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57話 王妃のカヴァネス

カヴァネスというのは、王妃主催のサークルです。今でも誰かを中心とした集まりがあると思うのですが、アントワネットのは「カヴァネス」という言葉で表現されていたそうです。


「アントワネット様」 




 メルシー伯爵はまじめな表情をくずさず、口を開く。




「本日、ジャポンの年を取らない美女を連れてまいります。アントワネット様がご希望ならば演技の指導などもしてくださるとか」




 アントワネットは椅子に腰かけ、鏡に向かっている。

 メルシー伯爵は少し離れた背後で立っている。


 メルシーの話を背中で聞くアントワネット。

 まわりには三人の侍女たちが取り囲んでいる。


 アントワネットの髪飾りをどこに差すといいか、美容師のごとくアントワネットの背後に立ち、ベスト位置を確かめている。


 


 アントワネットは鏡に映りこむメルシー伯爵の視線と時々、目を合わせるけれど振り向かない。




「ありがとう。とてもきれいな方なんですってね。早くお会いしたいわ」 




 アントワネットは傍らの侍女たちに話しかけているのか、メルシーへの返事なのかわからない、視線をあちこちに動かしながら言う。




「先日、ちらと拝見したら本当に美しい方でしたよ」 




 黒髪の楚々とした侍女が、セーブル焼のティーカップに入ったお茶をアントワネットに手渡しながら言う。




「ブロンドの方は男性がすごく好きになる顔だって聞いたし、赤毛の方は優雅で知的なんでしょう?」


 アントワネットはいつのまにか情報収集までしていて詳しい。




「三人目のブルネットの方は居るだけでその場に花が咲いたようだとか」


 もうひとりの若く華奢な侍女も言う。


(三人の容姿は、1章最後の『【お顔拝見!】 ハリウッド女優はどのくらい美人なの?』をご覧ください)


「エメ男爵夫人はしわが無くなったと大喜びだそうですし」 



 背の高い侍女は花をかたどった髪飾りをアントワネットの髪にさしながら言う。




 キャッキャと女性同士の会話が続いていく。ここはアントワネットの居室のひと部屋。


 ルイ十六世も子供たちもおらず、アントワネットと侍女たちだけの場所と時間。


 アントワネットとアントワネットに認められた男女が入れるグループ。


 これは「カヴァネス」といわれていた。




 メルシーは自分がこの場で浮いているのを知っている。


 アントワネットも侍女たちも、どこかで自分をのけ者にしていることに気づいている。



「しかし、アントワネット様――」


 メルシー伯爵はこれだけは言わねばと、続けて口を開く。




「ポリニャック公爵夫人は彼女たちをすでに毛嫌いしていらっしゃいます」




 アントワネットは不意を突かれたようで、またか……というかすかにげんなりした表情を浮かべる。


 今度も振り返らない。




「ジャポンの美女は、アントワネット様の兄上、ヨーゼフ二世様が認めていらっしゃる方です」


(41話参照)



「ええ、前にあなたから聞いたわ」




「はい、ですから公爵夫人が彼女たちをいじめることのないよう、お取り計らいください」




 メルシー伯爵はアントワネットにしっかりとくぎを刺す。


 実のところ彼はまだ、アンたち三人を信用しきっているわけではない。



 マリア・テレジアが自分の知らないところで、アントワネットに関する指示や依頼をするとは到底思えないからだ。(16・17・18話参照)




 しかし――。 




 今まで見てきたところ、あの三人の敵は確かにポリニャック夫人で間違いない。



 そうであれば、ポリニャック夫人を共通の敵とする同盟国ともいえる。

 だったらここはあの三人のフォローに回るべきだろう。そう考えている。




 そしてヨーゼフ二世が承知して生活費を出している限り、自分の彼女たち三人への疑い、やはり詐欺ではないか?という拭えぬ不信――


 この気持ちを自制せねばとも思っている。ヴェルサイユでは立ち回りがすべてなのだから。


  釘を刺されたアントワネットはすぐに答える。


「メルシー、わかっているわ」


 メルシー伯爵はその言葉をアントワネットの心からの言葉だとは思ってない。



「ガブリエルはきっと私の気持ちが離れていくと思って不安になっただけだと思うの。心配いらないわ。私の寵愛は変わらないから」


 アントワネットはメルシー伯爵の熱弁をさわやかにいなしてしまう。

 論点もずらしている。



※ ガブリエルはポリニャック公爵夫人の名前です。



 結局のところ、アントワネットはメルシー伯爵の告げ口を聞いても心一つ動かされなかった。



 彼女は、ポリニャック公爵夫人を心の底から信頼しているし、それはもう何年も続いていることだった。



 大親友の悪口を聞かされて、むしろかすかな苛立ちを覚えているくらいだった。




 ガブリエルはそんな人じゃないわ。穏やかで落ち着いていてそして気さくで特別に美しい。


 彼女のおかげで自分はヴェルサイユで、自分を取り戻せるのだから。アントワネットはポリニャック夫人のことを思うといつも心に温かいものが湧き上がってくる。




 メルシーは反対にこの答えを聞いて――またか、とがっかりする。




 先日の小箱事件がどうポリニャック夫人から、アントワネットに伝わっているのか。詳細を知ることは叶わないが、きっと自分に都合のいいように言っているだろう。(44・45・46・47話参照)


 そして、メルシーの心の中で反論が始まる。



 寵愛が変わらないですと?

 いいえ、彼女の目的はアントワネット様の寵愛ではないのですぞ!


 アントワネット様から貰えるお金に興味があるだけだという事がおわかりになりませんか? 

 彼女にどれだけ巻き上げられているのか、わかっていないのですか?




 メルシー伯爵は心の中でははっきりとアントワネットに反論したが、口に出すのは控えた。




――――― アントワネットがフランスに嫁いでもう十年以上が過ぎた。



 ティーンエイジャーで子供だったアントワネットも王妃になり、子供も生まれ、大人になった。




 昔はメルシー伯爵の言うことは何でも聞いていたアントワネット。


 しかし、今はもう、うるさいおじさん扱いをして、煙たがっている。




 このヴェルサイユでのちのちも影響力を保つためにも、今ここでは口数は少ない方がよかろう。そう考えて引き下がることにした。




「では後ほど、お連れしますゆえ、いましばらくお待ちを」




 メルシー伯爵はこれまた上品な挨拶をして部屋を出る。




 残ったのは、鏡の前に座るアントワネットと、見目麗しい侍女たちだ。


 カヴァネスに入れるのはアントワネットが認めるか、ポリニャック夫人が認めたものだけだ。

 

 つまり、ここにいるのは、アントワネットが心を許せる友人たち。



「メルシー伯爵は相変わらずポリニャック公爵夫人がお嫌いなのですね」 


「シュザンヌ、そうなのよ」 


 アントワネットは黒髪の侍女に向かって答える。


「いつまでもガブリエルを理解しないのよ。悪しざまに言いすぎだわ。そう思うでしょう?」



「はい、公爵夫人は穏やかで控えめな方ですのに。どうしてメルシー伯爵はこうもお嫌いになるのでしょう?」


「人物を見る目がないのよ。年をとると若い人の文化が全て悪いものに見えるのよ」



 アントワネットはメルシーをこき下ろしながらも、彼そのものではなく彼の年齢がそうさせるのだと配慮も見せる。



「伯爵ももう五十才を過ぎていらっしゃいますものね」


 若い華奢な侍女が言う。


「フランソワーズったら言うわね」


 アントワネットは若い侍女の辛辣な言葉を聞いて、機嫌を悪くするどころか喜んだ。




「アナベラ。髪飾りはその位置にして。すごく綺麗に見える」


「わかりました」アナベラと呼ばれた背の高い侍女が髪飾りを整える。



 フランソワーズもシュザンヌも口々にアントワネットの美しさを褒めた。



「それにしてもジャポンの美女たちに会えるのは、とにかく楽しみだわ」



「ポリニャック公爵夫人もご同席なさるのですか?」シュザンヌが聞く。



「もちろんよ、彼女がいなかったらはじまらないわ」




登場人物が増えてきました・・・


まとめておきますね。今回出てきた、新しい登場人物です。


マリー・アントワネット 57話でやっと登場…ご存知、フランス王妃。1話目のマリア・テレジアの娘。


シュザンヌ  アントワネットに気に入られている黒髪の楚々とした美貌の侍女

フランソワーズ 同じく気に入られている若くて華奢な体形の侍女 はっきりものを言う

アナベラ   同じく気に入られている 背が高く細身の侍女



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