洞穴にて
初投稿です。思いつきと酒ののりでばーって書いちゃいました。
魔法ってロマンだよね。
諸君、もう一度突破口を突撃せよ。
諸君、あの突破口へ、もう一度。
さもなくば開いた穴を敗残主義者の肉と骨を以て塞いでしまえ。
一旦鬼畜の嵐が我々の身に降り注ぐなら、猛る虎の如く振る舞うが良い。
古疵だらけの身を固く引き締め、流れる血を沸き立たせ、穏やかで優しき心を醜悪なまでの怒りで満たし、静かに息を飲め。
そして来る運命の刻へと備えるのだ。
荒々しき戦意を漲らせ、眼を血走らせ、進め。勇ましく、進め。
諸君、忘れるな。
命知らずの果敢な兄弟達の意思を継いでいる事を。
兄弟達は皆、かの英雄の様に、昼夜問わず剣を握り、三千世界を我が物顔で舞う鴉の一切合切を斬り伏せるその時まで、決して柄を握っては離さなかった。
そんな彼らの兄弟である事を証明してみせろ。
流石は戦士だと、比類無き畏怖とその力を以て示し、世界の隅々にまで名を馳せろ。
諸君、言おう。
もう一度、突撃せよ。
あの突破口へ。
もう一度。
「ヘンリー5世」第3幕【突破口を突撃せよ】
ウィリアム・シェイクスピア
冷たい感触。
男は、うつ伏せになって倒れていた体を起こす。
「……何処だ、此処は」
目覚めたのは、仄暗い所だった。
初めて目覚めた場所は全く見覚えの無い所だった。
壁に当たる部分には、黄緑色に発光する物体が存在し、四方に広がりを見せる空間は直剣を振っても差し支え無い程。
洞窟と言えば確かに洞窟だ。しかしこんな妙に明るい洞窟は見たことが無かったのだ。
確かに洞窟と言えば、岩肌や地面の感触からして、北山の洞穴や都市郊外の塹壕を思い浮かべるも、はたしてこんな場所であったかと思案するが、やはり思い当たる節は無かった。
なら一体何処だというのか。
それ程の違和感を覚える、今いる空間は明らかに異質なものだった。
特に、壁に生えた──否、埋め込まれた発光する輝石の如き物体なんて、少なくとも経験からインプットされた知識はおろか、今まで目を通した事のある資料や書物にすら載っていないし、記されてもいない。
壁に背を預けて座り込む。
同時に少し、眉をひそめた。
何が起きたか理解の追い付かない今に、軽い動揺を感じている様だった。
死を予感させない無垢な匂い。
まだ血で汚されていない真新しい空間。
もしかしたらあの地獄───果てなき闘争の悪夢から目覚めたのかもしれない、と。
有限資源を求め、世界中が領土拡大に沸いていた“大戦争時代”。
そんな中、送られてきた軍の召集令状。
親元を離れ、軍に所属したばかりのあの頃の男は、本気でその中に希望を見出だそうとしていた。
希望は何よりも強い原動力となる。が、それが消えれば当然、待っているのは無慈悲な絶望。
何度もそれを味わった。終戦の時を迎える度に「今度こそは」と願った。
しかし、また少しの時を経れば、海で、砂原で、平原で、都市で、ありとあらゆる土地にて、新たな戦禍の渦に飲まれているのだった。
悲しいかな、闘争とは人を人足らしめる本能的行為であり、同時にそれ無くして人の歴史は歩みを進める事など不可能。
帝国主義の氾濫。
イデオロギーや宗教の対立。
自由への闘争。
復讐の連鎖爆発。
貧困による紛争の激化。
民族間における浄化運動。
度重なる死と生の螺旋が、倫理と望みの一線をじわりじわりと蝕み、遂には涙一粒溢さぬ無機質な機械の国を、人を、習いを、そして心を作り上げる。
セカイは戦争で出来ている。
男の心は徐々に壊れていった。
初めて人を殺した時、拷問を受けた時、身体を切られた時、仲間が目の前で死んだ時。
何とも言い知れぬ、しかし尋常ではない怒りと無念が胸を襲った。
幾度となく吐いたし、幾度となく泣いた。幾度となく己を、或いは敵を、戦う事を呪った。
そして、2年前の冬。そこで男───男の心は、完全に沈黙した。
凍てつき、二度と溶けることのない氷の獄に、彼の優しき人間性は囚われ、残ったのは狂気的な傲慢と自己破壊的な闘争衝動。
あれ程殺しを、戦いを、血を見る事を憎んでいた男が、今や人を殺戮するのに微塵の躊躇いも見せない。
それは戦う事こそ己の宿命と悟った為か、はたまた死を臭の中に魂の拠り所を見つけた為か。
真実は男の闇の奥底故、本人以外の誰も分かりはしないが、たった一つ言えることが有るとするならば、男は今や、戦いでしか安息を見出だせなくなってしまったという事。
優しき心は全て溢れ、鬼畜と殺意で全身を満たし、体は無意識に敵を、血を求めるようになっていた。
嗚呼、渇くじゃないか。
あの生々しい温かさに、思わず心地好い思いを馳せてしまう。
かつて幾度も敵対した、かの国の狂わしき青年兵も、状況は違えど今の男の様な気分だったのだろうか。
否、彼は貧しき家族の為に人を屠っていた。
末路は何とも悲惨な物だったが、男の様に目的を忘却し、血を求めるまま力を振り回しているのとは訳が違った
男の生業は、殺人を全うする事──血に酔い、血を浴び、血を喰らう事。
それは、正気を徐々に奪い去り、理性を溶解させ、やがて醜い獣へと変えてしまう行為であった。
かくいうこの男も、その一歩手前に過ぎず、しかし辛うじて思考回路と理性を保っている分、まだ幾分かは救われていたと言える。
奇妙な土地に飛ばされたからといって、その道理が変わる訳がない。血を浴びれば至極の愉悦を得られる代わりに理性を失う。
戦争屋の男には、文字通り当たり前の摂理だ。
しかし、例え此処がどのような場所であろうと早々に戦に戻らねばならない。
それが男の、“魔法使い”としての宿命であり使命なのだから。
壁を支えにゆっくりとした動きで立ち上がる。
腰回りにぶら下げた魔法の具現化に用いられる素材の“供物”の数々。
体内に残る“魔力”の量。
そして魔法を使う上で必要不可欠な、空気中に存在する透明な気体“魔素”。
仕事道具であるその3つの存在を確認すると、自分が背をもたれていた壁とは反対側へ向け、脚を一歩踏み出した。
まずはこの洞窟を抜けなくては。話は全てそれからだ。
「…………」
その直後であった。
地が揺れるのを感じ、先程まで背を当てていた壁に突如亀裂が入る。それも一ヶ所だけではなく、あらゆる方向から一斉に、だ。やがて亀裂は男の身の丈以上に大きな物となり、中から“あるもの”を解き放った。
緑色の巨漢や大柄な狼、蜥蜴の怪物、巨牙の芋虫。まるでお伽噺に出てくる様な忌々しき獣の姿をしたそれらは、亀裂から次々と這い出てくる。
そしてものの数秒の内に数は50近くまで増殖し、男の退路を絶つが如く、四方をぐるりと囲むようにして立ちはだかる。
かつての戦場にいた白痴な半人半魔の蛮族連中──とまではいかないものの、だらしなく涎を垂らし不細工な面を晒すたり本質は同じだろう。
────自然と、“笑み”が漏れた。死闘を知る者の狂気的な笑みだ。
此処に来て初めて感じる“闘争への歓喜”。狂っているからこそ感じるそれは、自然と肉踊らせる。知らぬ場所にて、知らぬ敵と対峙する。一体どんな技を繰り出すのか。
丁度良い。体が渇いてきた頃だ。だから──
──死愛おうか。
そして魅せてくれ。君らが持つ、ありったけの狂気を。
血を飲み込まぬ様、顔の下半分を覆った黒いマスクの下で、口を三日月状に歪め、白い歯を剥き出しにする。
うち一匹のモンスターが地を蹴り真っ直ぐに突っ込んで来た。それは狩りの始まりを示す合図となる。
新鮮な胸の高ぶりを感じながら、男は戦いを開始した。
「……実に下らん」
最後の一体を足で踏む形で押さえつけ、そんな言葉を吐き捨てる。両足と両腕を失い達磨状態になったモンスターの呼吸は荒く、見るに堪えない無惨な姿になっていた。
そんなモンスターの脳幹部分に、供物を犠牲に、魔力で具現化した散弾銃を押し当てる。
『ヴァア……ガァ…』
息絶え絶えになりながら未だに抗うも、最期は至近距離で発砲された、魔力を帯びた弾丸により頭を破壊され、辺りに脳漿や骨片をばらまいて死に絶えた。
つまらない。物足りない。そんな思いを胸に手や外套にこびりついた血肉を振り払い武装を解除する。
ほんの数分程前。
戦いが始まるや否や、男はいつもの様にモンスターに向かって駆け出し、右手に構えた供物を捧げる。
それは、朽ちた剣の柄の様な形状の鉄塊で、サイズで言えば手の平から少しはみ出す程。
男はそれを強く握り込むと共に、こう言葉を紡ぐ。
「嘶け、【悪魔鋸切】」
次の瞬間、重々しい金属が擦れる様な音と共に、一振の巨大な鉄剣が男の右手に現れる。
そしてそのまま、常人離れした速度で胸の辺りに振り落ろした。
鋸歯状に並んだ物騒な刃が敵の筋肉や皮を捉え、そのまま手前に渾身の力で引く事により、捉えたそれらを神経や繊維ごと大きく引き裂くのだ。
『グゲェリャアァァァアアアァァッッ!!』
見た目通りの高い殺傷能力により、傷ついたモンスターは斬り“裂かれる”という想像を絶する痛みに悶え、絶叫を漏らす。抉れた部位からは紅色の筋肉が剥き出しになり、大量の血が吹き出していた。
そしてそこに追い討ちをかけるべく、すかさず流れる様な連撃を叩き込む。
それは、さながら鋼の嵐と言えよう。
鈍色の刃は周囲を巻き込みながら、敵の肉に食らいついては引き千切り、一瞬にして大量の物言わぬ肉塊のオブジェを作り上げた。
『グオォオオオォオオッ!!』
野性的な殺意を押さえきれなくなったか、男の背後から雄叫びと共に、一匹のトロルが拳を固め、殴りかからんと突撃を仕掛けてきた。
男よりも二回りほど大きな、筋肉太りした体躯を後方へ反らし、大木よろしく太々と発達した豪腕を振り上げ───目一杯振り下ろす。
───死ンダカ?
低い破裂音と共に、大量の砂煙を巻き上げながら、地を抉って深々と沈んだトロルの太い腕。
暫くの沈黙の後、トロルはゆっくりと引き抜き、へばりついているであろう、男の潰れた臓物を確認すべく拳を己に向ける。
向けて、その勝ち誇った笑みがふっと消え去った。
───ナッ!?ナゼダ!?
居ない。
男が何処にも居ない。
何処へ行った?
想定外の現実に戸惑いを隠せず、その場で周囲を見渡しながら、消えた男のシルエットを探すも、目に映るのは、同様に何が起きたか理解できていない仲間の姿のみ。
───ドコダ………ドコヘ消エタ!
「────クヒッ……クハハハハッ!何処を見ている、このボンクラが」
まるで狼狽える自分を嘲笑うかの様な言葉の羅列が、背後からトロルの耳を掠める。
振り返り、そしてそこに立っていたのは───剣を持つ右手とは反対の手に、古風な散弾銃を握った、あの殺した筈の男。
「砕けろ、【雷電滅弾】」
その言葉によって魔法強化された散弾銃の銃口や排莢口からは青白い、無数の小さな放電が行われ、甲高い威嚇的な音がこの洞穴一体に響き渡っていた。
それを目にしたトロルは怯む。
同時に本能で危険を嗅ぎとったか、素早く両腕を上げ、ガードの姿勢を取る。
しかし、その防衛空しく、引き金を引いた事で発射された、雷を帯びた無数の魔弾の雨がトロルの上半身を背骨ごと粉砕し絶命させた。獣臭い血肉が飛散する。
それが男のフードや装束を赤黒く染め上げるも、気にすることなく、堂々とした立ち姿で、魑魅魍魎達を見据える。
「クハハハハハハハッッ!殺るならこのぐらいやらんとなァ…………ん?」
『グルルルアアアアッ!』
男の方へと更に別のモンスターが放たれた矢の如く突撃してきた。
モンスター故、彼等に知性は無い。有るのは殺意のみ。
「ふん、所詮は獣か」
バックステップで稚拙な攻撃を回避する。
それに続き、違う個体が同様に噛み付こうと鋭い牙が並んだ口を大きく開け、襲いかかる。
しかしそれをも軽々と回避する圧倒的脚力と反射神経は、戦場で鍛えられた故の産物か。
「どうした間抜け共、この程度か?」
ひたすらに突っ込んでは、芸の無い蹴り、殴りを繰り返すモンスター連中。
全く、だらしない。
まだ半魔の蛮族の方が殺り応えがあったというものだ。
男は攻撃をかわした次の瞬間、【悪魔鋸切】の鋸刃に触れ、語りかける様に、こう呟いた。
「愚食の狂王よ、その恐々たる業を我が魂に宿したまえ───【喰々魔刃】」
それを隙と見たのだろう。
『グルルルアァァアッッ!』
一斉に飛びかかる数匹のモンスター。
が、男は回避する素振りを見せる事はせず、逆に大きく上体を捻り【悪魔鋸切】を振り被る。
途端、男の刀身がグニャリと変形した。
剣のガードより少し上辺りから、刃の先端までが、ばりばりと音を立てて裂け始める。
やがて、秒も経たない内に現れたのは“巨大な口”。刀身から盛り上がる様にして剥き出しになった歯茎と、白く、分厚い鋸歯。
もはや“それ”を剣と呼んで良いのだろうか。
悪魔的で禍々しく、嫌悪感を募らせるグロテスクな形状へと豹変した“生ける肉剣”は、はち切れんばかりに捻られた全身によって生み出された反動と重量と遠心力全てを、あんぐりと開いた顎門に乗せる。
そして、ほんの数秒間にしてモンスターとの距離がわずか1メートル程まで詰められたそのタイミングで、規格外の破壊力を備えた、重く、鋭い一撃が放たれた。
「馬鹿め」
迫る凶刃は、宙に浮いていたモンスターを右から左へとその肉体を喰い散らかす様に両断した。
満足げに、勢い良く閉じる顎。歯やその周囲には、齧り貪った故の肉片や血管がべったりと張り付いている。
血の雨が降り注ぐ。男の身に纏うすべてが鮮血に濡れた。その異様かつ異常な姿はモンスターを威圧した。
しかし、それでもモンスターはモンスター。
良くも悪くも恐れを知らない存在。
今尚尽きぬ殺意に身を任せ、唸り声を上げている。
「全く、失望した」
崩れ落ちる死体の頭を踏み潰し、残るモンスターをその生気の無い赤の瞳で睥睨した。玩具が玩具で無くなった以上、それは無価値になる。つまらない宴の幕切れは近い。
「仕舞いにしよう。これ以上は労力の無駄だ」
後は残党共を容赦無く斬り、裂き、潰し、喰らい、そして今に至るのだった。
「…………畜生めが、とんだ茶番だ。所詮は屑の寄せ集めか。
“アイツ”をみせるまでもなかったな」
死体があった場所に積もった灰の山。
絶命する事で、その肉体は霧の様に空気中へと散布した。
「……ん?」
一瞬だが男の足元で何かが煌めいた。
その場で片膝を着く。そして地面に積もった灰の中に光る、光沢のある石を手にとった。
紅色に朧気に光るそれは血石やルビーとは似ても似つかない物で、見れば見るほど不思議な気分にさせる物だった。
おそらくその石の名は、臓石と呼ばれる、換金アイテムの一つだ。しかし、その“モンスターから飲みドロップする”“ドロップする確率はうん千万分の一”という二点において、希少性は高く、世界規模でみても流通している量は、他の宝石よりも遥かに少ない。
その為、売れば一欠片数百万は下らない。
「……ほう、これはこれは」
手のひらに乗せ軽く転がす。
不規則な形状のそれは周囲の淡い光を受けて様々に輝き、なんとも神秘的で美しい。
男はそれを胸元のポーチにしまうと、再び立ち上がり、洞穴の入り口へ向けて歩を進める。
「…………成る程、つまりは……此処は俺の知る場所、という事か」
モンスターの出現、レッドストーンの存在、そして消える死体。
たった一つ、妙な黄緑色の輝石を除けば、ここは男の生きた世界と同じである、という証明を見せる。
闘争と死肉に溢れて止まない、温かい世界。
先程の前菜にもなりはしない、見た目ばっかりの無味無臭な戦いには、たった一回ながらにうんざりした所だった。
「物足りんな、歯応えも、食感も、舌触りも、味も、何もかもだ」
無意識に歪む表情。
この暗い穴を抜けた先、あの戦場が待っていると思うと、自然と顔が綻んでしまう。
ありったけの力を持つ相手に、ありったけの殺意と技を以てぶち殺す。
最高じゃないか、実に素晴らしい!
股間と心臓が灼熱を宿す。良い女を前に焦らされている気分だ。
「クヒッ、ククク……………クハハハハッ……………そうだとも、ああそうだとも!こうでなくては!こうであらねば!」
不気味な高笑いが漆黒の中に鳴り響く。
己が住まうはやはり戦場。
敵の血で我が血を洗い、死なぬ為に死を与え、敵の腸を首から引っ提げ、生き血の酒を浴びる様に飲み、髑髏とマリオネットを踊る、地獄の兵と、それを従える常世の指揮者。
永久に続く暴虐と殺戮の饗宴。鳴り止まぬ悲鳴と轟音の重奏。
そんなセカイと再び相まみえるべく、男は洞穴の出口を目指すのだった。
───この時はまだ、彼は知らない。己の命運を。
最早この世界が、男の知る世界ではなくなってしまった事を。
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