを見た方がいい。『国家転移現象』日本は突然、地球とは異なる世界へと跳ばされた。お約束だと中世ヨーロッパ風の国と出会うところだが、かなり近代的な国とファーストコンタクトを果たした訳だ。
だが、日本の男女比がほぼ1:1だと知った彼の国『連邦』は、喜々として『男』を求めて侵攻、日本海側で最も首都圏に近いここにN県に揚陸、続々と兵力を送り込んでいる。S島の空軍レーダーサイトは『敵、大部隊を確認』を最期に連絡を絶っている。たまたま出張で訪れていたここJ市は、もう滅茶苦茶だ。
国防軍は市街地を諦め、遅滞を行いつつ山間部で防衛線を敷き、かき集めた兵力で川中島をやろうとしている。負けたら東京まで一直線、上信越道と関越道を東京急行が雪崩れ込んでくるだろう。——日本情報軍831中隊所属の俺はたまたまそれに巻き込まれて、陸軍と一緒に住民が避難するまで時間稼ぎをしていた。
「危っねえ、どこだ?ここは。」
確か、最前線の塹壕から拾ったライフルを撃ちまくっていたら、敵が飛び込んできて……切り結んでいたら、敵だか味方だかの砲撃だか爆撃だかで吹き飛ばされて、そのまま一晩寝ていたらしい。殿なんぞ引き受けなきゃよかった。
スマホを取り出してみたが、画面は割れ使い物にならなくなっていた。クラキ=ニューロン発火反応を持つ、愛しき相棒は司令部のサーバーに閉じ込められてしまったらしい、ツイてねえな。ああ、そうだ、装備を確認せねば。
・銃身の曲がったライフル…鹵獲した物だが残弾ゼロ、杖替わりの棒切れだな。
・22口径自動拳銃…元々持っていた物だが、戦場では非力すぎる。
・ヘルメット&ボディアーマー…陸軍が貸してくれた、スーツにこれは似合うのか?
いやぁ、敵の真っだだ中でこの装備、泣けてくるね。まともな武器すら無いな、銃、銃は落ちて無いか?
「あ〜クソ、どれもこれもダメだ、まともな武器残しやがれバカヤロー。」
悪友に『お前声変わりしてねーだろ』と揶揄われる声で叫んでみたが、どうにもならない。重機関銃は運べないし、せめて弾が有ればな、鹵獲したライフルは小柄な俺でも扱いやすい小口径で気に入ってたんだが。
武器が心もとなすぎる、人間の三大欲求に衝き動かされた兵士は恐ろしい。さっきの兵士も銃床で数回頭をフルスイングして、銃剣の刺突でやっと斃した。
しばらく歩いているとコンビニが目に入った、店にはアクセルとブレーキでも踏み間違えたのか、国防軍のではない小型軍用トラックが派手に突っ込んでいる。しめた、使える物があるかもしれない、それに腹がへった。
拳銃片手にトラックの荷台を覗くと、ライフルを抱いた兵士がいた。一瞬身構えたが、積荷が崩れ、首がおかしな方向に捻じ曲がっている。死体か、有り難く武器を頂戴しよう。頂いたライフルを背負って運転席の方へまわると、ここにもハンドルにもたれかかる奴が居た、一応確認するか。
「ハズレだな、懐には……」ガシッ「アイエッ!?」
カチカチカチカチカチカチ
はぁ!?弾がでねぇ?おいおいおいおい畜生、冗談だろ?
弾切れの銃を握ったまま掴まれた腕を振り払い、トラックからまろび出てライフルを構え引き金を引くが、これも弾が出ない、アイツめ!セーフティ掛けてやがったな!
「軍曹……、ごめん……。」
セーフティの解除にまごついていると、そんな声が聞こえた。生きていたのか、驚いたぞ、俺を掴んだ腕はダラリと下がったままだが、確かに聞こえた。捕虜をゲットか?まあコレは奇貨だ少しでも情報は欲しいからな。
「おい、大丈夫か?」
ライフルを背負い直して、座席から引っ張り出したのは、まだあどけない顔立ちの少女、高校生くらいか?
見たところ、かすり傷程度で大きな怪我はない、うつ伏せで突っ込んでヘルメットがガラスの破片から身を守ったんだろう。
ヘルメットを脱がせ、頬をペチペチと叩くが反応はなし、呼吸はあるからその間に物資を集めるか。
住民はさっさと逃げて、侵略者側は兵站がしっかりとしていたのかコンビニの商品はほとんど手つかずだった。棚から拝借したお茶と、黄色の箱の携帯食——俺はチーズ味が好きだ。をかじっていると、
「……軍曹?ひっ…!」
ムックリと起き上がった彼女は俺に驚き、腰に手を延ばすがそこには何も無い。
「よぉ、お目覚めだな。コレか?」
俺の手には軍用らしくない小口径のリヴォルヴァー、もちろん彼女の物だ。しっかり弾は入っている、同じヘマはしないさ。
「ニ、ニホン人!?捕まっちゃった!?こ殺さ、あっ、あっ、第1033特設歩兵連隊所じょきゅ……」
噛みやがった。あっちにもジュネーヴ条約のような物があるらしい、さて、特設……動員兵か?
「慌てるなよ、別に取って食いはしないさ。」
製薬会社製のパサパサした携帯食を茶で流し込むと、彼女は怯えのこもった目で俺を睨んでいた。
「ぐ、軍曹は?」
「軍曹?ああ、荷台にいた奴か?……残念だったな。」
一瞬、泣きそうな顔をしたが——そう。と応えると黙ってしまった。二箱目の携帯食を手を伸ばしたとき、
クゥ〜。
誰かの腹の虫の声だ、俺じゃない。物欲しそうな顔でこっち見るなよ、全く、しょうがないなプレーン味を進呈しよう。
「食え、食わんと動けんぞ、ほら水もある。」
「……ありがとう。」
やけ食いめいてモソモソと携帯食を食べ、ミネラルウォーターを飲むとまた沈黙。気まずいじゃないか。
まあ、それはさておきこれからどうしよう?撤退に次ぐ撤退で敵の捕虜は殆ど得られていない、おそらく動員兵の彼女でも、我々には向こうを知るための貴重な情報源、『正しき力は正しき情報より』情報軍のモットーだ。捕虜を連れて下手したら隣県まで山越え逃避行か、できるか?いや、やらねば。
「さて、キミは捕虜だ、着いてきてもらおう、行くぞ。」
「は、はい、あの……、軍曹にお別れを……。」
別にいいだろう、俺も念仏など知らんし十字の切り方も忘れたが、祈らせてもらおうか、信仰はあった方がいい。特にこんなクソみたいなところではな。
「わ、私のせい、ウプッ」
荷台を覗き、ショッキングなものを見た彼女は口元を手で抑え、えずいた。おいおい吐くなよ、戦場じゃよくあることさ気にするな。
「人間、遅かれ早かれ死ぬもんさ、たまたま今日は死なんだけ、タイミングは誰にも分からない。だからキミは悪くない。」
使えそうな食糧や医薬品を回収したら、楽しいハイキングの時間だ。さて、最後に見た戦術ネットワークによれば敵は市内東部の田園地帯に展開、一方の国防軍は元々駐留していた部隊が壊滅した後、西部の市街地を大量のトラップと共に放棄、その背後の山間部から敗残兵と駆けつけた即応部隊が嫌がらせの砲撃を行なっていた。
俺は市街地と田園地帯の間で、観測を行なっていたが位置がバレて、機関銃の有り難みを堪能した後、弾切れの絶望を味わい、最後はドカン。
激戦区は首都へと高速道路が延びる南部の峠、今いる北西部は山脈が海に落ち込む通行の難所、南に行きたい敵の数も薄いはずだ、俺はそれを見越して国道沿いにここに来た。このままのルートでいいだろう。
「自己紹介からだな、俺は日本国防軍の『捻茂 七志』、階級は少尉。さて、YOUは何しに日本へ?」
「第1033特設歩兵連隊の……『サラ・リージ』、二等兵です。軍の後方支援志願学徒兵プログラムで来ました。」
歩きながら差し出した名刺を、訝しげに受け取った彼女はそう名乗った。銃の予備マガジンは失くしたのに、名刺入れだけは内ポケットに入っていた、アホらしい。
「志願?」
「あっ、はい。学生向けの早期兵役プログラムで、進学や就職の査定が上がるんです。」
へ〜、そりゃお得だ。詳しく聞いたところによると、在学中に軍の後方支援や軍が主宰するボランティア活動などに参加することで、後々の兵役の期間短縮や履歴書へのプラス査定があるそうだ。
まあ、卒業単位を得ていることや、成績優秀であることなど条件はあるが、成人後に兵役に就くよりも負担は少ないらしい。
余談だが彼女は、前線と占領した港の連絡任務中に事故ったとか、路肩爆弾は怖いな。
秋の空は高く、鰯雲が浮かぶのみ、絶好の戦争日よりだな。ふと、後ろを振り向けば、東には遠く砲声と黒煙……?あ、やばいかも。
「ねえ、東の方の戦況って知ってる?」
「詳しくは聞いてませんけど、強固な要塞があるとかでここよりも北東の友軍と合流できないって噂です。」
要塞じゃないんだよな……。あそこは発電所、それもただの発電所じゃない、原子力発電所だ。世界最大級の出力を誇るK原子力発電所。確か、陸軍の分駐隊と最新鋭防空システムで護られているはずだ。
ザポリージャの戦訓から、地対空ミサイルや迎撃戦術レーザーに地上設置式速射砲、トーチカと鉄条網で重防御された首都圏の電力を賄う要地、落ちないだろうな?いや、流れ弾でもヤバい、炉心は地下に隠されているとはいえ攻撃を受け続けるのは、マズイだろう、核融合炉が緊急停止していることを祈ろう。
「ネモさんっ!」
おおっと気が散っていた。いつしか市街地を抜けて山の目と鼻の先、旧道の入り口に来ていた、廃道探索動画の投稿者に感謝だな。
彼女が指したのは木々の向こう、つづら折れの坂を猛スピードで爆走して下りてくる軽トラック、頭おかしいんじゃねえの?
「隠れろっ!」
俺たちは慌てて草むらに伏せた。陸軍の連中、迷彩服貸してくれなかったな、クソ。さて、ライフル一丁で何処までやれるかな?
そのまま通り過ぎるかと思った軽トラは俺たちの前で急ブレーキ、『ぷぺっ?!』とか『お嬢っ!』なんて声が聞こえた。イヤ〜な予感がするぞ。
運転席から拳銃片手に降りてきたソイツは、「オラァッ!出てこいや!隠れてんだろ!?」などと喚きながら銃を振り回している。バレたか、勘だけは鋭いんだよなぁ……。
「大正解〜、よぉ久しぶり。」
震える少女を手で制し、俺は一人で両手を上げて道へ出た。
「なんだ捻茂じゃねぇか、ん〜?出張中に戦地に放り込まれたみたいな格好だな?」
その通り、というか予定知ってるだろお前、悪友にして同僚、またの名を情報軍831中隊『花谷 佳奈』少尉さんよぉ。
「くたばったと思ったぞ、戦術ネットワークには生死不明ってあったからな。」
勝手に殺すな。相変わらず物理的に上から見下ろしやがって。やめろ肩を組もうとするな、ベタベタくっつくな。おい箱乗りしてる愚連隊どもコイツを止めろ!
「ん〜?、そこの出てこいや。捻茂ぉ隠し事は良くないぞぉ〜。」
全く、本当に鋭い。呼ばれたサラ二等兵は、プルプルと小動物のように震えながら出てきた。
「……男の人、初めて見た。思ったより怖い……。」
情報軍の貴重な実力部門、831中隊だからな全体的にガラが悪い。待てや、今なんて言った?
「浮気か?この野郎〜、電子の相棒が怒るぞ?」
「ただの捕虜だ、ちょっとサラさんいいか?男はここに何人だ?」
背伸びして、花谷の頭をグリグリする俺の質問に彼女は答えた。
「え、そこの4人ですよね?」
荷台の上に2人、助手席に1人、トラックの横に1人、愚連隊しか数えてないじゃないか俺は?
「クハハハッ、捻っ茂っ、お前本当にまた間違われてんのか、かわいいもんなぁ〜。」
うるせぇ、合唱ではソプラノに突っ込まれ、夜出歩けば補導され、中隊で一番背は低いが、これでも牛乳は毎日欠かさず飲んでいるんだぞ。
「野郎ども、今日の配達は中止!帰るぞ。」
サラ二等兵のボディチェックを手早く済ませると、一応頭から袋を被せ結束バンドで拘束した。そして彼女は荷台、俺は助手席に着く。シートベルトはしっかりと、花谷の運転荒いからな、後ろは知らん。
さっき、荷台の段ボールから圧力鍋が覗いていたことを思い出し、コイツの運転で誤作動しないだろうな?と不安になったとき、花谷が真面目な顔で話し出した。
「さて、831中隊の必要なメンバーは揃った。捻茂、樺太行くぞ。」
「樺太?これから寒くなるってのに旅行か?いや……嘘だろアレか?」
「そうだ。秘匿基地のアレだ。基地が落ちた。」
ウクライナ戦争の終盤にドサクサで取り戻した北方四島と樺太、これらも共に転移していた。そして樺太の旧ロシア潜水艦秘匿基地にはアレ、潜水艦発射弾道弾が保管されていた。
「潜水艦は脱出したんだろ?」
「潜水艦は、な。搬出が間に合わなかった弾頭がまだある。」
「航空優勢は取れるだろ?バンカーバスターか何かでまとめて爆破しちまえよ、そんなもん。」
「もったいない、とさ。Nの弾頭はまだ貴重だからな。」
NBC兵器の中で最も効果的に相手を威嚇することに優れた兵器、ロシアの西の端での戦争後、2030年代の日本は極秘裏に核武装していた。
「この世界の国家は、まだ原子力を知らない。上は『連邦』との講和に利用したいそうだ。」
「……使うのか?」
「さあな、公開実験はするかもしれない。」
旧世界初の被爆国が、新世界初の核攻撃国か、そんな皮肉は是非ともごめんだね。




