60話 やっとやっとアントワネットがお出ましに
ヴェルサイユ宮殿の、金の装飾の施された重厚なドア。
これがアントワネットのプライベートな居室のドア。
「ここはごくごく親しい人間しか入れないプライベートな空間です」
メルシー伯爵が抑揚もなく言う。多分快く思っていないからだろう。
アントワネットが取り巻きとだけ閉じこもることを。
―――――この部屋にアントワネットがいる。
―――――そして、悪役貴婦人ポリニャック夫人も。
さらにアントワネットの取り巻きも必ずいる。
伯爵がドアをノックする。
すぐに、黒髪の楚々とした侍女があけてくれる。ポリニャック夫人ほどではないけれど、美しさを十分感じる。
「お待ちしておりました」 にこやかに話しかけてくる。
「どうぞこちらへ。アントワネット様がお待ちかねでいらっしゃいます」
彼女を先に歩かせ、メルシー伯爵、アンたち三人の順で 奥の間に進んでいく。
本当に二十一世紀から来た自分たちが、生のマリー・アントワネットに会えるのだろうか?
「ここからが本番ね」 小声でアンが言えば、
「アントワネットを必ず魅了してみせるわ」
「そうね、このブロンドパワーをご覧あれ」
アイリスもフィービーも小声ながら、戦いののろしをあげる。
ちなみにフィービーがブロンドパワーといったのは理由がある。
ブロンドはいつの時代でも美のトータルポイントを上げてくれる存在だが、、染髪技術はこの時代にない。今はブリーチしたり、染めたりで誰でも金髪になれるがこの時代はそうではない。
ブロンドの価値は二十一世紀の十倍くらいに相当するとフィービーはヴェルサイユでの何日間で感じている。
さあ、アカデミー主演女優賞を受賞するより、
メリル・ストリープに演技指導するよりも緊張する舞台が今日。
(※ メリル・ストリープ 実在の現役女優、あとがき参照)
美貌でアントワネットを魅了する。
悪役貴婦人から引きはがす。任務を全うしなくては!
ドレスもこの日のためにあつらえた。ジュエリーはハリウッド女優らしい、ハイジュエリーを身に着けている。
いずまいをただす美女たち。一分のスキも許されない。
二十一世紀は抜け感などとあえてスキを作るがここではない。
自分たちの完璧な美貌を見せつける。
「私たちの役柄はジャポンの貴婦人よ、取り巻きたちに負けないよう威厳オーラを全開で!」
アンが二人に声掛けをする。
初対面の印象コントロールに欠かせないには威厳―――
全員が貴族、の場では、相手よりも貴族らしさを見せること。
相手の気に飲まれたらおしまいだもの。
最初に威厳を見せつける。オーラでただ者ではない感を出す。
これで場全体にマウントをとることはできなくても、ポリニャック夫人の取り巻きたちにマウントを取られることはないだろう。
アンはアントワネットに会えることに感動や喜びもあるが、前回の小箱事件は忘れていない。(44~47話参照)
今度はポリニャック夫人とペネロープ以外にも面倒な取り巻きが増えているはずだ。
「アン、私に威厳オーラですって? 誰に言っているのよ?」
「アイリス、もちろん期待しているわ」アンはにっこりと笑う。
「一番得意なポジションよ。王妃よりも王妃のオーラを出して見せるから見ていて」
アイリスがアンの緊張をほぐすかのように、甘いシャーベットの声で囁き返す。
「じゃあ私は威厳のある天使オーラでいくわ、アントワネットは可愛い物好きだからきっと心を動かされるわ!」
フィービーは小声でもシフォンの声が何とも甘い。
しかし、奥の間に通されると、そこに広がっているのは――――――
……誰もいなかった。
先ほどの黒髪の侍女と自分たちだけしかいない。
―――アントワネットも取り巻きもいない部屋に連れてこられた。なぜ?
ここはまだ控えの間なの? それにしては―――
その部屋は淡いミントグリーンと白でインテリアを統一してある美しい部屋だった。
壁紙は淡いミントグリーン、ソファや椅子のクッション部分の布も淡いグリーンでまとめられている。
「ミントグリーン! 可愛いお部屋ね!」 フィービーが言う。
「センスいいわね、住みたいくらいだわ」 アイリスも言う。
可愛さもあれば、アイリスのような子供っぽいものは嫌いなタイプも満足させる素敵なしつらえだった。
―――しかし。
「アントワネット様はどこに? 伯爵」
アンも部屋を素敵だとは思っているがいまはそこじゃない。
会えなかったら、マリア・テレジアのご褒美はもらえないのだから。
「何が起きたのでしょうな?」
メルシー伯爵も何も聞かされていないようだった。
「時間を間違えたはずはないが……」と黒髪の侍女の方へ歩いていく。
侍女はごにょごにょ、伯爵に話している。何か知っているのだろう。ではまず、ここは彼に任せればいい。
やっとアンは、二人に混ざって部屋のしつらえを観察してもいいかと思えてきた。
ゴージャスの極みかというとそうではない。
きょろきょろするのは威厳を減らす行為だが、まだ侍女しかいないんだから、と好奇心が先立つ。
ついつい、壁紙の模様だの、置かれている胸像だの、活けられている花だの、セーブルの花瓶など、視線はあちこちに飛んでしまう。
女性らしい雰囲気の部屋、品の良さと軽やかさを保っている部屋。
二十一世紀でもほとんどの女性が 「素敵」 と声をあげたくなるようなインテリアがそこにある。
そこに―――――
突然、音楽が流れてくる。バイオリンとかフルートとかそんな楽器の奏でる音楽だ。
二十一世紀からすればクラシック音楽だが、どことなく軽やかでアントワネットっぽい。
となりの部屋で生演奏?
え? 生演奏?
その時、部屋の奥にあるドアがさっと開く。
そして男女7~8人が楽器を奏でながら、そして楽器を持たないものは歌いながら入ってきた。
―――――な、何が始まったの?
うろたえはしないが、一瞬、どうしていいかわからない。
メルシー伯爵を見れば、彼は表情を崩さず、立ったままだ。
男女御一行に目を移せば―――――
やっぱり――
こないだ会ったポリニャック夫人もペネロープもいる。
そして何度も肖像画で見た、マリー・アントワネット!!
女流画家、ヴィジェ・ルブランはアントワネットの造形をきちんと、そうまるで写真のように写し取っている。
だから間違いない、これはアントワネットよ!
「アントワネットだわ!」 アンが小声でいう。メルシー伯爵は少し離れているから呼び捨てでも聞こえないはずだ。
「ええ。間違いないわ、アントワネットよ!」フィービーが言う。
「それよりこのサプライズ生演奏、何なの? 臨機応変にやらないとまたポリニャック夫人にやられるわ!」
アイリスの声は緊張している、表情は穏やかさを保ったままだが。
「その前に何のためにサプライズ演奏なの? まさか私たちのためじゃないでしょ?」
三人は少しばかり混乱してしまう。
男女御一行様は、ワンフレーズを奏で終えると、部屋のソファや暖炉わきに立ったり散らばる。
先ほどまでこの部屋に居たのだろうか。
やたらとリラックスしていて、この部屋の自分の居場所を定めているようにも見える。
ひとりの女性が声を発する。
「メルシー伯爵、お連れくださってありがとう」
アントワネットの声! アントワネットが話しているんだわ!
「アントワネット様、こちらがジャポンからおいでの年を取らない美女たちでいらっしゃいます」
メルシー伯爵がアントワネットに話しかける。そして優雅に紹介をしてくれる。
「こちらがアン殿、アイリス殿、そしてフィービー殿です」
メリル・ストリープに演技指導するより・・・・という表現ですが、これはイチローに野球を指導するより緊張する、というふうに読み替えていただくとわかりやすいと思います。
メリル・ストリープはアメリカ人の大女優です。三人からすればレジェンドというポジションです。
この人物は実在していて、どのくらいイチロー的かというと、
ストリープは、アカデミー賞では俳優としては史上最多となる21回ノミネートされ、その内、『クレイマー、クレイマー』(1979年)で助演女優賞、『ソフィーの選択』(1982年)と『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』(2011年)で主演女優賞を受賞した。その他、ゴールデングローブ賞では27回ノミネートされている。
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