59話 悪役貴婦人はアントワネットのご近所さん
今日もそれほど話は進みません・・
ヴェルサイユのトリビアはあります。短いのでササっと読み流してくださいませ。
美女三人は、メルシー伯爵の後ろ、数歩後を歩いている。
ここはヴェルサイユの長い長い廊下。
これからヴェルサイユ宮殿の本丸、フランス王妃、マリー・アントワネットのアパルトマンに行くのだ!
この日のためのドレス、この日のためのジュエリー、この日のための作戦、すべてが今日のためにある。
美女三人、全員の胸が高鳴っている。マリア・テレジアから必ずご褒美をもらうのだ!
それにしても廊下は長い。
まだかしら、とそんな風に思い始めた時だった。
前を歩いていたメルシー伯爵が足を止め振り返る。
「こちらのアパルトマンが――」 さりげなく、廊下脇にあるアパルトマンのドアを指差しする。
ん?ここは絶対に王妃の間、ではないはず。
「あら、まだアントワネット様のお部屋じゃないでしょう?」 アンが言えば、
「――ここがポリニャック公爵夫人のアパルトマンですよ」
やや憮然とした口調で言う。
「ここが――?」
「さようです」
ヴェルサイユ宮殿はラスベガスのメガホテルみたいなものだと思っていただくといい。
一番いいスイートルームを国王夫妻やその親族が使っている。
そしてその近くの部屋は、国王夫妻のお気に入りの貴族たちや身分の高いものにあてがわれていた。
「アントワネット様が、無理やりご自身のアパルトマンの近くに部屋を用意したのですよ」
なるほど――
アントワネットは王妃パワーでポリニャック夫人をご近所さんにしたと。ポリニャック夫人が悪役貴婦人だとも知らずに。
「全く――――これもアントワネット様の大盤振る舞いのひとつです」
「王妃様が自分の部屋近くにポリニャック夫人を住まわせているのを、伯爵は気に入っていないのね」
ストレートなアンが同調すると、
「何をおっしゃいますか」
言下に否定してくるメルシー伯爵。
「私にはマリア・テレジア様のご息女のお決めになる事に異を唱える立場にございません」
アンとフィービー、アイリスは顔を見合わせる。
伯爵の全身から、ポリニャック夫人を近くに住まわせているのが不満だと伝わってくる。
だけど、それを認めるのは嫌なメルシー伯爵って。
ポリニャック夫人に対する敵意は、隠そうとしないが、アントワネットに対するいら立ちは認めない。
オーストリアの外交官という立場上、王妃批判はご法度なのだろう。だけど、付き合うにはやや面倒くさい。
ここは話を変えよう。
メルシー伯爵に受けがいいアイリスが甘いシャーベットの声で尋ねる。
「今日はアントワネット様にすぐお会いできるのでしょうか?」
「ええ、アントワネット様もお待ちかねです。すぐに会っていただけるでしょう」
「よかった。でもまたポリニャック夫人が邪魔してくるでしょうから、メルシー伯爵が居てくださる今日は心強いですわ」
前回の小箱事件が繰り返されたら困る。(44・45・46・47話参照)
「そこがですね――私はお三方をご紹介した後、退出することになると思うのです・・・・・・」
三人は驚く。
「まあ、すぐにお戻りになるのですか? それだと心細いですわ」
味方のメルシー伯爵がいなくなったら困る。アンはすぐに引き留めにかかる。
多分アントワネットが望まないのだろう。うるさがたのメルシー伯爵がそのまま居続けることを。
どんなアントワネット関連本でも、メルシー伯爵のお小言を彼女が嫌がっていたか、書いてある。大人になり、自我の芽生えたアントワネットに疎まれているのだろう。
伯爵は答えない。
「お急ぎのご用事かなにかが?」
アイリスがまろやかに言い換えて聞く。
本当ならば「伯爵はアントワネットに嫌われているから出ていかざるを得ないんでしょ?」と言いたくても、フランス宮廷のまわりくどい、婉曲表現にあわせたのだ。
「ええ、私のすべきことがそれなのですよ」
アイリスの質問で伯爵の本音が聞けるかと思ったが、そんなことはなかった。
三人はまずいことになったわねと目くばせするが、伯爵をどうやったら帰らせずに済むかのアイデアは浮かばない。そうこううするうちに、アントワネットのアパルトマンに着いてしまう。
この期に及んでどうにもならない。
美女三人 VS アントワネット&ポリニャック夫人&その他大勢の取り巻き貴族の闘いだわ。
実際にアントワネットはポリニャック夫人が気に入るあまり、借金を帳消しにし自分の近くのアパルトマンに引越しさせていました。
4部屋続きの結構大きいアパルトマンだったとか。そんなことしたら古参の貴族たちの反感を買いますよね。




