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62話 貴婦人の愛人


―――この瞬間!


 あのマリー・アントワネットが目の前にいる!


―――この瞬間を逃さない!


 今こそ美女オーラを放つとき!


 出会った人すべてを魅了するオーラを。そう、映画祭のレッドカーペットのように。


 アンは華やかな笑顔を振りまきながら、まつげをカールした美しい瞳でアントワネットの心をつかみに行く。


 アイリスは優雅な微笑みを浮かべる、さながら女王が王妃に謁見するように。


 フィービーのピュアではにかむような笑顔は、天使の微笑みと同義語で誰もが心洗われる。


「二十一世紀じゃ憧れの美女の私達、当然十八世紀でも通じるでしょう」


 こんな自負がオーラをダダ漏れにさせる。


 同時に、フランス王妃に対する敬意も表情に滲ませるのを忘れない。


 このバランスをうまくしないと――ただの上から目線の外国人になってしまい、計画は失敗するとわかっている。


 アントワネットを魅了するために必要なものは細かく積み上げてこそ、結果が生まれる。


――果たしてアントワネットの反応は?


 にこやかに笑うアントワネット。絵画ではつんけんしているイメージだけど全然違う。


挿絵(By みてみん)



「綺麗な真珠ね、すばらしいわ。そしてよくお似合いよ」


 アンのデコルテを飾るパールネックレス。(58話参照)

 アントワネットはすぐに気づく。


 他の二人はリングとブレスレットなので、彼女の目に留まるのに時間がかかってもしょうがない。(58話参照)

 

 それにしても確かに、ジュエリーが好きなのだろう。アントワネットの浪費の噂は本当っぽい。


「ジャポンではたくさん良い真珠がとれるんですよ」


「まあ、たくさんとれるなんて羨ましいわ」


 アントワネットは気さくというのか、アメリカ人的なフレンドリーさがあるひとだった。


 ヴェルサイユではマナーだの形式だのと言われ面倒くさいが、最高位にいるアントワネットのほうがマナーにゆるやかなのは意外だけれど心地いい。


 そして肖像画のイメージよりも、小柄だった。160cmない。レディーガガと同じくらい?

 

 アンたちは全員、少し見降ろす形でアントワネットと話すことになっている。


「ええ、日本ではありふれたもので、フランスでは希少と聞いて驚いておりますの」


 アンがアントワネットとの会話に集中する役になる。


 その分、アイリス、フィービーは部屋の中にいる人物たちに目を光らせてこの場の人間関係を探る。(61話参照)


「ぜひもっとジャポンのお話を聞かせてほしいわ、ねえ、伯爵」


 アントワネットは伯爵とやらに声をかける。


 伯爵? どの伯爵?


 普通に考えれば、三人を連れてきてくれたメルシー伯爵よね?


 アントワネットはメルシー伯爵を疎ましがっているけれど、この場ではメルシー伯爵を立てていくのね、と思えば


―――違っていた。


 三人が目で探すとメルシー伯爵は部屋から退出するところだった。


 ええ? 何も言わずに退出? 部屋の誰も声をかけないの?


 アイリスとフィービーは目だけを動かし、部屋の人間の様子を観察すると・・・・・・


―――メルシー伯爵が部屋を出ようとする姿を特に気を留めていない様子。


 それはアントワネット自身がそう思っているからだろう。


 メルシー伯爵への無関心がアントワネットから、取り巻きに伝染している。


 三人はメルシー伯爵に同情の気持ちが湧く。


 彼がマリア・テレジアの忠実なしもべであることは間違いなく、彼がまじめな気持ちでアントワネットへ対応しているのを知っているから。(18話参照)


 メルシー伯爵はアントワネットに会釈し、黙って部屋を出ようとするその瞬間、


 アイリスは彼と目が合う。


 彼の目は、


「お手伝いできませぬが、アントワネット様をたのみますぞ」と言っているように思える。


 自分が歓迎されていない部屋の空気を感じて、退出を選び、波風を避けたメルシー伯爵だった。



 では、アントワネットが声をかけた伯爵が誰かと言えば――



 あばた面の伯爵だった。あばた=天然痘罹患の証拠なのだけど、まあヴェルサイユではあばた面は珍しくもない。(23話参照)


「ねえ、伯爵。この方たちが私の演技指導をしてくださるのよ」


 アントワネットは一人の男を近くに引き寄せ、アンたちに紹介する。


「初めまして、ヴォードルイユです」


 何とも言えず、華やかな男だった。


「この方は、ヴォードルイユ伯爵とおっしゃって、色々楽しいことを教えてくれるのよ」


 アントワネットが親切に紹介をしてくれる。彼女の目がきらきら輝いている。


「お三方とも、本当にお美しい。目が釘付けになるというのはこういう事ですね」


 ベタな褒め言葉でクリエイティブではないけれど、話し方が朗らかで人を惹きつける男だった。


 いわゆる、女性たちからキャーキャー騒がれるタイプ。顔よりも話術で魅了する男。

 そして、ジャポンの美女三人への敵意も感じない。



挿絵(By みてみん)


―――誰だっけ、この男。


 ヴォードルイユ伯爵は三人に、いや主にアイリスに向かって言う。


「今日は僕も楽しみにしていましてね、演技指導をしてくださるのでしょう?」


「ええ、ご希望であれば」 


 アイリスは微笑みを絶やさない。でもどこか先生然として答える。

 こういった役はフィービーよりも、アンよりもアイリスが一番似合う。


 今度は観察役に回ったアン。離れたソファでポリニャック夫人がこちらをじっと見ているのに気づく。


 この目つき……嫉妬っぽいんだけれど――


―――そうだ!ヴォードルイユ! こいつ、ポリニャック夫人の愛人だわ!


 ポリニャック夫人と同じくらいヤバいやつよ!この男は!


ヴォードルイユ伯爵は実在の人物です。


出典を思い出せないのですが、あばた面であったというのも事実です。

そして、ポリニャック夫人の愛人だったというのも。


文中で紹介している画像はヴォードルイユ伯爵で、あばた面ではないのは

以前書かせていただいたように、画像修正を画家が行っているからです。



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