56話 あいつが一番怪しい
アンは マリア・テレジアの依頼ををさっさとこなしてしまいたい。
アントワネットをポリニャック夫人から引きはがして、二十一世紀に早く帰ってハリウッド女優の仕事をしたい。それも主役を。
同時に、このタイムスリップ案件でアイリスとフィービーにも迷惑をかけたくない、と思っている。
彼女たちを誘ったのは自分だ。
アイリスとフィービーに「十八世紀に誘われて来てみたけれどいい経験だったわ!」と言ってもらえるならともかく、
だらだら時間をかけて彼女たちの大切な時間を奪ったり、ましてや不安にさせたり、危険にさらしたくはない。
自分のためにも二人のためにも早く仕事を終わらせたい。
だから、悪意ある 『同業者』 に、仕事を邪魔されている現状にイライラしてしまう。
アンたち三人を邪魔するよりさっさと自分の仕事をすればいいのに、それをせずに邪魔だけするって、陰険なやりかたも気に入らない。
一刻も早く見つけて、これ以上邪魔されないようにしなくては。
「じゃあ……ヴェルサイユの旅行者を探れば 『同業者』にたどり着けるはずね」 アンが言う。
旅行者の立場をとれば、親兄弟の匂いがしなくても不自然じゃない。
自分たちもジャポンから来たなどと詐称しているが、他の 『同業者』 も同じように詐称するだろう。
だったら、旅行者を探して『同業者』 かどうか調べていけばいい。こう思ったのだ。
「……でもヴェルサイユって、そもそも――― 旅行者多くない?」 フィービーがストップをかけてくる。
「そう言われれば……」
三人はここ数週間の記憶を引っ張り出す。確かに旅行者は意外と多い……
――この当時、ヨーロッパの人々は活発に移動して旅行していた。
遠くロシアからもヴェルサイユへの訪問があるし、地続きじゃないイギリスからも海を渡って旅行者が来ていた。
美容クリーム効果で人気が爆発した三人。 ヴェルサイユに来て以来、様々な貴婦人たちの部屋に招かれた。その時に
「実家の兄がナポリ(イタリア)から訪ねてきているからご紹介をさせてくださいな」
こんな風に紹介を受けたことを思い出す。ほかにも他国の旅行者を何度か見た記憶があるし、会話の中でも、しばしば旅行の話を耳にしている。
「それより、 普通に考えたら、ペネロープしかいなくない?」
フィービーはチキンを食べ終わり、ナプキンで口を拭きながら言う。
「ペネロープは今までヴェルサイユに出会った中で一番怪しそうよね。アントワネットが気に入りそうなまあまあの美人だし。マリア・テレジアが目をつけてもおかしくないわ」
アイリスもうなずく。
「ペネロープに家族がいなければ、『同業者』で決まりよ、アン」 フィービーが言う。
ポリニャック夫人の取り巻き、ペネロープ。
ポリニャック夫人が自分たちに向けた悪意。もしかしたら、裏でペネロープが操作しているとしたら? たとえば、
「ポリニャック公爵夫人、あのジャポンから来たという触れ込みの三人はアントワネット様に取り入ろうとしているのですわ」
「まあ、そうなの? ペネロープ。それは困るわね」
「でも彼女たちはジャポンから来たと嘘をついているとか。アントワネット様の寵愛が移らないうちに、彼女たちの嘘を暴いておいた方がいいのではないでしょうか」
「ペネロープ、気が利くわね。じゃあ策を練らないとね」
(44話・45話参照)
こんな風にチクっていたら、先日の態度は辻褄があう。
確かに普通に彼女が一番怪しい。
「でも、ベタすぎるでしょ? あんなにわかりやすく登場する?」 アンが朗らかに笑う。
「アン、映画じゃないんだから」 アイリスがたしなめる。
「ストーリー的にベタだから、ペネロープが 『同業者』 じゃないって思ってるでしょ?」
アイリスの指摘はズバリ当たっていた。
「ごめん。敵キャラがあんなに見え見えに登場するはずないって、映画的な考えをしちゃってた。現実は違うわよね」(44話・45話参照)
確かに今まで出会った中では彼女が一番怪しい。
もちろん、何人 『同業者』 がいるか分からないのだから、実際まだほかにもいるかもしれない。
でも、会った中で 『同業者』 疑惑が濃厚なのはペネロープ。
「アイリス、フィービー。確かにそうだわ。ペネロープよ。あいつが今の段階では一番怪しいわ」
「じゃあ、美容クリームで培った人脈でまずペネロープ、次に旅行者を探ってみましょうか」
アイリスはそういった後、ノートとペンを取り出し、書きだしてみる。
✔ 『同業者』 は男性かもしれないし、女性かもしれない。
✔ 『同業者』は単数か複数か不明
✔ 『同業者』 の見分け方は、親兄弟の記憶を周りの人間が持っているかどうか。
✔ ポリニャック夫人の取り巻き、ペネロープが 『同業者』 の臭い濃厚
「全く、マリア・テレジアときたら。最初に言ってくれればいいのに。こういう情報の不備って手間と面倒が増えるだけで良い事ないのに。お二人にも迷惑をかけてしまって本当に申し訳ない気持ちよ」
話が一区切りついたところで、アンが二人に対する謝罪を口にする。
「いいのよ、そんなこと。それより、今は王妃のチキンを味わいましょうよ。このチキンの赤ワイン煮。さすがよ。美味しいわ」
アイリスはマリア・テレジアの不実に文句を言わず、アンを責めたりもせず、話題を変えてきた。
ここにきて、やっと話題が王妃のチキンに移る。
―――テイクアウトしたチキンの赤ワイン煮。
王の食卓の余り物ってどうなのよ?と思っていたが、予想以上に美味しい。(53話参照)
貴族たちも結構テイクアウトを使っていると聞いて最初は驚いていたが、今は納得できる。
程よく柔らかく、味付けが品よく繊細で、さすが国王夫妻の食卓!フレンチの頂上!と言いたくなる。
オーブンなど火力調節は二十一世紀と比べて格段に難しかっただろうに、三人は十八世紀のシェフに心からのリスペクトを贈る。
「ミシュランレベルでいいと思うわ。美味しい。こんな経験、貴重すぎる!」
フィービーは食べる前に忘れずにスマートフォンで写真も撮っていた。
「本当、十八世紀でマリー・アントワネットと同じ食事が食べられるなんて! アンのおかげだわ」
フィービーもアイリスも、今の面倒な事態を アンのせいにするつもりはなかった。
自分たちが決めて、十八世紀に来たのだ。
だから、自分たちで引き受けて、自分たちで何とかする。
「美味しいものと貴重な経験で、ハッピーを取り戻したら―― アントワネットの演技指導の準備に気持ちを切り替えましょう」
アイリスがまた次の話題に切り替える。
アイリスは仕切るというのではないが、スケジューリングが的確でモタモタすることがない。
「ローズ・ベルタンからドレスが届いているでしょ? 試着しておきましょうよ。アントワネットにもうすぐ会うんだから」
「アントワネットを魅了するリハーサルね。私たちの美貌の使いどころだわ」 フィービーがいたずらっぽく笑う。
そう。 邪魔立てする『同業者』を出し抜いてアントワネットを魅了しなくては!
ここでは王の食卓の余り物をテイクアウトとして書いていますが、
余り物以外に、ヴェルサイユの町では
普通にお惣菜も売っていたらしいです。結構おいしかったとか。
キッチンの設備が完全ではないため、このような習慣が生まれたのでしょうか。
実はルイ十五世ですら、テイクアウトを食べていたことがあったとか。
ポンパドゥール夫人が贔屓の店から取り寄せていたと
どこかで読んだことがあります。
ルイ十五世はポンパドゥール夫人の手料理が食べたいと思ったりしていたそうですが、
忙しく身体の弱いポンパドゥール夫人からすれば、
テイクアウトで十分美味しいんだからこれですませたいという
気持ちだったのかもしれませんね。
女性なら、この「買ってきたお惣菜でもいいじゃないの!」の
気持ちはすごくわかります。
これがフランスのデリ文化につながっていくと思うと、興味深いですね。




